朝からよく降りました。
梅雨入りが遅れていたそうですが、
梅雨明けは平年より早いとか。
梅雨の中の東大戦(京大戦)となって
我々年寄りには何やら大変懐かしい。
雨に濡れる駒場コート、駒場寮。40年以上
前のことですが。
双方部員が多くてなかなかの雰囲気でした。
個人戦の雰囲気は、ごちゃごちゃしていて
落ち着きがなくというものでした。緊張していたのでしょう。
雨が降れば、図上テニス。
頭のテニス。
テニス頭のトレーニングに励みます。
信仰についてあまり日常に話題にのぼらない。
話題にする人はいるのだろうが、私の周りでは
明らかではない。
報道されるニュースの中に信仰や宗教的な
内容に触れるものはないように感じる。
国会論戦をTV報道で見ていても、そのような
感じを持つことはない。これが欧米ならどこか
宗教や信仰を感じさせる言動が見られるように思うのだが、
どうだろうか。宗教的な内容に触れない方が
常識的でないと云う方が正しいのかもしれない。
神に誓って、というべきところを、
国民の怒りに応えるには、というのを聞くと
日本は大変な民主主義の国だとは
あまり感じないのがちょっとさみしく思う。
いろいろな行事が昔から続いている。
祭りが多い。
中国から伝わったものも多い。正月の「修正会」、
夏の「乞功奠(きこうでん)=七夕祭り」が有名。
その他、「雛祭り」「端午の節句」「重陽の菊の節句」
などがある。
日本古来の祭りの基本は夏と冬の 魂祭り である。
「春の七草」の行事はその関係で起こったものだ。
これは冬から春にかけての行事だが、夏から秋にかけてとなると
盆行事に関連する「盆花」であり、名月観賞に関連した
「秋の七草」である。
除夜と正月、七草粥
節分
花祭り(花鎮め、念仏踊り)、潅仏会(降誕会、仏生会)
星祭り(七夕祭り)
お盆(盂蘭盆会)、施餓鬼会
月祭り
山折哲雄さんの「仏教民俗学」
講談社学術文庫1085
を読んでの、にわか知識に過ぎない。
明日から天気が崩れそうです。
昨日は、コートを覗くべしやったのですが。
今日は、夕方覗こうかと思っていて、
仕事を終えたら忘れてしまっていました。
ちょっと何やら別のことを考えていたらしい。
家の近くまで帰って来たところで思い出しました。
どうも申し訳ないです。
いよいよ梅雨入りでしょうか。
琵琶湖の水位は相当下がっています。
このまま推移すると、当然過去あまりなかった
ような渇水状態になりますが・・・・・。
鮎が久しぶりで数多く河川を遡上してる
と言うことだが、今日の新聞記事によると
冷水病で死んだ鮎が安曇川にあがっている
らしい。漁協幹部の話しとしては、
問題は無いとのことだが、はたして真相は
どうなのか。というのも、冷水病が蔓延して
琵琶湖の稚鮎を全国に放流する事業が
縮小されて来たのがこの10年来のことらしいからだ。
新聞はこのような記事をあまり書かないらしい。
というか、あまり目にしないのだ。
琵琶湖の環境を良くしましょうとの
スローガンは大々的なのだが、具体的な
問題が正確に報道されているかとなると
どうも良く分からないと感じている。
いろいろ差し障りのある問題という
ことになると、実に世の中は暗闇の中を
行くような感じになってしまう。
人々の生活と商売への影響が大きいため、
真実ならばやむを得ないが、後から修正が
必要となるようなことなら騒がないで
置くべきだという常識が欠かせない。
結局虚を突くような好機会を
上手く掴まえて、新しい事態へ
転換してしまうことが実際的な問題解決の
要領となっている。頓知が好まれるのも
そのような背景があるためだろう。
総論賛成、各論反対も故のないことではない。
上げ底文化、上げ底生活と理解するべきなのかどうか。
障子とふすま、土と木で作った家。
コンクリート建築、鋼鉄高層ビル、新素材の
巨大建築、・・・と日本も急速に新時代に
突入しているとも見えるが・・・・・・。
上げ底がなくなる方向に進んでいるのかどうか。
学問は、上げ底では無かったとは言えないかもしれん。
ルネッサンスは、私が高校で習った頃の
解釈とはだいぶ変わってきたのかも知れません。
明るさの面だけでなく、その裏面に
不安と暗黒の部分があるようなことが
出てきているとしたら、これも一種の上げ底
かも知れません。
地球温暖化問題や環境問題に、捕鯨反対運動も
含めて、上げ底の要素があるようにも見えますが・・・・。
上げ底でも良いから、勝負に強い
テニスパーソンたれ、とは言いませんよ。
上げ底を見破って、自分のテニスで
勝って見せる力をつけたいと思っています。
意味を知らなかった。
(これだけと言う意味ではない。
知らないことばかりで、いまさらなのだが)
雲門禅師の
「これから15日間考えて、
なにかこれという言葉を言って見よ」
の要請に、弟子達がそれではと
いろいろ考えようとしたところ、
言い終えた禅師が、ややあって自ら
この要請に答えて見せたという話しである。
考えると言うことは、良いことなのだが、
果たして、それでは15日間考えた結果は
それにふさわしいものとなるのかどうか。
千利休の孫、千宗旦が茶室を開いたときに
記念にと招いた客の禅師に、急用のため
予定を変更して、「私には明日はない」
との意を告げられて、教えられた結果、
「今日庵」なる名称を茶室につけた話しもある。
そうです。私は、いまだにそうであるが、
特に若いときは、「今日できる事は、明日にしよう。
今日は、昨日できなかったことをしよう。」と
ちょっと逆らうような気持ちでいましたね。
勝負には、先手必勝なる言葉があって、その意味は
なかなかのものであると思っていましたが。
理となれば、それに限ればいろいろと
考えられますが、実際の問題では、何がもっとも
よいのかは決して自明ではありません。思いもよらない結果、
まさかの結果がいくらでもあります。つまり、用意や準備が
どれほど万全と思えたところで、結果の原因は大変
複雑で必然がなかなか分からないのです。
自然でも、人でも同じように感じます。
人の方が複雑で難しいとされます、それで社会科学、
経済学は自然科学と分けられるのですが。
人間を相手にすると、相手の人間が、すぐさま
こちらを相手に考えてきます。相手の考えとこちらの考え
を合わせた理論というのはありません。この部分が
違うのではないかと、私は思うだけです。(兵法は、
いわゆる理論ではないと思いますね)
残りが少なくなってくると、覚悟がつき決心し
準備したことを実行する。まあこれが日常の
行為でしょうか。
ひとごと、自分ではないこと、もっと別のことと
思っている限り、「いつだ?」と問われると
びっくりしますね。
日々これ好日 と答えてしまう、これなら
つぎを待つことができそうです。
基本とは、つぎを積極的に待つことを
可能にしてくれるものです。
基礎とは、土台です。全部作らねば
その上に建物がのりません。
基礎に合わせて建物ができあがります。
たくさん建物を作れば良いのです。
テニスを、自分のテニスを、存分に
やって見てください。
挙体全真。挙体テニス。
この夏の爆発を実現します。
変わらぬもの、変わったものを見てみる
のは面白い。
日本人はどの国民よりなにごとでも
道理に従おうとします。日本人はいつも
相手の話しに聞き耳を立て、しつこいほど
質問するので、私たちと論じ合うときも、
仲間同士で語り合うときも、話しは
全く切りがありません。
日本人は、神の祝福を受けた者たちの
住みかではこの世のあらゆる善が美しくて、
豪華にしつらえられたうたげが開かれている
ことを信じています。
(地獄に落ちると、二度と救われることがない
というキリスト教の教えに対して)彼らは
亡くなった子供や両親や親類の悲しい運命を
涙ながらに顧みて、永遠に不幸な死者たちを祈りによって
救う道、あるいはその希望があるかどうかを問います。
神は祖先たちを地獄から救い出すことはできないのか、
また、なぜ彼らの罰は決して終わることがないのかと
彼らはたびたび尋ねます。
日本には、誤っていることがわかれば、
その解決として生涯研究に没頭し、
読書三昧の生活に逃避する学者が大勢います。
(質問攻めにする人が多いとこぼして)この
人々の欠点の一つは、外国人の時間を、
特に遠方から来る者たちの時間を平気で取り上げることです。
別に悪気はなく、迷惑をかけるつもりも全然ないのですが、
相手をばかにしたりみだらな口を利いて
相手をからかったりすることはよくあります。
ここの人々はどこの者より気難しいところがあります。
他人を教えるはずの者がちょっとでも悪い手本を
示せば早速けしからぬと思います。
後半は、著者のザビエル観と自分の日本人論であるが、
少し違和感を抱く部分とよく理解できない部分が
目立つ。ザビエルの個性は全く知らないことなので
著者の見解を先ずは理解するよりない。
ザビエルは、日本人の羞恥心を見逃しているという。
現代では、若者には厚かましさが共存しているという。
これは戦後のアメリカの影響だとする。
ザビエルの地獄に関する話しにやすやすと同意を示した
のは、ザビエルが日本人の羞恥心を全く理解していない
ためだと言う。聴衆が同意したのは、ザビエルの論法
のせいでなく、彼らの羞恥心だ。当時も今も、日本人は
いろいろ質問はするが、その質問をさらに深く追求することは
めったにない。しかも現在は、ザビエルの時代に比して
外国人に質問する傾向は少なくなっている。ただザビエルの
熱意には打たれたのだ。日本人は態度に打たれやすい。
このような評であるが。
まあ、賛同できるばかりが読書の効用ではないから、
小さな本であるが、面白かった。
情に乗り易い気質と
理に徹する冷静さの生み出す違いを実感する。
いくら理屈を述べ立てても、情に走っているなあ
という感じが、今の世情によく出ている。
理とは違う。新聞やテレビ、雑誌に見られるのも
情が大部分であろう・・・・・・
1549年8月鹿児島に上陸した。
フランシスコ・ザビエル
イエズス会の宣教師である。
彼が、日本や中国にキリスト教を
布教しようと熱意を持ってやって来た。
その当時の日本に興味があることと、
彼がせっせと書いた手紙に興味があった。
ピーター・ミルワードさん(松本たま訳)の
「ザビエルの見た日本」講談社学術文庫1354
を読みました。著者は1925年生まれで、イエズス会神父
様です。上智大学、東京純心女子大学で教授を
務められたそうです。
ザビエルはポルトガル王の命により
インドにやって来た。ポルトガルは
インドへの航路を発見して以来、東洋との貿易に
精を出し、ポルトガル王はキリスト教への改宗を
義務と考えるようになり、ローマ法王に
宣教師派遣の依頼をする。ここに熱心な異教徒改宗
に意欲を持つ小さなグループが法王の前に
現れる。イグナチオ・ロヨラをリーダーにする
グループである。その仲間であったザビエルが
日本に来たのである。イグナチオとフランシスコは
スペインとフランスの国境:ピレーネー山脈の麓で
両国に分かれて対峙するザビエル城とロヨラ城の
貴族の息子であった。パリ大学で会って親しくなり、
年長のイグナチオの指導でフランシスコは十字架上の
イエスへの理解を希求する。(のだそうである)
手紙の中の「日本人」・・・・
どの国民より知識に飢えている。
彼らは理性の導きに従う国民である。
神のことでも自然界のことでも
知らないことは何でもしきりに知ろうと
思っている。この地方の人々は古い
迷信にうんざりしています。
日本人は控えめな、度量の大きい
国民で、徳と文学を愛好し、学者たち
すべてに対して敬意を示す。ここの人々は
大半が感情に打ち勝つだけの理性を備えている。
とても気立てがよくて、驚くほど理性に従います。
彼らは何でも新しいこと、徳に宗教のことが
聞きたくてたまりません。日本人は名誉を欲しがる
国民で、自分たちはほかのどの国より武勇に
秀でていると思っています。知的な能力からいえば
シナ人は日本人より優れています。日本の国民が
今この地域にいるほかのどの国民より明らかに優秀
です。
時代性とザビエルの個性、思い込みなど
どの程度内容に信頼性があるのかは疑問だが・・・・
店を出ました。山元さんを残して。
今日は午前10時前からマッチ練習。
当然公式試合は午前からです。
あまり練習もできません。
だから・・・・
練習して、調子が上がってきたら、
マッチ練習して、もっと調子が上がってきたら、
公式試合。とはなりません。いきなり試合。
これが普通です。
というつもりだったようなのですが、
ちょうどおりよく(実際は悪くなんでしょうが)
見学していたもので、
何でこうも体がボールに反応していないのかな。
まるで動いていないでは無いか!と
学生諸君に集まってもらい、先ずは
ボールに反応する体を作るよう要請しました。
動くまで待ってからマッチをする、ような
考え方と私は考えてしまいました。
沼田さんはよく7本と言っておられましたが。
私は、下手でした。夕方にならないと
反応しないのです。やはり待っていたのでしょうかね。
学生に文句を言える資格は無いのですが、まあ
三角はあるでしょう。一角ですかね。
最後のリーグ戦のときは、どうだったか
思い出せません。スタートするのがしんどかったか。
相手が少しでも緩めばこちらのものだったので、
結構強気で臨んだように思います。難しいのは
個人戦です。戦績がないと、ちょっと調整が
難しい。いや逆だとも考えたのですが・・・。
Keep your chin up!
で山元さんが学生に秘策を伝えておられました。
これから試合が続くので、勝つための秘策、
試合を有利に進めるための秘策は、いくらあっても
足りません。
まあ、秘策なんて言う言い方より、基本でしょうか。
本当に必要なものは?
テニスらしくする、これにつきます。どこをどうするか。
来た球を見ているようでは・・・・・・・・。
あまり考え過ぎず、来た球をよく見て素直に
反応すればよい・・・・・・・・・・・・・。
訳でして、・・・・・・・・・・・・・・・。
どこまで、テニスらしくするか。
基礎、基礎、基本、素直に、素直に、
大爆発、爆発だ。もうちょっとかかるな。
恰好良さが出て来るのは。
BOXには、蒼穹は創刊号から揃っています。
昨年北さんから寄贈いただいたので、
創刊号から8号までは揃いました。
その他集めて、全巻揃っています。
今までに(過去15年ほどの間ですが)、2度ほど
揃えたのですが、結局散逸して保存できませんでした。
旧BOXでの保存が難しかったという
条件はありましたが、現在のBOXでは、
大丈夫なのではないでしょうか。
現役学生にとって、過去がどの程度
意義を持つのか解かりかねるところがありますが、
君達も4年間しか現役ではないということは
確実ですから、大半の時間はOBの時間です。
過去への義務というより、未来への義務と
言えば少しは身近に感じることはできませんか。
もう一度、全巻を揃えるというのは、
不可能とまでは言え無いにしろ、困難なことと
考えて、よりよく保存できるよう、気を配っていてください。
具体的には、コピーをとるなどの方策を考えてください。
その実現方をOB会に相談するような
方法を忘れないようにしてほしいのです。
1回生の皆さんに、もし雨が降って
時間が空いて入るときには、BOXにある
蒼穹を覗いてみて下さい。コートに顔を見せる
OB・OGの名前を頼りに名簿や記事に
あたってください。きっと身近に感じるものが
あるでしょう。どうどうと先輩を
越えていってほしいものです。
過去を踏み越えるというのが文化だろうと
思いますから。
寒気の渦が上空に入ったとか・・・・。
偏西風の加減なのかどうか。
よく分からないが、雷がごろごろと
うろつき鳴るらしい。
なにかよく分からないうちに
とにかく腹によくないものを
食べたために、ごろごろという
のは結構ある話しである。
西の方から、もう一つよく分からない
空気が流れて来て、なにやら
目が痛んだり、気持ちが悪くなったり
するようなこともあるのかも知れない。
地面からなにかよからぬ物質が
沁み出て来るという話しもあった。
大阪市や滋賀県のある市の話しだったと
記憶しているが。
もっと明確な話しは、能勢のごみ焼却場
の焼却灰の棄てた土地の土壌汚染の話しがあった。
まあ、米国ではもっと危ない土地の話しがあった
と思うが、その後どのように対策されたのやら
知らないが。
最近は、土壌や環境というのではなく、
役所人間や企業人間の何やらよく分からない
汚染状況の話しが続く。
組合か管理者かという争いのように
漏れ聞くのだが、ここ30年の
馴れ合いが招いた結果ではないかという
話しを聞かないが、私が知らないだけなのかどうか
と、いまさらに、自分の世間知らずのありさまに
恥じ入っている。
いまこそ組合の出番、いまこそ警察の出番、
今こそ検察の出番、いえ、今こそ民主政府の、
日本民族の誇りであるべき日本政府の出番、
ではないかと、固唾を飲んで国民が期待しているのに、
あっちでばたん、こっちでばたんと、がたがた
ぎしぎし、屋台骨が揺らいでいるような
騒がしさを感じるのは何故なのだろう。
恥じの文化なんて、本当に存在していたのか。
だから恥じの文化だ、というのですか?
しっかりテニスをするというときの
気持ちのあり方について、どのような
感じなのか、どのような姿を描いているのか。
私だけでなく、学生それぞれが・・・・。
テニスにかぎらないことは、いくども
書いているので、断るまでもないだろうが、
どのようなことであれ、何かをしっかりやっているときの
気持ちのありようというのが、各人にある。
が、ときとして、その具体的イメージが
描けないときがある。となると、しっかりテニスをして、
との言葉が、意味不明、もしくはぼやけた
意味しか持たなくなってくる、・・のではないか。
このぼやけた意味、よく分からない意味、探さなければと
焦りを誘う意味、を求めるときの気持ちのありよう・・・・。
こんなものをテーマにしようとすると、
話しが余計に、意味不明になる・・・・・なあ・・・。
何をしているのか?なあ?
よく分かっておらんな・・・・?
今まで何をしてきたんだろうか?
こういう思いを持つことも、ありますよね。
この歳まで来ると、「・・・?あれ!
何をする積もりやったのか?
・・・・・・?????」と、まあ、まったくボケてしまう
場面さえあります。それもたびたびです。
夫婦揃って、お互いぼけたなあと、非難し合っていますが。
嫌にもならんとこが、嫌ですね。ほんと。
で、だから、・・・・・
のんびりいこか、ということなのです。
(こりゃあ、若い学生さんに言うことではないな)
でも、のんびりがあったら、
ぴりり、しっかりが、際立つのではないですか。
という、落ちが、この話しです。
なんのこっちゃい?!
世の中で、一体何が問題で、しっかり考えなけれ
ばならないのか、よく分かりませんね。
こっちが大事だ、いや、こっちだ。
ほんまかいな。
先ずは、その任を負わねばならない人に、
しっかり報告をしてもらわないと、どうも
問題が理解出来ません。
5000万+1430万=1年
専門家は、素人をだますのに苦労が要りません・・・・。
素人が、専門家を押さえるのに、不可能はありません。
商売人は人をだまさない。「商い」とは
すばらしい仕事。
という一方で、
商売は人をだますこと。
儲けるとは、ずる・いんちき・だましをすること。
世の中は、いつも矛盾対立する二つのこと
に満ちていますね。
しっかりテニスをするだけでも、
気持ちはしゃんとして来そうなんですが・・・・・。
(岡田監督の抗議。
選手起用に才を見せた方が、よかあないですかね?
死球で終わり、なんてねえーー。
パリーグの野球がはつらつと見えますね。
じゃあ、Gに悪いが、交流戦を増やす方が
プロ野球フアンが増えませんかね。)
オリンピック、国体、サミット、・・・・
やめた方が、新時代に気持ちが切り替わる
ように思います。
だから、蒼穹も、なんて言わないで下さい。
蒼穹の中に、常に時代を入れて下さい。
歌のようにしましょう。
そう、腹には「酒」、口には 歌 を!!!!
(頭には、知・心・情・意を
そして 全身に むろん テニスを)
ロブにするか、カウンターシュートか、と・・・
Keep your chin up.
なかなかの目の付け所ですね。
push out one’s chin
こっちは、ぐっと相手を押さえつける感じです。
ぐいっと顎を突き出す と言うことだそうです。
take something on the chin
かなり似た感じで、苦しくともなんとか
頑張るやせ我慢の感じでしょうか。
「ちんあげ」なんて言う言葉は、今やないのでしょうか。
自民党のお粗末とは言いますが、
民主党の土台のあやふやさは、未だに
解決への道を見つけていないでしょう。
共産党は、久々に存在価値を見せました。
しかし、公明党と共に、吸血動物には
違いがないのではないでしょうか。
(寄生虫とか吸血鬼と揶揄しているわけでは
ないので、・・・・)
「ちん」おもふに・・・。今上陛下は・・・・。
「ちん」だ、ふっくだ、・・・・・。都知事さんは・・・・。
「ちんじゃらん」でも意味が通じた時代もありましたね。
こんなのもありました。なんだそんなもの「ちん」だ。
これは鼻をかむ擬音なんです。
安倍さんの、ちょっとおかしな所は、
決してまったくおかしいと言うことではなく、
ほんのちょっとだけおかしいと思わせる所は、
最高権力を持っているのでしょう、
それを振るってみごとな解決をされれば
良いわけでして、その上で、「あ管やないの」
と窘めてみたらすばらしいのにと思わせるところでしょうね。
権力を忘れるほど、慌てたらあきませんがな。
小泉さんが、なんぼ大統領を気取ったと言っても、
議院内閣制の制度はなくせません。
大臣の皆さんは、もうちょっと権力者に
なってみたらいかがなんですか。
日本人は根っから権力者にはなれないのですかね。
結局、無力無能の権力者となってしまいませんか。
権力者の権力を利用する
寄生動物が実入りを狙うだけなのでしょうね。
スポーツは、そのようなややこしい力学が
勝敗を決めるわけではありません。せいぜいあっても
八百長だけです。これは興行として、ごく普通の
盛り上げ方ですから、別に問題は無いのではない
でしょうか。
週末(というか週初めというか)ごとに
公式試合があるというのは面白い。
少しでも 辛い と思うと
続けるのがおっくうになりかねないが、
どうなんだろう・・・・・・。
1回生が急速に力を付けそうなので、
2回生、3回生も、なんとなく
追い立てられている。学内の練習マッチが
冗談では済まなくなって来ている。
「冗談」ではない、練習だね。
激しい競争の様相を見せ始めている。
これは面白い。
これでは、対外試合の方が楽しいだろう。
学内でのあまりの激しい競争意識に
ちょっと疲れていても、外の試合なら
気軽に闘えて、勝つことが単純に
面白くて嬉しいのではないか。
学内だと癖や弱点を知られているなど
何かとやり難いところを、情報があまりなければ
闘いやすいだろう。気持ちが占める部分のたいへん大きい
メンタル テニス では、気持ちに ハンデ を
感じないと思えることは楽だろう。そして楽しい
のではないか。学内で負けが込んでいても、
外では勝てる、いや、勝って見せることができる。
中で勝っているといっても、外で勝たなきゃ
意味はないではないか、と言われたら、ここは何としても
勝って見せなきゃ 男が廃る ではないか。学内で
勝ち込んでいる者も、絶対外でも勝ってやる!、
激しく燃えることとなる。結局誰も彼もが
外で勝つことに必死になる訳である。
学内で勝つのはなかなか難しいが、外で勝つのは
簡単です。本当です。特に相手が強ければなおさらです。
いかに相手を、精神的に追い詰めるか、これさえ
心得れば、「弱い」と思われることが、却って
有利な要素ともなるのです。
でもね、勝つには、勝つための練習をしっかり
積んでいなくてはなりません。練習もしないで、
勝った気で居るというのは、もっとも○○です。
だから、勝つために、各自何を練習するか、なのです。
具体的に、勝つための練習を全日本まで積んで行きます。
とりあえず、この3週間を、ひたすら練習します。
日本人に限らないでしょうが、敵国にではなく、
味方に対して、足を引っ張り、落とし穴に落とし、
弱みにつけ込む、・・・・ありとあらゆる
策謀をこらすのが人間のようですね。面白いです。
敵とは言っても、所詮は、目の前の味方を出し抜くのが
もっとも分かりやすく、かつもっとも効果のある(見返り
を期待できる)生き方ですから、まともに敵に対する
人はほとんど存在しないようです。国防省も国防軍も
、きっと警察も、したがって国家も、普通の市民を
陥れることを日頃の仕事にしているはずと推論できますね。
久間国防大臣も、そうとうとぼけておられますね。
ロシアの陸軍大将にもなれそう・・・・(「戦争と平和」
に描かれているロシア軍のことですが)
テニスは、人が良く分かる遊びです。
その意味では、怖いですね・・・・・・・・・。
3回生が入学して来たとき。
ちょっと体格的にも強さを感じなかったな。
ひらめきとか鋭さが出てくれば何とかなると
思った。今は、確実な固い守りのプレーを
期待できるまでに進歩した。もう少し大きさを感じさせる
(というと、誤解するかもしれないなあ。ゆとりを感じさせる
とするか)プレーを狙って練習すれば良い。
力に頼らないで、計算の良く行き届いたプレーを
身に付けるよう練習する。
貴田は、ストロークをもっと基本に忠実にすべく
練習する。中途半端なところで追究を
やめてはもったいない。腰から上の体の
ひねりを活かすスウィングを。
2回生は、力みのない素直な印象があった。センスの良さが
感じられた。逢見に力強さが出て来て、小柳、赤木に
素早い動きと動くことへの関心の高さが使えるようになって
来た。とともに、基本的なボール扱いラケット操作の
欠点や弱点があらわになってきた。基本に忠実な、
飽くまで原理に従った技術を積み上げてほしい。
田部井と中祖は、この意味では、着実な積み上げを
根気良く続けてきたことが誰の目にも明らかとなって
来ている。千々和の器用さ、柔軟さはこの春の見物であったが、
フォームの基本的な研究が滞っていることが目立ってきて
いないだろうか。もう少し柔らかな、しかし正確なストローク
を練習すべきだろう。ラケットの引き、振り出し時の体の
構え、打点と球の打ち離しの適正化、ラケットの戻し方に
研究すべき課題が多い。
梅原は、少し焦りがあるのか、基本に忠実な
球扱いを修得しようとの根気が薄まっている。
ボールを打ち離す時のラケットの操作に
迷っているように感じる。先ず考える、そして研究する。
人に聞かなくては。思いついたら試して見なくては。
正確なストロークと、思い切り良く振り切るスウィング
の両立を実現する練習だ。スマッシュも同様。バックストローク
の完成はかなり近づいてきている。
上田と競争だろう。みんなの意見を聞きながら、
どちらが早く打てるようになるか、競いながら
練習すれば良い。相手の欠点は、我が欠点なのだ。
1回生は、みんな相当な可能性を持っている。
2、3回生が、各人それぞれ伸ばすべき技術を
練習するのを見習って、各人が上級生を積極的に
利用しながら、自分の上達に必要な練習を
可能な限り行えば良い。どれだけ練習しても、
そのうち大きな壁にぶち当たるから、楽しみにして
前進してほしい。誰が、壁にあたり、泣いて、もがいて、
そして突破するか。二三度は突破しなくて
京大軟庭選手にはなれないのだから。早く壁に
たどり着け。大海に乗り出すのだ。
土曜日に山元さんから聞いていました。
マラウイ国に横山さんが国際援助活動として
出向かれているということを。
鉱山開発ということらしいです。キンバレー岩を見付けると
宝石が見つかるのです。
本当に多士済々と言っても良いでしょう。
(ちょっと差し障りがある事件を起こした
OBも存在します。否定はしません。それぞれに
各人責任をとっておられる筈です。自分の犯した
罪は責任をとって下さい。残念です。)
またまた出ました。朝日新聞です。よほど
予算が余っているのでしょう。いわゆる金に飽かせて
いいかげんなことをし放題と私は見ます。
「社説21シンポ」ですって。
冒頭発言:第一部:緒方貞子さん・・・・
単なる導入部の言葉だけですね。社説を使ったのは。
結論は「日本が、どういう形で平和維持活動に
参加するのが適当か、具体的に検討してほしい」
ですから。社説としては、どうですか、すごいでしょう、
こんなに具体的に提案しているのですよ!」と
言っていたのです。
冒頭発言:第2部:小林陽太郎さん・・・・
いやはや、厳しいものだと私は思いますが
「地球貢献国家とか・・・大賛成だが、
果たして日本にそれだけの力があるか。
・・・教育が心配だ。・・・このままでは、
地球貢献国家とか国際公益の世話役は
看板倒れになる。・・・地球貢献国家の
前に、国内社会でどう具体化するのか、
その視点と行動を定着させるかが大切だ。」
基調公演:ジョセフ・ナイさん・・・・
いろいろ励ましていただくのはありがたいと
言うべきでしょう。でも、ちょっと
言いすぎていませんか?
「グローバル化に対応しながら自国を
維持し、アジアの近代化に成功した日本は、
文明間の橋渡し役になれる。・・・・日本が
世界への貢献を続け、ソフトパワーを強化する
なら歓迎だ。今後、いかに『台頭』していくか、
この問題にリベラルな回答をするため、『日本の
新戦略』という社説特集は、良いスタートになったと思う。」
いい加減にしなさい!
若宮啓文さん。「最後に強烈なパンチをいただいた。
メディアの役割は大きいと思う。今日は
たくさんヒントをもらいました。ありがとうございました。」
おさまりかえっている所ですか。
高い給料をもらっているだけで、
適当なことを言っていれば仕事になるのですか。
NHK、JR、全国紙、中央官僚、議員さん、学者さん。
まったく細木さんと一緒ではないですか。
結局、呑んで食ってくだ巻いてで、お終いやないですか。
恰好から入るもんではありませんね。
単純でも、目標をしっかり見つめて、何度も何度も
繰り返し繰り返し練習することで
修得するのです。
ストローク練習、ヴォレーとスマッシュの練習、
ファーストサーヴィスとレシーヴの練習。
コートを空けるような無駄をできるだけ排して、
熱心に練習を続けることができれば必ず修得できるでしょう。
正確でしっかりしたストロークは、
何にも増して基本の練習です。
腰をひねりを利かして
鋭いラケットのスィングで
コントロールを実現する要領を
会得することです。その上に、
臨機応変の自在力を忘れないようにします。
短い球、長い球、右に左に走る球。
緩い球、速い球。決して思い通りには
やって来ない球。予測を適確にして
早くから準備して迎えても
十全ではないのです。足の一歩一歩の運びまで
研究する高い意識の持ちようが必要なのです。
ラケットで一球を十分に扱うのは
優れて知能の必要な動作なのです。
力一杯振りまわせばそれだけでよしとするような
ものではないのです。頭脳の使い方が
高水準で必要なのです。むろん気持ち、精神も
含まれています。頭と心のスポーツです。
若手OB諸君の評価は、なかなか辛いものでしたが、
いやなかなかの練習でしたよ。この4週間を
この調子で一気に突き進んで欲しいと思いました。
新戦力を紹介しておきましょうか。
後衛:
細川・・・懐が深いストローク。ラケット面が薄い。
コントロールより、まず長さ。振りを鋭く。
榊山・・・グリップ改造を。振り抜きを大きくする。
FSをもっと強いものにする。クレバーテニス。
八木・・・大型後衛。大きくラケットを引いて打つ。
ロブは柔らかく。
前衛:
上田・・・2回生(だろうな)で入部。サウスポー。
素直にラケットをボールに当てて打つこと。
体の使い方がラケットに負けている。
野木・・・小型の素早い前衛。スマッシュを良く練習すること。
北谷・・・期待の京大的前衛(になれる)。上田と同じで、
ラケットに体が負けている。基本ストロークを
きちんと身に付ける。
矢守・・・平石君を思い出させる。ソフトで爽やか。しかし鋭い。
気の持ちようがまだまだ甘い。隙ができてしまう。
テニスをあまり技術的にとらえないこと。格闘技とまでは
いかないにしろ、隙を作っては駄目だ。
みんな上手いですよ。
でも関六に出てみて、気迫が出せなかったようでした。
どこか遠慮する(すべきと控える)部分を自分のテニス技術に
感じているからでしょうね。遠慮することはありません。
もう十分な水準ですよ。勝つために本気になる
素直さを勇を振るって身に付けてください。夏には
堂々の京大軟庭の選手として振る舞ってください。
小林、岩崎、藤田、中瀬、林の各君と宮田さん。
夕方には沢田さんも参加。
杉山さんと私もいました。
4回生は抜けていませんが、
3:安藤、井上、貴田、辻田
2:赤木、逢見、上田、梅原、小柳、田部井、千々和、中祖
1:北谷、榊山、野木、細川、八木、矢守
と全員揃っていたのではないかな。
コートには全員で27名がいたことになりますね。
午前・午後と、コートを空けることもなく
よく練習していました。
コントロールが良くないのと
しっかりプレーの予測ができないこと、
したがって正確な足運びができないこと、
体の使い方が上手くないこと、
隙があちこちにできて、気が散漫になり、
一つ一つのプレーにおいて
ボールに集中できないこと、・・・
と一連つながりで評価を高くするわけにはいかず、結局
テニスとしてはまだまだほとんど
態をなしていないという結論になるのですが、
この一連つながりの部分は、あくまで将来を
見据えたときの話しであって、割り引いて
見ることができます。もう少しボールを丁寧に
扱うように気を付けてプレーするよう注意する
ぐらいでとどめておきますと、ずいぶん
テニスらしさが表現できていました。やっていて
楽しかったのではないかな。かなり気も入っていたと
思います。悔しさも激しさも現れていました。
もっともっと上手くなりたい、強くなりたいと
いう思いを感じました。1回生は、どうすれば良い
のかと、素直に質問していましたから。
関六に出てみた経験で、思うほど打てないと
感じたようです。まず、思い切り打ってみるように
助言しました。どうすれば、コントロール良く
しっかりした長い球が打てるようになるか。そのように
打つことから始めなくてはなりません。打つ前から
技術を知っておこうとしても、空回りするはずです。
つぎに、体を自然に使うように助言をしました。
プレーをするからと、不自然になることが良くあります。
その事を知らねばなりませんね。上体が不必要に傾いたり、
足の構えがしっかりできていなかったり、腕だけや
手首だけでラケットを操作してしまったり、
腰を中心に、体全体をバランス良く使うフォームを
修得する練習をしなくてはならないのです。
山元さんは 女子の練習相手に。
男子は東コートへ移動して練習をしたようです。
女子の1回生が西コートで練習。
山元さんが相手を務められる・・・。
その後を、私が引き継いで、F.A.のRの
練習を約40分ほど。ずいぶんと汗をかきました。
学生はまったく疲れを見せませんね。老人は
やはり疲れました。気持ちのよい疲労感です。
ビールのうまいこと。(闘いに簡単に敗れました)
酒のあての焼き魚・刺身・冷や奴の美味いこと。
楽しい一日でした。
いやいや、藤猪さん、失礼しました。
楽しい二日間だったのです。金曜は私は仕事で
夕方までは空いていなかったのです。園田さんが
関西に来るというので、天候に不安があったので、
後に憂いを残さぬようにと、楽しみを確実にすべく
山元さんと3人で会ったのでした。土曜には
出切る限りコートを覗くつもりでいます。今年は
その積もりがまだ軌道に乗っていないのです。
気が向いたらまた連絡を下さい。
現役への言葉は、感じたままを、
優しく(内容が難しくとも大丈夫です。
分からん部分は、音もなく聞き流しますから。)
伝えてやってください。優しいと、興味を持ったことを
質問してくるはずです。いろいろ聞かれることは
嬉しいと感じるようです。指示を受けることは、
苦手のようです。嫌というのではなく、受け止め方に
苦労を感じるようです。だから優しくです(ではないかな?)。
ボールにどこまで集中してテニスをするか。
これが現在もっとも中心的な課題です。
相手を見たり、相手の思惑を気にしたり、
部員の気持ちをはかってみたり、うまく行くか
心配したり、ああしたりこうしたり、・・・、
まあなんといろんなことに気を取られています。
テニスをすることに集中するとは、
ボールを適切に扱うことに全身全霊を
集めることです。この練習をすることが
まったくできていないのです。何を練習していることやら。
と監督が嘆いてはいけないのですが(山元さんの
注意命令)、ではぼやきにしましょう。(それもあかん!
ですって)ほんじゃあ・・・、で名案が一つ生まれました。
二人だけの秘密ですね、今のところは・・。
なにか分かりますか?
女子のキャプテンシーはすばらしいです。
男子もがんばれー。
スポーツは、明るい気持ちでやるものだろう。
何はなくとも 明るさを。
あかるく、たのしく、うれしく、かしこく。
園田さんの魅力だな。人を引きつけて行く力がある。
中年のおっさんなんやけど、力がある。
それを見せつけて、富山さんと帰って行かれました。
エー風景でありました。夕日に向かって颯爽と・・・。
林・中瀬:岩崎・沢田でマッチを楽しそうに
しているのを眺めながら、山元さんと二人で
夕方呑み にいつもの食堂へ移動していったのでした。
愉快で楽しい二日間とコートへ来てくれた
テニスパーソンに感謝して大いに慰みとしたのでした。
関東の集いのテニスバージョンを書き込んでくださいね。
お天気がずいぶんとよくなりました。
昼前から観戦しましたが、いやあよく焼けました。
左手首は、腕時計の跡がくっきり付きました。
園田さんは当然というか、わくわくして。
山元さんも、出て来られました。
昼飯を“平和”でいつものようにとって、
再び観戦しました。今回の関六は、はしか の
影響で、関四 です。関学と神戸が休講、学校閉鎖
となっているからです。で後半戦は30日なのです。
さて、内容ですが、テニスの色が薄かったですね。
勝ち負けということでは、それなりの試合かもしれませんが、
全日本を狙うという水準にははるかに遠いものです。
だからこそ、と気合いを込めて、しっかりテニスをすることを
期待していたのですが、監督が悪いせいで、テニスが
できません。テニスパーソンが見当たらないという
ことなのか、テニス心の見本がないのでしょう。私ごときが
言葉で理解させようとしても通じないのですね。
(というような話しで、昼飯は、また夕方呑みで
こってり山元さんに絞られてしまいました。)
けっして、下手で弱いということではないのです。
むろん上手で強いとはお世辞にも言ってやれないのですが、
テニスをもっと楽しく愉快なものと見て、貪欲に
挑めばずいぶんと力が発揮できるだろうという状態なのです。
1回生が、なかなか元気ではいるのですが、
どこか勢いに乗ってしまえない手控え・様子見の
心が入ってしまいます。2回生がどんとぶつかって
飛び出すには、どこか遠慮が働きます。明るさを
象徴するような動きをする選手が出るとよいのですが、
気後れまでには到らぬところで、もたついています。
4時前から、コートが空きました。
なんと 富山さん(「ジュニアーの方ではないぞ!」
と強調して)が登場して、さっそく岩崎・富山;
林・園田でマッチを繰り返していました。富山さんには、
現役に差し入れ(一万円)まで気を使っていただきました。
藤猪です。6月1日金曜日、出張のついでに久しぶりにコートを覗かせて
もらいました。麻田さんにお会いできるかと思っていたのですが、平日
は来られないのだと現役に聞きました。しかしそんなところで園田さん
も入れて飲んでおられたとは・・。次回、園田さんにお会いしたときに
麻田さんの携帯を伺っておきますので、次回、京都出張の際はご連絡さ
せていただきます。
2時間ほど練習を見せてもらいましたが、特にアドバイスもせず帰って
きてしまいました。悪かったかな。感想などはこの場では表現しづらい
ので、またお会いできたときにお話させてください。
明日の関西六大学を前にして、
園田さんが関西に帰って来たので、
山元さんと3人で大津で落ち合って
少しだけ呑んでいたのです。
勢いがついてしまって、
たいへんご迷惑だったと思いますが
沼田夫人と加藤(幹)に電話を掛けて
一緒に飲んでもらいました。
明日はどこまでテニスをやり切るのでしょう。
園田さんが観戦だけでなく、練習もするというので、
私もスタイルを整えて吉田へ出掛けましょう。
日曜日に練習をする積もりでしたが、
天候が思わしくないようですから、
明日に集中しましょう。山元さんも
出てこられるとよいのですが、今年は
いろいろ忙しいとのことでどうなるか分かりません・・・
1回生は思い切りやるでしょう。
何が飛び出るか分かりません。
2、3回生は、偏差値にしたがいつつも、
1回生に名をなさしめるには
口惜しすぎると、何か思い切った
試合をするやも知れません。それを見届けに
出掛けようと思います。
こういうのは、嬉しいことですね。
何をするのやろうね。
何をしてもよいだろう。
テニスとは、闘いなのだから。
すばやい対応ありがとうございます。
女子部の予定もよろしくね。
ではまたお邪魔します。