蒼穹掲示板

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どう整備するか

2008/08/20 00:45:06 麻田佳明

後衛のストローク力;とにかく落ち着きが急務。
狙って打つこと、打てること、いや打てるが慣れていない
のが問題やな。
小柳、逢見、田部井、千々和、
江口、榊山、八木、吉永、松村
榊山がずいぶん良くなった、吉永も
成長する、田部井が自信を持てばな、
八木がいま少し強い意思を持てればな。
榊山、八木がトップを脅かさないと
全体の水準が上がらないだろうね。

前衛;成長が遅い、後衛におんぶにだっこでは、
甘えすぎですね。自分の特徴を前面に
押し出してプレーする積極性がないね。
赤木、貴田・・・・明確なスタイルがまだない。
中祖、梅原・・・・結局考えていないと追い込まれそう。
姿勢が中途半端に見えることからして象徴的だ。
手首の使い方から基本に戻るべきだろうね。懸命に
プレーしているのだが。
野木、北谷・・・・欲が不足している。
焦ることはないが、欲は必要だ。一つは自慢のプレーが
ある。それには自信を持てば良い。もう一つ二つ使える
技術を早急に修得すべきだね。必死になって練習できるかな。
欲をもって欲しいね。
上田、矢守・・・・鋭さが特徴となるべきだが、
確実なプレーが見えない。強さにつながらない。
弱さを感じさせるプレーが頻繁に出るのは、
試合に真剣に臨んでいないと見えてしまう。
謙遜とは見られないだろう。この点は大きな
欠点であり損失だろうね。潜在能力の高さが
消えている。なくても在りそうに見せるのが相場なの
になんという人の良さかと呆れられるかもね。
小山田、羽泉・・・・自由にやって良い。
まだまだ自由さに乏しい。思い切った勝負をかけた
プレーを試みる事に意欲を持って良い。
小山田は、十分心得ているはずでも、それ以上に
弱点をつかれるから、強さをどう演出するかを
忘れ無いようにする。そのためには壁になる能力を
高めておくことだ。羽泉は対応力の高さに驚く。
ラケット操作を合理的にする工夫を絶えず進める事だ。
結果が良ければプレーが完成したと安心しては
だめなのだ。連続するプレーとして完璧な前衛像を
求めるのだ。

梅原、中祖がどれほど己に厳しく求めるか、これが
野木、北谷、小山田、羽泉を鍛える事に
直接響くのだ。いまや自分の事だけでは済まなくなっている
と少しは考えてほしいね。進歩は努力の結果だと
言えば、努力の不足を非難するように聞こえるだろうが、
原理や技術に対する強い意欲を周囲に感じさせるように
生活することが努力の中心的な内容だと理解すれば
どうだろう。同じ失敗を2度3度繰り返すより
成功に至るまでいろいろ失敗を重ねることの方が
努力だと理解してもよいのではないか。運動能力が
高いと、今度はできると無闇に同じ事を繰り返す
ことになるものだ。なにか弱点や欠点を持っているほうが
工夫しやすいものだ。力が弱いと怖れている者の
気持ちになって見るのも工夫のヒントになるかもしれないね

正しいゲーム運び

2008/08/19 00:47:10 麻田佳明

原理(昨年言った「京大式軟庭理論」)に忠実に
ゲームマネージメントする。そのための
作戦を状況に応じて採用して行く。前衛の
位置、狙いと作用、後衛の仕事、ペアー間の
意思の疎通、作戦を成功させる為の
要領の経験と発見、作戦の実際の留意点
の経験、要は作戦のコツの修得を目指す。

身体の姿勢、動き方、陣形の整え方と維持のし方、
構えの重要な事を徹底した理解、
試合で可能にするための基本練習の実行、
試合で気迫を込めるためには、もっともっと
気合いを入れて戦うことに慣れなくてはなるまい。
となると、交わす言葉は一寸したことでも
十分に気をつけて、つまり戦っているとの
気分を残して交わすように留意していること。
気を抜くときは、コートから出てしまった方が良いだろう。
(勝手に出たり入ったりすると、全体の気分が
壊れるだろうから、休憩時間を長くとった時に
限って気分転換の為の離コートを考えるようにする。)

基本練習をしっかりやる事。
全体でそろってやるときだけでなく、
各人が単独でも、素振りから壁打ち、
コートに入ってのネット打ち、特に
白帯打ち、さらにはコース打ち、などの
グラウンドストローク、1stサーヴィス、
あるいはランニングもできるはず。これらは
すべて基本練習としておくべきですね。
それから前衛の基本練習として
ヴォレーとスマッシュ。
どのような状況にあっても、姿勢を正しく保ち、
タイミングをしっかり合わせ、注意力を
とぎらせる事なく始めから最後まで狂いなく
プレーを遂行することを課題として練習する。
相手を求めて、同じ事をできるだけ速いテンポで
繰り返す練習がない。何度繰り返しても
まるでコピーが並ぶかのように正確に
繰り返すような練習のし方をとり入れないと
基本練習にはならないと考えれば良いだろう。

自信を持てる、力の入れ加減が操作できる、
気分の入り方をチェックできる、どのような
プレッシャーがかかっても大丈夫なように
練習する実感がある・・・・などを
互いに見て取れる、感じられる、ような
練習をしたいものですが・・・・・・。
今日の様子では、期待が持てると見ましたね。

正規練習開始

2008/08/19 00:15:34 麻田佳明

女子の午前練習を覗こうと予定していたのだが、
男子の練習をみて予定を変更してしまった。
ちょっと目が離せないという気になったのだ。
良い意味です。悪い予想をしていたので、
もう少し余裕があるものとのんびりしていたのだが、
大変良い状態であったので、目を離せなくなった。
12時までいっぱい見てしまった。

午後の練習は、どう言うわけか一変して
悪くなってしまった。淡白だしミスが多く、
練習の目的が見えてこない。これは困った事だと
少し心配になって、暗い気分になった。

試合が始まった、とそれほど悪くは無い。
ちょうど適当に悪い。悪いところは悪く、
それなりのところはそれなりに形になっていた。
特に悪いところは、注意力がすぐに薄れて
しまうところだ。なぜそんなミスが起こるのか、
皆目当事者に意識がない。折角2、3本
しっかりしたプレーが続いて、得点をしたのに、
流れに乗れず、流れを断ち切り、ペースを掴む
ゲームマネージメントができない。自分の
戦い方を作るように研究しているようには
見えない。そもそもペアで連携する兆しさえない。
これは決してくさしているのではない。
注意をしているはずが、気がつくと気が抜けている、
何をしていたのか、決意したはずの事とやってしまった
ことにどこを探してもつながりがない、こういう
意識の空白が起こるものだ。空白を作らない事と
は理解していても、克服する経験が無ければ
減りもしない。ある周期で空白が起こっていることに
気づいて、各自克服する方法を工夫するしかない
だろう。ペアで注意し合う事から始めれば良い。

正確なプレー、押し引きを意識的に、
意識の空白を克服する、相手ペースを乱し、
自分ペースをつくる、試合運びの原理・戦略を
しっかり守る、原理に忠実な作戦を正確に
遂行する、そのためにペアワークを磨いて行く。
すべてが練習課題だ。日々修得に励もう。

なかなか良い雰囲気でした

2008/08/17 23:59:45 麻田佳明

16日 蒼穹杯大会
今年は全く一般の部の試合を見ていませんので
なにも申し上げる事はないのですが、
なにか雰囲気が、いえ見ていないのですから、
感じだけですが、つまり壮年の部や女子の
部の試合を覗きに来る諸氏の言葉や
態度から受ける感覚的に得る事のできるもの
からだけの印象なのですが、落ち着きと
ほのかに匂うかのようなある種の充実感
を感じました。
テニスの内容については、岩崎・中瀬組、
林・富岡組、垂井・出口組、粟井・前田組
(と事前に聞いていたが、実際のところは
知らない)、伊東・小林組、の力が評価できると
見ていたので、現役がどの程度挑戦するか、
特に具体的な注文をつけなくても教育効果は
計算できると判断しました。試合開始前に
百々さんと短い会話を交わしましたが、私の
意を十分に読めていますとの感触を得ました
ので、ずいぶんと心強く感じて、吉田を離れました。

渥美、天野、武田の3氏と10時前に堀川丸太町に
集合して竹村さんのお宅にご機嫌見舞いにお邪魔しました。
竹村さんの滑舌は学生時代そのままに、
残念ながら現在陥っている病状を簡潔に
まとめて説明を受けました。小柴さんのノーベル賞
受賞につながるカミオカンデ建設の覆い1kmの
地下空洞掘削は竹村さんの仕事でもあったとの話しに
われわれ3名は感銘を深くして聞き入っていました。
ひとしきり彼の仕事関係の話しを聞き、マンションの
ベランダから大文字の風景を楽しみ、奥様も交えて
写真を幾枚か撮りして、1時間をあっという間に
過ごしました。人生はいかほど意味を見つける事ができるか
分かりませんが、どこにでもあるとは言え、
一人一人にとっては偶然と必然が複雑に
織り成すずしりと重い価値観に半ば支配され
半ばそれを誇りにもして、40数年をひと飛びして
こころを語れることに4人はよろこびを感じていました。
たかがソフトテニスですが、その事だけで
このよろこびを得たとの思いはほかほかしたものでした。

吉田コートに戻って、3人はテニスを楽しみました。
テニスを楽しむとは、このことかと、このことは
私一人の言い方かもしれませんが、しみじみと
した思いとともに、人生後半を豊かに暮らしておられる
みなさんがしっかりテニスをしておられる
ことに改めて気付かされて豊かな気持ちになりました。

出会いが歴史をつくる

2008/08/16 00:56:02 麻田佳明

今日は、むろん正確には昨日ですが、
山元さんの邸宅でこのところすっかり
定着した感じの 蒼穹会 前夜祭 が
催されました。いつものメンバーに加えて、
今年は 西崎さんと瀬戸山さん、白川さん
が参加されました。白川さんは、高安さんと
同期の後衛です。足の速いバックの得意な
名選手です。明日は、西崎さんとペアを組んで
優勝を狙われます。
瀬戸山さんは、ご存知の方も多いはずですが、
京都舞鶴市民病院と島根県立病院で
患者本意の自治体病院の体制づくりに
指導的役割を果たした先生です。医学部の
総監督に復帰されたようです。近年医学部と
合同練習の回数が減っているようですが、
競いあって存在を輝かそうといまいちど意気投合しました。
互いの良いところを認め合って競う事が
当然のこととは言え大切な事です。コートで
テニスをすれば良いことですから、気軽に声を掛け合って
どちらからともなくゲームを数多くこなすように
気持をもっていて欲しいですね。
西崎さんは、山元さんとも過去ペアを組まれたこともあり、
佐藤(至彦)さんや小高根さんとも旧知の間柄
のようです。現在 兵庫県立大学東学舎の女子の
監督をされているとお聞きしました。早速練習試合を
申し込まさせていただきました。女子だけでなく男子とも
競い合えば良いですね。佐藤主将と連絡をとって
この秋から始めても良いでしょう。さらに、交野市の
テニスクラブ、つまり佐藤さんや白川さんが参加して
居られるクラブに参加されているのだそうです。今日は
とても始めての参加とは全く思えないような和やかさで
私はとても楽しくなりました。
明日は、渥美さん、天野さんの参加もあります。
浅野さんの参加を確認していないのですが、期待を
しています。となると40数年ぶり、いや卒業以来
始めて Aフォアーズ が揃います。全員揃うと、
再び学生に戻って熱くなるかもしれませんね。
おじーさんが熱くなって4人も揃うと
何が起こるのかなあ・・・なんて、白髪が燃えるとか、
ボールがパンパンに膨らむとか・・・・・・???
斎藤(角田さんと27年ペアを組まれた後衛)も
すっかり常連。楽しい会の打ち上げは名残惜しいものですが、
そこはそれ、品行方正なご老人ばかり、琵琶湖周航を
朗々と歌ってお開きとしました。今年参加を
見送られた方々にも来年のご参加を呼びかけさせて
いただいて、ご報告の一端としておきます。
とにかく明日に備えて。いまもう眠いのです。

シングルスに頑張るか

2008/08/13 00:19:37 麻田佳明

夏らしい暑さで楽しい(と強がっても
歳に勝てない・・・・と残念なのだが。
これでコートへ出てがんがん打てれば
満足なんだが。こんなことは40年も前のこと
です。でも、気候のよい時のテニスは文句のないもの
ですが、冬の寒さなのかのテニスも趣きの深いものです。
それにしても夏の暑さの中のテニスは思いで深いものです。
中学よりも高校、そして大学の夏は人生の中で
もっとも思い出深いものです。ソフトテニスの
醍醐味とも言えるものがあるように思いますが、
人それぞれでしょうが・・・・・)

来週からは夏から秋へ上手く転換するときです。
今年は頭をしっかりさせて、ともに鍛えた
身体とともに、正しいテニスを習得する
新しい段階に入るとしていろいろ(というほど
多くは語っていませんが)ささやきかけて来た
ところです。いまだ道半ばにも達していませんが、
強い意志を持って挑戦を続けて欲しいと願っています。
ここの技術の完成度をしっかり確かめねばなりません。
意欲のほどには完成度が高くないので、ある程度の
水準で完成度を揃える事が先ず必要ですね。
そして試合を望ましい形で進める為の知識と
精神的制御にもきちんとしたチェックが必要です。
今述べた二つの確認を行えば、その証明として
それぞれのペアの、したがってプレーヤー各人の
テニスの試合ぶり、その得意のプレー、欠点を避ける
プレーを幾つか完成させることを課題に練習に取り組む
ことになりますね。頭と意思の訓練です。
気持ちよくテニスをしたい、テニスを楽しみたい、
という表現とは少し印象の異なった言葉・表現の
下での練習に取り組まなければならないでしょう。
意識を意識的に変えるというのはなかなか
しんどい事です。でも成功の後で振りかえったときの
満足感は今までにない大きな手応えの感じられるものとなる
はずです。このことを楽しみにして
大きな仕事に取り組んでもらいたいと
願っています。

暑さ厳しき折、くれぐれも身体は
しっかり維持管理して下さい。
意思も身体の不調で簡単に崩れる事が
多いものです。

ちょっとセンチな監督に?

2008/08/08 00:34:30 麻田佳明

蒼穹杯のテニスの会は、この10年ほど、
ちょうど良い上達の機会となっているので、
現役の試合を気を入れて見守ってきた。
今年は、この夏のテニスと秋への切り替えを
ポイントに考えているので、めずらしく
現役の試合を見ることから離れようと
考えていた。ちょうどそこへ、同期の何人かが
集まる機会を持とうと提案があった。16日の
お昼はそのために吉田を離れる。

同期とは・・・・
渥美さん;最も早くからレギュラーに入った後衛。
ロビングにいちはやく目覚めてペアテニスをした。
4回生最後のリーグ戦では田中さんと組んで
最も安定した試合をした。
武田さん;4回生の春リーグはペアを組んだ前衛。
ストレートのラリーに強く、フォアのストレートでは
彼の背中からシュートを打ちこんだ。
竹村さん;よく叱られた指南役でした。ちょっと
挫ける私の心がよく分かって励ましてもらった。
京の鉾町の長男さん。社交術の名手です。
須藤さん;直接の連絡はまだとっていないのですが、
出会う可能性があります。われわれの時の常識の
源となっていた人。というより私一人が非常識であったのかも
知れませんが。全くの素人ながら、女子コーチまで
つとめました。
天野さん;1年生春から飛び出した同期のエース後衛。
すべてに早熟を狙っていたのかどうか、とにかく
決断が早くて学生生活も変化がはやかった。私は
ついて行けなかった。でも1部昇格を最もよろこんで
くれたのも天野さんでした。
園田さん;大学のテニスといえば、園田さんとともに
動いていたといえるほどほとんど一緒でした。園田さんの
人に対する強さに頼ってどれだけの人に会って来たか
と感謝の念が堪えません。
田中さん(二人がいます。どちらにも尊敬の念を
もって対して来ましたが、今回は喜男さんの方);
残念ながらすれ違いになりそうです。高校からの
同期です。学連委員長をやりました。紳士です。
私が到底及ばない分野です。

ずいぶん張り合ったり競ったりしたこともあったのでしょうが、
もうすでに40年以上も昔のことですね。
世界線が交わることもそれほどあるとは思えません。
一期一会 なんて言うことは無いでしょうが、
1試合1試合真剣にテニスをするつもりで会います。

場違いなと笑われる・・・・・

2008/08/07 00:03:05 麻田佳明

国民政府、いや国民と政府、こんな言い方が
ごく自然に出てくる状況と言うのは
どういうときなのか・・・・・と・・・・。

内閣改造、福田首相がどのような内閣を
つくろうとしているのか、誰もが関心を持つ。
つまり、現下の問題は何か、それらに
どう対応するのか、大臣は誰か。

選挙対策の内閣、というのもある。
選挙で権力基盤を整えるのか、政治課題のために
もっと権力を強化したいのか。
同じ与党内での権力争奪戦の内容による。

報道が、対権力の姿勢を明確にしないので
良く分からない。どの報道機関も、権力との
間合いをつめすぎているのではないか。

にしては、アンケート結果が、最近に無い
散らばり様である。支持率に±8.5ポイント
の幅がある。

新聞がこのありさまでは、官僚はもっと
幅を広げるのではないか。

麻生自民党幹事長にどこが入れ知恵しているのか。
麻生さんも、政府か政党か、腰の落ち着けどころが
しっかりして居ない。

外務省、防衛省が暴走していないか。

中国餃子企業天洋食品の毒入り餃子を
中国で食して中毒が起こっていたとの
報道。政府なのか役所なのか、一寸した
情報操作だろう。

権益確保、役所の肥大化、自己膨張。

竹島の領土問題、海上油田の中国との争い、
北朝鮮拉致被害者救出、・・・・・操作への
誘惑か権力の独走か。


まるで場違いとなってしまうが。
組織が動くとなると、その目的と
運営は構成員すべてのものに明らかと
なっているのが当たり前です。
サボっている、では済まないだろう。
一瞬一瞬はほとんど何事もなく済んでいるのだが、
事が起これば、それまでの過去が、一連のものとして
意味を持つ。無意味と言うことは無い。
肯定的な意味を持たす為には、一瞬一瞬の
確保が欠かせません。どんなに小さな組織であっても
属しているのは、他の誰でも無いわたし達なんですから、
自分を貶めるようなことは互いに戒めて
いたいものです。

確実な球捌きと根気の良いラリー

2008/08/05 00:46:00 麻田佳明

を基本とする試合を実現して欲しい。
最高の球を打つことはすばらしいのだが、
始めから最後まで最高の球を打つとなると
ほとんど現実性はなくなってしまうのではないか。
最高の球と表現するよりは、
安全な球と表現する方が
現実的だと思うのだが、安全しか
指向しないのかと自問したときに
余りに消極的に感じるとしたら、
テニスにかける思いが、ロマン的に過ぎる
という批判を投げ掛けていると
理解してもらいたい。ロマンはいいが、
いい気持ちに浸りすぎているぞと
口のうるさい年寄りが冷や水をぶっ掛けた
のである。いい気持ちに浸っているときに
何を無粋なと怒ってもよいが、怒りが静まってきたら
テニスとは意外なほど冷静な計算の上に
立って楽しんでいるのだと考えて欲しい。
ちょっとでもこの冷静な計算に意味があるのではないかと
考えようと試みて欲しい。

もっと具体的に注文を付けてみよう。

八木;早めの打ち込みはよい。と、ゆっくり過ぎる
いい加減なシュートはテニス的でない。早めの打ちこみの
タイミングで構えて、肩を回して(引き直して)
相手前衛の側を緩いつなぎの球(あえてロビングという
必要はないだろう)で攻める要領(どのような返球が
予想できるかを前提にした攻め)をおぼえるべきだろう。
榊山;打ちこみの一本目は合格だ。しかし二本目からは
テニスになっていない。二本目、三本目の打ちこみを
考えてストロークを完成させて欲しい。バックのストレート
のつなぎは、多分意識をしていないだろうが、
もっともテニス的である。フォアのストロークを
完全に相手前衛を引きつけて(どのように打つか
最後まで見ないと分からないという注意をさせて
相手の動きを止めてしまうこと)楽に打つ打ち方を
作るべきだ。ラケットの構えを、肩より上にして(手首
を肩より上にして、ラケットは垂直に立てるのが
良いと思うが)素早く一気に振り下ろす打ち方を
考えて欲しい。
田部井;せっかく柔らかさと粘着性が出て来たと
みていたのに、何やら力みが目立つ手首の
ひねりにたよる小さな打ち方に固まりつつある。
強くひねくる打ち方でなく、打点をもっと
選択した打法にして、ラケット振りは軽く素早い
それでいて柔らかい(だから打点を胸に引きつけた
フォームになる)。ながいロビングは、打点が低くなっても
横に遠くなるのではなく、膝に引きつけて
ラケットを縦に大きく長く振り抜く。振り抜いた
姿がきりりとしまって隙がないようにする。
同じコースを、何度でも味方前衛に狙わせる
ようにラリーを持つテニスをしているように
相手に印象付けることだ。これに相手前衛が
絡んで来た場合に始めて、相手前衛の隙を狙った
クロスのパスを狙えば良いのだ。
千々和;今のロブはロブではない。シュートも
シュートでない。シュートがロブの役割を果たしている。
したがってロブを打っていないことになる。
ロブは相手前衛を完全に制して、相手後衛を
攻めるように打たねばならない。つなぎのロブという
ふわふわ球は、上手の打ち方でしかない。下手は、
シュートを打つ構えとタイミングで相手前衛を完全に
封じる球としてロビングを打つ。したがって、
前衛を制するだけでなく、後衛を攻める意思がなくては
ならないのだ。相手前衛が守りに入れば、後衛へ
直接攻めのシュートを打つ。

呂蒙は男子だが

2008/08/04 00:01:28 麻田佳明

中国は三国時代、蜀は関羽、張飛という豪傑
と、諸葛孔明の名軍師を持った劉備玄徳が、
魏と呉と天下を三分した。魏志倭人伝に
倭国の話しが出て来る。と知らぬことを
ながながと書くのが目的ではない。
呉の呂蒙が関羽を討つについて、
呉王孫権に、少しは勉強をしろと忠告を受けて
読書に三昧し、将軍呂粛に、戦略を誉められたとき、
男子三日みざれば、刮目(しっかり目をこすって)して
待つべしと言ったとの故事がある。

女子も男子も、コートに立つときだけが
テニスではない。誰でもない、自分が
テニスをしているのだと明確な意識が
あるのなら、自分のテニスを見てみよと
するものをもって臨んでみるべきだ。
刮目して待てと、こころを鍛えて欲しい。

何もなくて、打ってみて始めて
どうも自分のテニスではないようだ、
などと訝しがるかのような態度は
テニスパーソンのものでは無いと、
あえてこの暑さの中で、言っておこう。

全日本へ

2008/08/03 23:43:03 麻田佳明

どれくらい日に当たったでしょうか。
11時過ぎから3時半まで、約4時間
でしょうか。昼飯に4、50分屋内に
いたのでもっと短いはずですが、いま
腕の皮膚がひりひりと痛んでいます。
火傷ですね。強い陽射しでした。そして
盛夏でしたが、吹く風に秋を思いました。
秋風ぞ吹く、です。このものすごい暑さとともに、
風に秋の気配を感じるのが、この時期の
やるせなさです。山元さんと二人、やるせなさを
感じていました。東のコートで女子を見、西のコートで
男子を見てです。女子は、京都産業大学、仏教大学、
神戸大学と練習試合をしていました。男子は
神戸大学と練習試合でした。

女子も全日本に参加します。
全日本に参加して、どんなテニスをするのか。
いや、挑戦するには自分のテニスを引っさげて
いかなければなりません。自信がなくても、
自分のテニスを思いきりぶつけるつもりですから、
その為の練習を目の色変えてやっているのが
当たり前です。
去年の試合が根底にあるのが普通です。
去年がこうであったから、今年はこうだ。
いやああだ。必ずこれくらいは。なんとしても
こうでなければ、と部員の結束も固く必死で
取り組んでいるものが見える、となっているのが
期待されるところですが。

経験がない、4年生がいない、エースがいない、
といって不平で一杯の1年生がいない、いったい
何しに全日本に出て行くのだ、とは言いませんが、
ついつい聞いてしまうような状態でした。

暑さに参っているようでは、とても勝つ試合を
することはできません。ミスを決して犯す事なく
テニスをしっかりやる為には、どれほどの
エネルギーが必要になることか、と良く分からなくとも
考えて然るべきです。打ってみて、その結果から
考え様と言うのでは、まるで話しになりません。
うまいとか下手とか言う以前の問題です。
テニスをするためにコートに立つのであれば、
当然考えておかねばならないことを、考えることです。
燃えて身を焦がすぎりぎりの思いを
持たねばなりません。負けてどれほど
悔しい思いをするか。なんでもない負け方
をしてしまったことに後で気付いても遅いのです。
悔しさに負けてはなりません。こんなものと
たかをくくってはなりません。こんなに悔しい
思いは生まれてこのかた味わったことが無いという
悔しさを怖れてはならないのです。

やればできるのです。
暑さ以上の、心の熱さを出すのです。
外の熱風を冷風に変えるほど
熱くなって練習して下さい。

基本のプレー一本一本を
どこまでも熱く熱く練習するだけで良いのですから。

もっと素早く

2008/08/03 01:11:39 麻田佳明

ずいぶんと慣れて来たのではないか。
慣れることは基本です。上達の基本、
そして初歩です。ですから慣れて来た
というのは大変よいことです。

しかしながら、このところ(といっても
30日だけですが)の練習ぶりでは
慣れが全く良い意味を持っているようには
見えません。テニスから遠ざかっている
といっても言い過ぎではないと警告を出すこともできます。
これは飽くまでも、警告であって非難ではありませんから
誤解の無いようにして下さい。
ただもう一言付け加えたいのは、なぜ
そのようになってしまったのか、その理由が
気になるからです。この点にも慣れを当てはめることが
できます。もしそうなら、この慣れはまずい慣れです。
いえ、間違った慣れです。このことを言いたいのです。
間違った慣れはいけません。間違いに慣れてしまっては
いけませんね。それだけです。ここさえ間違わなければ
大丈夫です。倍のはやさで動いてください。遅い。
なぜ間違うのでしょう?きっとチェック
の方法を間違うからだと思います。
ないしは、チェックをしないから間違うと
言った方が良いのかもしれません。
チェックの方法を持ってください。
チェックを入れる練習方法をしっかり持ってください。
気分や体調など、感覚を頼った確認は
確認にはならないことがあるからです。
まるで逆の結果が出ることもあるほどです。
チェックと言うのは、なかなか難しいのです。
苦い経験や苦しい過程を経てやっと
気づくことが多いのです。その点で
上級生が手薄であると言うのは
ちょっとつらいものがあります。いえ、不足しているの
です。弱点と言っても良いでしょう。
他校に相当奉仕している部分ですね。
勝負に辛さが出せないゆえんです。

今年の目標から言っても、チェックを厳しく
しておくことが大切です。
正しいテニスに、厳しいチェックを同時に
付帯条件としましょう。

先日も書きましたが、現状の力を
30分で80%水準に回復させます。
後衛のストロークとファーストサーヴィス。
前衛のヴォレーとスマッシュ。
どのようにチェックを入れて、
どのように整備しますか。
準備体操のときにまず
チェックすることがあるでしょう。
各自チェックポイントは異なります。
腕ですか、足ですか、肩ですか、
腰ですか、膝ですか。
意外と、足裏の感触と言うのもあります。
音は重要です。
ラケット面の場所を意識できますか。
どこへボールを当てるか。
ドライヴのかけ方。
ボールの面を離れるタイミングをコントロール
できますか。押すのか引くのか。
上から叩けるか、下から引き上げられるか。
横へずらせるか、どれだけ面にのせていられるか。
足がすべることはないか。
膝が曲がるか。腰に痛い所はでないか。
背中に痛いところがでないか。
腕に変な固さが感じられないか。
ボールが見えないと感じることはないか。

それぞれ毎日何かの異常を感じるはずです。
それが悪いことにつながるとは限りません。
良い結果につながることもあるのです。
理屈で考えること、やってみる強い意志を持つこと、
不可能と感じてもやるだけのことはやる気概を持つこと、
気迫を忘れないこと、冷静な計算が立つならどこまでも
忠実に実行すること、・・・・・。テニスは意思のスポーツです。

真夏、盛夏、全日本

2008/08/02 01:29:29 麻田佳明

セミの声。少々の声ではなく、唸るような
ジーンと来るほどの声ですが。
この声をバックに、全日本への練習が
ありましたね。私はレギュラーになったことがないので、
もう一つよくわからないのですが、
団体戦のメンバー選びの最終局面での
緊張感は相当にありましたね。もうちょと
頑張ってレギュラーにまぎれ込んでおけばよかった
と後悔したこともありました。無理に
メンバーになるという強い気持ちが起きなかった
ので、3本に入る競争には無縁でした。
この暑い夏に余りに競争に凝り固まるというのが
どうもしんどく感じたのでしょうね。
結局、夏になってから考えるようでは
出遅れているのです。冬の間に夏への準備をしておかなければ
とてもこの暑さの下での競争には
参加できませんね。

こんなことを書いてしまっては、学生には
意欲が半減する原因になってしまいますね。

競争は、本人だけではなく、周りも
重要な存在です。代わりに自分が出るぞという
意思が広まっていなくてはなりません。
結局チームワークです。
クラブの構成員全員の気持ちのつながりが
大きいでしょう。個人の心も大切ですが、
個人の心をつなぐクラブの心を作ることが
大切です。
わたしも夏の大会には、クラブの心が
理解できなかったのですね。自分から
遠のいていた部分もありました。遠慮していた
部分もありました。そしてクラブからの
誘いも弱かったとも思います。まあ、あてにされていなかった
とも言えるのですが。ここ等あたりの
積極性が不足していたのでしょう。
何十年も昔のことです。でも夏のこの暑さを
感じると思い出す「苦さ」ですね。

4年しか無い短い時間。それでも
瞬間瞬間には、いろいろな心が暴れまわって
いちいちそれに振り回されていたのですね。
なんと愚かな、と呆れはしますが、学生に
なかなか伝えることはできませんね・・・・・

16日。ふるってご参加ください。
学生たちと語らってやってください。

昨日のスローガンにはまるで反対だったが、

2008/07/31 00:39:59 麻田佳明

真夏の一日、青空の下、学生の練習は
昔と同じでした。(全日本大会を
控えての練習としては、「同じ」と
表現すると、ちょっと待て!とクレームが
付くかもしれませんが。)

この10年、いやもうちょっと前からでしょうか、
この20年かもしれませんが、前期試験を
終えたところです。この点が違いますね。

各自自分のテニスぶりをいささか忘れて
しまっているようでした。調整の仕方が
下手という事です。本格的な調整の
方法を持っていないのです。そのような
意識を持てない、というと教えなくてはなりませんが、
なんとなくもう一つ本調子になれないと訝しがっている
という態度ですね、条件を考えて、調子を整えるには
どうするか、どの程度が調子を整えた事になるのか、
調子を整えて、次に何をするか、そもそも
なんのために練習しているのか、に敏感さを
発揮していないのです。

で、とにかく、そのような意味を伝えて、
各自自分の通常の状態に戻るよううながしました。

池浦君が、院入試に京大へ来ているとかで、コートに
顔を出してくれていました。見事な受験生の風体でした。
集中力がしっかり持てている様子でした。
花尾君が、練習に精を出していました。テニスが好き
と分かります。佐藤君が顔を出してくれました。
本気で練習に参加するよう要請しました。スポーツは
ルールがありますから、考え方の好き嫌いは直接
には関係しないで競える事が大切な要点です。佐藤君に
勝つ事でどれほど得るところがあるかと、どんどん
試合を申し込む事です。
松岡君が蒼穹杯に向けて身体を動かしはじめたようです。
夕方春以来の乱打の相手をしてもらいました。ずいぶんと
安定した良いストロークでした。私は相当ばてました。

未完成ですが、上手ではありませんが、
やる気と本気度は確かなものです。
練習を何のためにやっているのか、を考えれば、
まず今の自分の80%以上の状態を
練習開始の30分で取り戻す事です。
そして当面の課題に取り組みます。
そしてゲームです。その傍らで基本練習です。
さらには基本練習の為の課題練習を工夫するとよいでしょう。
特に前衛のスマッシュとヴォレーは、細かく
課題を設定して、根気良く段階を踏んで練習しないと
上達しません。最後はやはり乱打です。
整理体操をかねて、丁寧にしっかり打ちます。
そしてストレッチをきちんとして練習終了にします。

練習の形を明確に作っておく必要がありますね。
形を守ってわずかに4年です、4年しかないのです。
「学生テニス」の意識も大切です。

粘り強く、正確に、正しいテニスを

2008/07/30 00:11:23 麻田佳明

夏のテニスも今が盛り。今年のテニスの
最高潮をきわめるときです。今一度、
何をすべきか、どのようにすべきかを
思い出して確認しましょう。

思うような結果を生み出せず、気が焦って
思わず横道に逸れてしまったのでは
ないでしょうか。ひたすら求める所ヘ
つながる道を確実に進んで来たでしょうか。
迷いや疑いを抱えたままで、
自分を欺いたままで無為な時間を
費やしてはいなかったでしょうか。

力を抜いてはなりませんが、
闇雲な力みはなおいけません。
力みより、正確さです。何によらず
正確である事が要領になります。

正確だ、正しさだ、というと、
堅苦しくて、自由がないのですが、
それでは正しいという意味が
存在しないのです。ここが一番
承服し難いところですね。
自由にやれと言われるのが、もっとも
楽だと思うからです。
じゃあ、自由にやって成果を出してください。
どんどん進んでください。
自由というのは、気分の意味に理解しやすいのです。
勝手気侭と言う意味ですね。何をするにも、
勝手気侭で最高の評価を得たいという意味です。
評価という他の行為を、己の絶対的な
肯定に使いたいという気分です。
そのような意味の成功例をどこか信じているからでしょうね。

評価を求めるなら、他に一任しなくてはなりません。
それを認めず、他の心を制御したいというのは、
市民の意識には求め得ない事でしょうね。
歴史を振り返って、なにやらそのような
成功例を見出したつもりになった場合にだけ
あれこれ言い募ることができるのでしょう。

市民というような言葉を使う事もないのでしょうが、
あえて使いました。一人では何事も判断できない
とするのが社会だから、社会を前提に人となりを
考えるなら、評価というのは、他に一任することに
なるしかない、という意味を強調しました。

封建社会であれ、原始共産社会であれ、
社会の構成員なら、そうならざるを得ないのでは
ないかと考えています。
ただ、市民と強調する時は、科学は個人の
意識の中で作られることを肯定しています。
個人から生まれる科学と社会から生まれる評価
の両立を欠かせない要素として考えられるのです。
社会は個人が構成します。参加という実態を通して
構成します。この参加がずいぶん難しい意識です。
自由はこの意識の大切な内容ですね。

テニスの試合を誰とも行える、勝つために
戦える、その構成要素は、自由、正確さ、評価
だろう、と私は考えているのです。

暑さに少々頭がのぼせてきているようです。
○×△????・・・・・・ZZZzzzz

今日も今日とて

2008/07/28 23:39:36 麻田佳明

昨日と同じですね。梅雨の終わりとよく似た
豪雨。それにしてはちょっと場所が違っている
のではないか・・・・。太平洋高気圧が
どんといて、北の冷たい大気と角突き合わせている。
停滞前線の形成。そこへ南の湿った暖い風が
ぐっと押し出す。近畿各地、勢いは日本海付近に
まで及んで、積乱雲がにょきにょき立った。

午前中からあわただしく近所をうろついて、
それでもなんとか出て行こうと、家を出て
駅まで歩いているその途中で早くも黒雲は
あたりに満ちて雷鳴がとどろき大粒の
雨が激しく降って来た。駅までわずか10分
だが激しく濡れて少し寒さも感じるほど。
行き付けの駅前の喫茶店に入りコーヒーを
すする。幸い電車は遅れていはいるが止まってはいない。
途中の大津京(最近駅名が変わった)で下車した。
ちょっと用があったからだが、駅前の
ビルに飛び込むにも激しい雨に濡れそぼる。
用を済ませて再び大津京から京都駅へ。
雨雲の勢いは増すばかり、とても吉田までは
足をのばせなかった。列車を降りることなく、
そのままUターンした。再び先ほどの喫茶店に戻って
今度はホットコーヒーを頼んだ。少し寒気を
覚えたからだ。喫茶店を出ると雨は止んでいた。
家に帰って、何やらひとかどの疲労を覚えたので、
菓子を食らい茶を飲んでボーっとしていると
妻が近所へ編み物の稽古に出ていたのから
帰って来た。京都もえらい降りで何もせず
帰ってきたわ、と告げてしまうと無償に眠たくなって
一眠りした。

夕立の激しさに負けての一眠り

明日もなにやら不穏な空気のよう。
ちょっと出て行けないなあと落胆です

がらがらばしっ、久しぶりの

2008/07/28 00:30:26 麻田佳明

このところの暑さに、夕立ひとつだに
なきに不可思議なといささか当惑して
いたのだが、果たして今日は久方ぶりの
立派な夕立が到来した。妻と一緒に
母の老人ホームを尋ねての帰り道、
母にねだられた要望の数々に戸惑いを
感じて揺れていた心を叩き直すかのような
激しい雷鳴稲妻、義理の母を帰り道に
訪れんと、その前に買い物に寄ったスーパー
に入っているまに土砂降りが始まった。
あわてて傘を買い求め、母の家に強行した。
当然相当に濡れてしまった。妻の不機嫌なこと
機を見誤った責任を厳しく追及された。
母の家を1時間ばかりで辞したが、そのときは
雨はあがって、たしかに機を見誤った私の
失敗は明らかであった。かえって荷物となった
2本の傘をやむなく抱えて次第に回復する
陽射しに弁解の言葉も空しく30分ほどの
道程を歩いて帰ったのである。(まんの悪いときと
いものはこのようなもの、というほかない。)

なんとも才のない無能な身を嘆くしかない
老人であるが・・・・・「和蘭医事問答」として
大槻玄沢らが編纂した建部清庵と杉田玄白の
往復書簡をまとめた冊子(の訳)を読んでみると
学問に向かう真剣な姿勢に大変な羨ましさを
感じる。サイエンスつまり自然の追究は、得られた
知識の高さにのみ意欲の対象としての価値を見るのではなく、
追究せざるを得ない意欲、その意思、その為の
態度に人を惹きつける魅力があるように私は
感じるのです。人は、独立しなくてはなりませんが、
自律を促すのは、個人の責任・能力であると
して議論を打ち切るのでは、考えたことには
ならぬのではないか、と疑います。能力や責任は、
個人に分担される前に、社会や人類、文化や国家に
よって定義されるからです。辞書は多くの言葉の
使用意味を表す言葉を教えてくれます。コンピューターは
どの分野であれよく語られる言葉と問題の甘い大福持ちを
簡単に作ることを多くの人に可能としています。
誰もが科学者になれる補助器具が揃えられつつある
かのようです。各人の心模様が実況中継されている
のではないかとも見えるのではないですか。

杉田玄白は、解体新書の出版については、世の各所から
多くの反対非難中傷が集中するかも知れぬとそれこそ
覚悟を決めて大勇猛心を持って臨んだと書いています。
幸い思ったような非難が出て来なかったと驚いていますが、
残念なのは、なぜ非難が出なかったかと分析をする
探求心が発揮されないことです。彼自身でなくても誰か
そのような探求心が存在すべきではないかと思います。
窮理学という言葉から受ける印象が最近好ましく感じるよう
になっています。高校生のとき日本史を学んでいて
全く意味が分からずずいぶん奇妙に感じていたのですが。

何か疑問があれば追究する、というところは
誰しも同じなのですが、どの程度追究するか、
なぜ追求するか、なぜかの人は追及するか、
をさらに追究する、社会的な追及の意味の複雑さ
幅の広さにおいて、日本人の深さはどうも
足りないのではないかと考えて見ています・・・・

知らぬこととは言え

2008/07/26 00:47:57 麻田佳明

ターヘル・アナトミアの訳書が「解体新書」
であるとしか思っていなかった。いくつかの
和蘭書物からとって来て解説した部分や
とりこんだ図が含まれている。単に1冊を
翻訳したというものではない。また著者として
4名が名前を出しているが、前野良沢は名を
記してはいない。彼はかつて太宰府神社神前において
オランダ医術に従事しているが、いやしくも道を極めずに
みだりに有名になる手段にはしないと誓っていた
のだそうである。いろいろな人が、それぞれの事情で
訳業に取り組んでいたのである。

この会業怠らずして勤めたりしうち、次第に同臭の
人も相加はり寄りつどうことになりしが、各々志すところ
ありて一様ならず。翁は一度かの国解剖の書を得、直ちに
実験し、東西千古の違えあることを知りしに驚き心服し、
なにとぞこの一事早く知り明らめ、治療の実用にも立て、
世の医家の業にも、発明ある種にもなしたく、一日も早く
この一部を用立やうになし見たしと志をおこせしことゆゑ、
他に臨むところもなく、一日会して解するところはその夜
翻訳して草稿を立て、それにつきてはその訳述仕方を
種々様々に考え直せしこと、四年(実際は3年。足掛け
4年という意味らしい)の間、草稿は十一度まで認めかへて
板下(木版刷りの)に渡すやうになり、ついに解体新書
翻訳の業成就したり。・・・・・・・未だ新書の卒業に
至らざるの前に、斯くのごとく勉励すること両三年も過ぎしに、
漸くその事体も弁ずるやうになるに随い、次第に
蔗(さとうきび)を噛むが如くにて、その甘味に食らひつき、
これにて千古の誤も解け、その筋たしかに弁へ得しことに
至るの楽しく、会集の期日は、前日より夜の明くるを
待ちかね、児女子の祭見に行くの心地せり。・・・・
このあと、こんな人もいたあんな人もいたと続く。

吉田コートに集う人々をも、いろいろにも描き出してみたい
とも思いますが、なんの才も持ち合わせていない身なれば、
どうしようもありません。せめてその人の偉丈夫ぶりを
やせこけた味噌に刻みつけておこうと密かに試みる
ばかりですが・・・・・

もの知らぬ身の恥をもかえりみず

2008/07/25 00:49:00 麻田佳明

しかるにこの節不思議にかの国解剖の書
手に入りしことなれば、先ずその図を
実物に照らし見たきと思いしに、・・・・
そもそも頃は三月三日の夜と覚えたり。
時の町奉行・・・・、千住骨ヶ原にて腑分け
いたせるよしなり。・・・・
その翌朝とく支度整へ、彼処に至りしに、
良沢参り合ひ、その余の朋友も皆々参会し、
出迎えたり。・・・・・
良沢と相ともに携え行きし和蘭図に照らし合わせ
見しに、一つとしてその図にいささか違うことなき
品々なり。・・・・・帰路は、良沢、淳庵と、翁と、
三人同行なり。途中にて語り合ひしは、さてさて
今日の実験、一々驚き入る。・・・・・その時、翁、
申せしは、何とぞこのターヘル・アナトミアの一部、
新たに翻訳せば、身体内外のこと分明を得、今日
治療の上の大益あるべし、いかにもして通詞等の
手をからず、読み分けたきものなりと語りしに、
良沢曰く、予は・・・・・といひけるを聞き、それは
先ず喜ばしきことなり、同志にて力をあわせ給はらば、
憤然として志を立て一精出し見申さんと答えたり。
その翌日、良沢が宅に集まり、・・・・・
先ず、かのターヘル・アナトミアの書にうち向ひしに、
誠に艪舵なき船の大海に乗り出せしが如く、茫洋として
寄るべきかたなく、ただあきれにあきれて居たるまでなり。
(福沢諭吉が、明治23年に「蘭学事始」を
再販するに際して序に書いた文中に、ここまで読んでくると、
何度読んでも涙が出て止まらなかったと記している。
私は、奥州一ノ関の医者建部清庵が塾生衣関伯竜に玄白に
宛てた手紙を持たせ、玄白が大いに感激し
彼の返事を清庵がまた感激して読んで、二人の間に
尽きせぬ思いと交流が起こったことを書いているところ
に心をゆすぶられる。)

真夏の夢とも言えないので

2008/07/23 00:23:24 麻田佳明

もっと、ぼーとした意識と言った方が
当たっているのだろう。なんだろう。
80年代の大国意識、一流国意識、
世界的意識・・・・があったのだろう、
と思う。一億総中流意識。下層階級は
存在しないという思い。
バブルがはじけて、なんやなんやと
騒然としていた。そのうち不良債権が
たまりにたまってえらいこっちゃで、と
深刻になってきた。そこへ95年の
大騒動でもう世の中はひっくり返ってしまった。
こんなときにどうするのか?
結局力のありそうな勢力が、特に理由もなく
したがって特に理屈もなく権力を振るうこととなった。

室町時代はどうだったのか。
鎌倉時代の武士の勢力拡張は、
幕府組織の合理化には向かなかった
のではないか。後醍醐天皇がなぜ
政治権力を求めたのか。武士の政治的成長は
室町幕府に結晶したのか。義満は
確かに野望を持てたのだろう。
しかし政治的な成長は続かなかったのだろう。
義政は、政治をどの程度理解していたのか。
応仁の乱の歴史的意味を私はまだ理解できない。
ヘーゲルでは、ちょっと東洋過ぎるだろう。
インド中国でも東洋過ぎるようだから。

銀閣寺をつくって、義政は枯れてしまった
のかもしれません。
子供の頃は、銀閣寺の裏山でよく遊んだから、
時に裏山からお庭を覗くこともあった。とくに
夏の暑い盛りには、朝まだ暗いうちから、
カブトムシやクワガタムシを捕りに山に分け入ったので、
銀閣寺の庭に続く山道にもたびたび
足を運んだものだ。首尾よく捕った虫を手ぬぐいに
包み込んで銀閣寺の庭を眺めたこともあった。
人っ子一人見当たらぬ静かにたたずむ庭に
見とれていたこともあったと思う。すーと顔を撫でる
風に我に返って家路についた。

高氏に歌を読んで聞かせた兼好の徒然草。

戦国時代は、結局生き残りをかけた戦いだったのか。
それでも、新しい時代を迎えるしか進むべき道は
見出せない。覇者になるには力が及ばない。
生き残りとしか名目が見つからないのだろう。
つまり政治の無駄である。
それなら、この無駄を排する民族の知恵は
存在したのか。誰か求めたのか。呼び掛けたのか。
1580年ごろといえば信長が頂点に立った頃か。

武士の政治能力がどれほど進歩したのか。
知識がどれほど進歩発展したのか。

本物を求める心はあっても、
合理的判断を使う方法論を確立しておかなければ
不満ばかりの現状維持に陥るしかない。

平賀源内、杉田玄白、司馬江漢。
荻生徂徠から始まる合理主義は
どの程度血脈となって流れて来ているのか。
「蘭学事始め」などにひかれつつある
今年の夏です。

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