だらだら一日を無為に過ごしています。
どうも覇気がなくてなんにも進みません。
したがってどうにも書くことが用意できません。
TVは国会中継をやっています。
眺めているとひとこと言いたくなることが
ないではないのですが、意見になりません。
感情的になるだけです。論理が組み立てられないのですね。
鳩山さんに代表される野党の質問は
論争ではないですね。明快に答えてください
とは言っていますが、どのように論が
闘わされるのかに道筋をつけません。
新聞の論調も与野党ともにだめというだけです。
わたしも、そのようについて行けない気持ちだけが
あって、ではどうするのだとなると
とんと意欲が湧きません。食らいつく意思が弱いのです。
つまりどこか諦めがあるのですね。
どうすべきかがないのでしょう。
これは麻生さんの器の大きさの勝利ですね。
とはいっても、見えない所ではなかなかの
小競り合いが起こっているのでしょうね。
フセイン・オバマさんが何か劇的なことを
やるかもしれないと固唾を飲んで待っているのかもしれません。
イスラエル軍のガザ侵攻、ソマリア沖の海賊被害、
世界経済の危機的状況、日本の失業率増加と低所得者
急増による社会状況の悪化と政治不安、大学教育の
有効性への疑問(どうも政治家の皆さんは
下流大学の卒業生か、大学に進学しなかったひとが
多いのでしょう。いや新聞記者さんもきっとそうでしょう。
教育の成果を誇る人はいるのでしょうか。麻生さんの
漢字の読み間違いにはしゃぐぐらいしか差を見せつけていない
のではないですかね。)まあ、大学が漢字の書き取り
の殿堂でしょうか。日本文化が、言葉の語呂合せ
を最高としているとしている人が多いのかもしれません。
(それでも昔は、そんなもの漫才か落語、漫談、珍談
で大いに流行っていたはずですが、いまや、芸人は
国会に入り、国会議員をTVに引っ張り出して
一緒にはしゃいでいるのですから、仲間内に
なってしまったのでしょう)
どうにも気持ちが締まらなくて
論理が働きません。
源氏物語など、あまりに難しすぎて
まるで読めないのです。
まあ、勉強ができるよう気迫が戻ってこないと
・・・・・・
目が点になった!!!
1964年が 1934年になっている。
目がよくみえんようになっている。
6を叩いているつもりで3を叩いた。
びっくりした。
私は94才だ。
2日「ミュンヘン」で語らった話題の中で、
1934年秋10月終盤。ボックスの窓の隣の壁に
沼田監督の激が、模造紙一枚にマジックインクで
ほぼ一杯に書かれて張り出された。題名も
檄文の内容も思い出せない。ただ最後に
「読んでくれてありがとう」と結ばれていた
(ように思っている)。秋季関西リーグに
2部優勝1部昇格を狙って臨んだが、調子が
整わず予想もしない3部陥落の結果を出してしまった
(たしか翌日だった)のだ。1年生(つまり
私たちの学年のこと)がやる気になっただろうかと
問い掛けられたと思い込んだ。つまりスイッチが
カチッと入ってしまったのだ。そのように私は
思い込んでいるのだが・・・・・。
そのリーグ戦。その年、あるいはその前年の
テニス部の様子。44年前も現在もあまり変わっていない
とも感じると。2回生になると授業も忙しくなって
練習にも欠席せざるを得なくなる。部員としての
責任もある。そして(青年らしい)律儀さも
どこかで顔を出す。まあ態度が硬いわけだ。
自尊心もむろんある。人の言うことに唯々諾々とは
したがえん。だから退部するとなる。
こう言うとき、同じ部の仲間としてどのような態度が
とれるのだろう。そんなにいろいろ説得する
論理があるのだろうか。論理より、どこかかたくなな態度を
和らげる声のかけ方が、(技術ではなく、偶然の、
そのときだけの人のつながりによって)存在することも
ある。時の流れに人の和もゆらいでいる。だから
面白い。そういう中で出た結果だ。いかなる結果であれ
各人が懸命に生きていたのだ。面白い。
こういう風に話しは(一方で。半分は別の話しを
していたはず)
にしても、あの沼田さんの檄文を、誰一人
憶えていないという。内容どころか、張り紙が
あったことさえみんな憶えていないという。
こういうこともあるのだ。私もみんながあるという
ことを憶えていないことは多々ある。過去とは、
それぞれの過去とは同じではない。
人は、なんかしゃべることがある。
しゃべることで慰め合っているのだろう。
元気が出るのだろう。
こちらの方はお屠蘇気分も抜いておきましょう。
2009年の初打ち会も無事終了。
(でも私は膝を痛めてしまいました。
昨日、今日はいざり歩きです。)
吉田元部長、山元、岡田前部長、河原、佐藤、柴田、
中、二宮夫妻、松本、さんら私を入れると
計11名です。佐藤さんが一番早く12時半
に到着。柴田さんが続いてお二人で乱打開始。
そこへ私と岡田さんが入って。松本さん二宮さん
吉田さんが、続いて中さん登場。まあどやどやと
集まりました。その後山元さん。2時半ごろには
全員が揃ったかどうか、もう1つしっかり憶えては
いませんが、3時ごろには試合を始めていたとおもいます。
長い間中さんとはお会いしていませんが、
たいへんお元気な様子です。そんなことないけど
と何やら計器を取り出してご自分の検査です。
この年になるとみんな何かしら傷んでいます。
それでもコートに上がれば昔のまま。(に近い。
まあ、結構近い。テニスはテニスですからね)
現役主務田部井がボックスに顔を出してくれた。
実家が京都にある(入学時に東京から引っ越してきたとか)
とのことで、年よりの安全を確かめに覗いてくれた
のかとうれしくなった。ランニングをしたようで
一緒にテニスはしなかったが、夕方からの
宴会には参加してくれた。年よりはみんな大喜び
です。楽しく愉快に呑んで食って喋って、
恒例の新春蕎麦を食いに大黒屋へ繰り出した。
柴田さん、千葉へ帰るからと一足早く7時に
座を空けられました。岡田さん、明日朝からでんならんからと
蕎麦はパス。
それでも8時過ぎには参会しました。
夏の蒼穹の集いまでみなさんさよなら。
お元気で。そして8月16日また集まってください。
おめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
はい、今年もなんとか書き込みを続けたいと
思います。くだらないことしか
書けませんが、適当に読み流していただきますよう
お願いいたします。基本は、少しでも
現役学生諸君にテニスのヒントになれば
よいと思ってのことですので、
みなさまの暖かいご助言を頂きますよう
お願いいたします。
それでは、また。
うまく投稿できそうです。
村上さんありがとうございます。
もうあと10分で新年です。
今年もみなさまには
たいへんお世話になりました。
ありがとうございました。
それでは、カウントダウンです。
と思いましたが、先ずはテストから。
まさゆき@H5入学です。
掲示板テストです。
「おひさきなく、まめやかに(実質本位で
生きて行く)、えせざいはひなど見てゐたらん
人は、いぶせく(気持ちが晴れず)あなづらはしく
(見下げはてたい気持ちになる)思ひやられて、
なほさりぬべからん(そうできそうもない)人の
むすめなどは、さしまじらはせ、世のありさまも
見せならはさまほしう、・・・」と言ってしまう
(いえ、「枕草子」に書いているのですが)
才のはしる清少納言は一条天皇の中宮定子に仕えた。
定子は藤原兼家の長男道隆の長女で
円融天皇の子一条天皇の中宮になった。後に皇后になるが、
中宮には道隆の弟(兼家の4男)道長の長女彰子が
なったのであった。彰子に仕えたのが、紫式部であり
和泉式部である。さらには彼女らの娘(大弐三位、小式部)
も仕えている。百人一首でみると、清少納言の父親は
清原元輔でその祖父は清原深養父であるが。
元輔・・・・
契りきな かたみに袖を しぼりつつ
末の松山 波越さじとは
(心変わりした女へ、相手の男に代わって
詠ったという。山が波を越すなんてことはないはずと)
深養父・・・・
夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを
雲のいづこに 月やどるらむ
(解説は別にして、夏の短い夜を
どのようにして過ごしたのか、定家は
なにか意味をくんだのでしょうね)
清少納言・・・・
夜をこめて 鳥のそらねは はかるとも
よに逢坂の 関はゆるさじ
(彼女の才、機知さらには漢詩文の教養が
示された例ですね)
源氏物語など、まるで見向きもしたことがないのですが、
たまたま拾い読みした「胡蝶」のはじめ。これは
なんと、それは、まあ、・・・たしかに、
いえ、知らぬこととはいえ、知らないことだから、
・・・とにかく、面白いだろうなあと思いました。
人の心を推し量り、言葉の選択表現の微妙な
使い回しをたっぷりと、そら自信さえあれば
真似たくなるでしょうね、と感じたのです。
というと、和泉式部もおんなじです。ただ
自身の経験を小説にしている(いえ、実際は
日記です。でも私は小説と感じますね)点で
源氏物語とは違っています。そして、恋愛
の私小説かもしれませんが、粘りを感じません。
深い情愛ですが、清冽感を感じます。(まあ、
私のことですから、とんでもない見当違い
をしているでしょうが)
朝起きても、もうひとつ身体が
すきっとしないので、もう一眠りしようか
と思ったのですが、窓を開けてみれば
晴天です。日光が見事に輝いていました。
これは出かけねばなるまいと、
身支度を整えてスタイルを持って
吉田へと出て行きました。
昼飯をいつものところでとって
コートへと歩きます。西コートでは
医学部の練習をやっていました。
東コートへ行くと、男女混合のダブルスの
試合を行っていました。みんな力量が
そろっているために楽しそうにゲーム
をすることができていました。これは
小所帯のよいところかもしれません。私が
入部した年の納会では、昼間親睦戦を
しましたが、ずいぶんと時間がかかり
楽しいというよりコンパまでになんとか
終了させようと忙しかった思いが残っています。
このとき私はOG(森田さん)と組んだ先輩
(田村さん)ペアに負けて
その後の納会コンパで深酔いしてしまった
思い出があります。
その後は、あまり親睦を目的とする
テニスはしたことがなかったと記憶しています。
まあ、人数が多すぎるというのも
運営が難しくなりますね。それに競争が
激しすぎてどうしても日常的にライバル心が
剥き出しになりますから、本気で素直に
敵として相手ペアに向かえるのは対外戦しかできなかった
ように思えます。(気持ちの空回りという
今では信じてもらえないかもしれないロスを
たくさんやっていました。今ごろ反省しても
どうにもならないのですが)
体を動かしたくなって、吉田山を巡ってきました。
山頂公園、竹田稲荷、宗忠神社、斎場所宮、山蔭神社、
本宮と回りました。紅葉はほとんどなかったのですが、
黄葉がたくさんあって美しかったですね。日差しも
明るく黄葉の複雑な色の変わりようを
楽しんできました。ただ、大文字山はよく見えましたが、
西側は立ち木が邪魔をして京都の市街を
見ることができなかったのは残念でした。
3時を過ぎたころから、随分と冷え込んできましたので、
山元さんと三条で暖を取りました。御母さん(ほんとは
御婆さんですが)が、戦後まもなくのころの
市内の様子の話しに入って来て他の客を放り出して
三人で大きな声を出して楽しい会話をしたことでした。
まあ、いつものこととは言え・・・・
何も知らないというのは、
と言うよりも、何も知ろうとしないままに、
ええ加減と言ったら、ほんとに
ええ加減です・・・・・・・・・・・
ついつい文字を追っていくと
そのような感じになってしまったので
まあ、いまさら言っても始まらないのですが。
「夢よりもはかなき世の中を
歎きわびつつ明かし暮らすほどに、
・・・・・」
女性にこんなに惚れられたら、
一体どうしてよいのやら、
おろおろするしかないように
思ってしまいますが・・・・・。
和泉式部という女性は
女性の中の女性、と言うべきですね。
その彼女のいくつの歌に
引き込まれて・・・・・・。
そんな感じには感じなかったのですがね。
まあ、乗り掛かった船だ!ではないのですが、
「和泉式部日記」を開いて見ています。
世の中は「change」ですかね。
麻生さんの政治なかなか。
力があるのかないのか。
マスコミといい勝負。
取り巻きの皆さんと、いつぞやの
盛り上がり政治に見えます。
アメリカはオバマさん。ヒラリーさんを
加えてどんな航海になるのでしょう。
それにしてもブッシュさん、「しらねえ、
しらねえ、おらしらねえ。仕方がなかった。」
「私がどうしてそんなことが分かるのですか」
韓国は、どうするのでしょう。
北朝鮮は、何が起こるか。
20年前。バブル直前。
まさかバブルだなんて。
それがはじけて。
村山さん。がんばって、がんばって。
そこへ神戸の大震災。ほんと、この年は
大変でした。この大変は某国の陰謀、
なんて言って大騒ぎした団体も。
私のような老人には、ついつい
最近のことに思っていることが、
学生には全く知らないことと・・・・・。
知ったかぶり。怖いです。
怖がっています。
やはりな、と昔をご存知の方は
思われるだろうし・・・・・・
今の若い人には、何にも思われ
ないし・・・・・・
母親の言。
どんなイメージがあるのでしょうね。
「男の子でしょっ!
強くなりなさい!
負けたらあかん!
頑張りなさい!」
こんな言葉で励ます母親もあるでしょうね。
飲み屋の女将さんにも、
こんなせりふを言う人がいましたね。
まあ、あんまり言葉だけでは
うんぬんするのは、もうひとつなんですが。
せりふのどうこうより、その
態度、言い方の方に意味が大きいものです。
まあ、あんまりこだわらないで、
ええ加減なところで、言ってしまいますが。
強い姿勢と感情があふれる存在が
どっと押し寄せてくる、という
感覚が私にはあるものですから。
つまり情緒的だな、と感じるのです。
性による区別はない、とも思いますが、
女性の方に強く感じる、と言ってしまうので、
女性蔑視と非難されるだろうと言ってしまうのですが。
新古今の哀傷歌にある歌で。
和泉式部とは、どうも対照的かと・・・・
小野小町
あはれなり わが身のはてや あさ緑
つひには野べの 露と思へば
あるはなく なきは數添ふ 世の中に
あはれいずれの 日まで嘆かむ
紫式部
誰か世に ながらへて見む 書きとめし
跡は消えせぬ 形見なれども
見し人の 煙になりし ゆふべより
名ぞむつまじき 塩竃のうら
暮れぬまの 身をば思はで 人の世の
哀を知るぞ かつははかなき
ついでに西行法師も
朽ちもせぬ その名ばかりを とどめ置きて
枯野の薄(すすき) 形見にぞ見る
いつ歎き いつ思ふべき ことなれば
後の世知らで 人の過ぐらむ
亡き跡の 面影をのみ 身に添えて
さこそは人の 戀しかるらめ
私の感性という前に、知識の絶対的不足が
どんな方向違いを招いているかしれないのですが・・・
何かを、いえここでみんなの声を
たくさん取り込んで、勇気を持って
進むのが・・・・・となるのは、
私にはずいぶんと情緒的に感じるのです。
どうする、どうする、どうします??
えらいことになりますよ、
とんでもないことになりますよ、
ほうっておいていいんですか、
もうどうなってもしりませんよ・・・・
こんなに追い込まれたら、男たるもの
勇気を出さないわけにはいかないでは
いかないですよね。
しかし、実際の勇者は・・・・・・。
日本武尊は勇者と称えられますね。
でも女装して敵を討った、だまし討ちではないか。
そうです、織田信長だって、うつけでした。
勝ったからすごいとなっただけで、
真の武人、指導者なら、信長なんて・・・
と評する人は多いのではないでしょうか。
やはり家康だ、いや秀吉だ。いやいや武田信玄、
上杉謙信、いや伊達政宗こそ・・・・・
政治と戦争。
戦争こそ最高の政治、政治は戦いだ、・・・・
殺人は悪。
死こそ名誉。名誉の戦死。
名を惜しむからこそ・・・・・。
それは洗脳でしかない、だまされるな。
宗教も出てきますね、こうなると。
新古今を眺めていると、ついでですが・・・・
巻8 哀傷歌
和泉式部の歌にひかれてしまいますね。
置くと見し 露もありけり はかなくて
消えにし人を 何に譬えむ
ねざめする 身を吹きとほす 風の音を
昔は袖の よそに聞きけむ
戀ひわぶと 聞きにだけ聞け 鐘の音に
うち忘らるる 時の間ぞなき
同じところに藤原定家の
玉ゆらの 露もなみだも とどまらず
亡き人戀ふる やどの秋風
もある。
和泉式部に清涼感を私は持つのですが・・・・
おかしいかな???
はちっとも・・・・)と糾弾されるでしょうが、
感じたことがあるのです。藤生さんの記事についてです。
自虐史観への(なんと言えばよいのか、
うまく表現できないのですが、どこか、
うまく方向転換を探るような視線を
感じるのですが)こだわりを和らげたい
とのさりげない配慮と、「相対化の中に
うずもれる日本人」なる表現に、女性ならではの
感覚を感じるのですが。そして、
情緒的な主張と感じてしまうのです。
自虐とはどういうものなのか、自分で
この言葉を自身に向かって使うときは
自己主張をしているのだが、どこか
弱さを感じている弁解を意識していませんか。
対して、他人に対して使うときは
そんなに自身を押さえなくてもよいではないか
と、ある種励ましの意味を付加していませんか。
「自虐史観」は、自分のことを、他人のことを、
と両方の使い方ですから、ちょっと
複雑ですね。きっと、そんな弱腰では
外国からなめられるぞ!との強腰から
使われているのでしょうね。
そんなに外国にへりくだるな、弱腰になるな、
西欧人ならまだしも、アジア人には
上からものを言うべきだ、下手に出れば
つけあがらせるだけだ、との猛々しさを
感じるのですが、どうでしょうか。
つまり、女性への態度とも重なってしまいますが、
これは私の個人的な資質による感じ方かも
知れませんね。
たとえば、田母神さんの態度は、武人として
みれば、なんとも勇ましい人だなあと
びっくりします。輝くような武人のように
見えるのですが、たとえば秋山兄弟や
山本五十六のごとき武人の静かさと比べると
なんとも華やかさを感じますね。山本の
遺書の原本が出て来たとの新聞記事がありましたが、
なにか因縁を感じますね・・・・・・・。
藤原定家は左近衛府中将だった。武人ではないのだろうが
鎌倉時代の激しい世の中にあって、
雅の世界にだけ生きていたのだろうか。
新古今巻7賀歌に自らの歌
わが道を 守らば君を 守らなむ
よはひはゆずれ すみよしの松
を選集している。
戦争は起こすものではありませんが、
起こる可能性を無視することは
特殊な条件を仮定することになる
と私は思います。敵を殺しに出かけるか
どうかは別にして、殺される可能性は
考えなくてはならないでしょう。
戦う人は存在するべきです。
その人の態度・意見はどうでしょうか?
静かでしょうね、とにかく。
と今日の(昨日の)朝日新聞朝刊の
編集にはびっくり仰天でした。
1面・・・・・・
新車国内販売27%減。11月39年ぶり低水準。
大阪府(07年度)決算不認定へ(太田府政の
赤字隠しを問題視して)
麻生離れ与党加速。総選挙を戦えない。
超大連立内閣小沢氏提案へ。
天声人語・・・裁判員制度の裁判員候補通知
2面・・・・・・
マツダ・三菱の中国地方「自動車の町
失速連鎖」
(オバマ次期政権)クリントン氏を指名へ。
3面・・・・・・
クルマ100年 悩む米
社説「年金改ざん」「新型インフレ」
5面・・・・・・
解散封じ 自民必死
コラム “乱から8年”「立ち枯れ自民」現実味
7面・・・・・・
北海道開発局 関連5公益法人「余剰金
過大、計32億円」
役所よ削れ(行政支出費総点検会議)
「公益法人への3500億円、
タクシー代19億円、リク(リクリエーション)
費は原則廃止」
COP14が開幕
メバチ(まぐろ)3割削減案(WCPFC議長)
児童福祉法改正「質疑わずか一日
残った違和感」(ねじれ国会の犠牲)
8面・・・・・・・
アジアのメディアと政治「命がけ報道、
首相動かす」(8月1日発生の山西省の鉄鉱山の
土砂崩れで11人が死んだとの地元政府発表
に疑いを持った記者の決死的報道)
9面・・・・・・
(北朝鮮の軍事境界線通行制限。対韓国李明博政権
への強攻策)開城進出企業「先見えぬ」
「通行制限 88社、緊張と不安」
タイ首相府占拠撤収へ
10面・・・・・
三菱UFJ行員の未公開株取引
モリカゲシャツキョウト(インターネット販売
2日で完成するシャツ販売。デザイン、製造
を自らできる範囲の商売)
11面・・・・・
(男性下着。効果やファッション性)
オレのパンツ いいぞ
日銀総裁「資金調達環境悪化」
残留農薬検査済み新清酒「今宵安心して酔って」
東京マーケット(1ドル95.05円ちょっと上がった。
日経平均8397.22円ちょっと下がった。出来高15億株。
国債296回の利率1.390%。コール金利0.299%。
金地金1グラム2654円)
12、13面・・・・・株式
もうしんどいですね。19面や23面、32面と
33面も興味がありますね。
読み応え満載というべきか、なんや落ち着かん
世の中やなとも・・・・・・ふうーーーっ
言われればね・・・・。私は分からないのです。
何を、なぜ、問題とするのか?を
記者ではなく、読者が読み取るべきものか?
記事を読んで考える読者にすべての責任が
ある。記者は材料を提供するだけ、決して
解釈はしない。ただし、国民としての
義務、いやその前に、国民としてあることの
感謝の念だけは明確に文章として表しておく
責任だけは果たすが。
誰にも問題となる事柄が存在すると
発見の報告をする。現状を整理し、
行くべき道に横たわる問題をも
拾っておく。識者にも少しは
意見を聞いてみた。現場で苦労している
声にもあたってみた。せめてこの程度の
合理化と制度化は必要ではないか。利害が
衝突する勢力も存在しているが、共倒れに
なったのではみんなが困るだろう。
みんな少しずつ我慢をして、問題を
解決すべきだ。
大学教育によって、このような
ジャーナリズムが成長してきたのだろうか。
大学教育の成果がなければありえなかった
論文なのか。
大学教育の存在価値を、まず論者自身の
肯定論として論じた上で、記事や論文を
書かれると、私なんかには(私の
ような、あほな、馬鹿な者には)理解が
しやすいのですが。
世の中そんなに甘くはないのでしょうが。
政治家の皆さんにも、大学教育を論じら
れるのであれば、まずご自分にとっての価値を
肯定して論じてもらいたいのですが。
日本では、奥ゆかしい文化の国だから、
有名大学出身では、不可能となるなんて
いうことになるのでしょうか。それなら、
自己責任だ、何で俺が払わねばならないんだ、
そもそも努力が足りない、なんて
あまりにもゆかしさのない弱者追求の
政治論を吐く政治家が多いのでしょうか。
私は、やはりわからないのです。
大変申し訳ないのですが、つまらぬ
書き込みをお許しください。
とにかく、がんばっていますね。
うらやましいです。おめでとう。
そうか、吉田でやったのですか。
覗きたかったね。
と、ここからは、お目汚しですが・・・・・。
今日の朝日新聞朝刊23ページ文化欄
「観流」藤生京子筆
日本の民主主義「冷笑的態度脱するとき」
米大統領選挙で日本がお祭り騒ぎをした。
初のアフリカ系大統領を生んだ民主主義
をたたえるほどに見えてくるものは、
この国の変わらなさ。
先ごろのシンポ「統一と多様性(デモクラシー
の様相)」に参加して韓国・中国・ネパール・
フィリピン・インドの研究者、法律家、芸術家
の意見交換が、概して前向きだったことと
対照的だから日本の変わらなさを強く感じた。
近刊「アジアの政治と民主主義」(西村書店)によれば、
アジア諸国との比較調査で、日本は国民の意思で
国が運営されていると考える人の割合が、韓国に
次いで低い。でも韓国と違って抗議行動は起こらない。
多くのアジア諸国が「自由」消極的とも同書は
指摘している。
カールソン米バーモント大助教授の
「冷笑的態度」に共感する。90年代には経済発展は
民主主義に結びつくと楽観されたが、中間層の拡大は
民主化につながらないと特別な「アジア的価値」が
あるように論じられる。やはりそうなのか。
しかし、今回のシンポでは、シャルマー印・ハイデラバード
大教授が語った、民主主義の脅威となる民族主義や
地域主義の克服には「自由」が最も重要で、自由の
概念はさまざまな側面を持つが、肝心なのは「決定論
的に考えること」だとの指摘は、相対化の
中に閉じこもりがちな日本にあっては、新鮮に響く。
いつまでもシニシズムでよいか、と結んでいます。
先ごろの大学論といい、どうも私はこのような
文章に<情緒的>な論調を感じてしまいます。
いろいろな指摘と言葉が豊富なんですがね・・・・。
昭和59年入学の久保井聡明です。11月29日(土)30日(日)に
かけて十六夜会(私たちの男子部員が16名だったので命名)
を,京大コートで行いました。コートを確保してくれた現役の皆
さん,本当にありがとうございます。私たちの代とその前後の代
で18名集まりました。本厄年を超えて色々痛いところが出なが
ら,みんなそれらしいテニスをしていました。とても楽しく過ご
せました。今年の蒼穹杯は,みんな参加できなかったのですが,
来年はできるだけ出て1回でも勝とう,と言ってお酒を飲みまし
た。報告とお礼まで。
三浦さんや喜多さんの分析するところ、
そして指摘する所は適確であると思います。
あまりに現状に対決すると、みんな同じような
結果になって、結局競争するしかない、
つまり弱点はそのままで、折角問題を解決する
はずの策が、どこが、だれが一番うまくやるか
という競争になってしまい、先頭に立たない限り
しだいに疲れて競争できなくなってしまうのです。
したがって、ある時期になると、もうこの辺で
やり方を変えないとみんな共倒れになりますよと
警告を発するのが親切というものです。この警告を
お二人は適切に出しておられると私は思います。
確か、小泉政権下でも、日本経済の将来について
同じような分析がなされ、今後のために臥薪嘗胆
、辛くても頑張るしかないという国民合意が見事に
なされたように理解をしているのですが。
とくにマスコミの論調はみなそうであったと思いますね。
しかし、世界金融不安の現在では、小泉政権は
ますますアメリカ一辺倒にしただけで
何一つ将来への方向転換は実現しなかったのでは
ないかと指摘する人が多いようです。
歴史の長さを誇る国は、社会の成熟が
時には腐敗さえ招くことももあり得る。
これは何をしても、今度同じようになったら
もっとうまくやる方法を考えれば良いと
常に希望を持つことができる若い歴史のない
国とは違います。
文化の程度が進んだ国では、輝く希望を
持つような政治はなかなか難しいのでしょう。
どんな問題にも、器用な手直しを提言する
知者があふれるというのも、文化の程度です。
ストロナクさんのように理論的に
諭されても、具体的にどうすれば世界一に
なるかはまるで分からないと
静かに反論したくなりますね。
常設館の一室に山元春挙の作品(掛け軸11点、
屏風2点、絵画2点)と彼の弟子達10人ほどの
作品が展示されていました。
春挙の若い頃(20才代)から晩年の頃まで
なんとか一通り見ることができます。
若い頃の技術の修得。一家を成した完成の域。
名声を確立して円熟となお求める境地。
会場でボランティアによるギャラリートークとして
求めれば案内をしてくれる人が、観覧の一人と
議論をしていました。「春挙は、弟子もほとんどなく、
形式にはまった絵を画いていたのでしょ」
「弟子が少ないというのですが、一対一で弟子
になっている人は多いのです。形式にはまった
といいますが、春挙は大きな自信を持っていたので、
誰にも分かるようにするには、形式にはまっていた
方が理解されやすいと考えていたのです」
時代にのるか、時代と峻別するか。
歌はなぜ歌われるのか。
一人だけで閉じないで、なぜ歌集を編み、
仲間内、そのうち外部にまで、なぜ広め
伝えるのか。
人は一人で生きているのではない。
どういう手段をとって人とつながるか・・・・
私は、好みを明らかにしているだけですね。
ところで、絵画そのものではないのですが、
山元春挙の署名に時代ごとの違いがあることに気づきました。
とくに、春や挙の字にある左右の流れの払い方に
大きな違いがあります。
若い頃の技術が高度になるころの
爽やかな美しい払いかた、
技術が完成し大家を保証された頃の
右の流れの重厚な払い方、余裕をもって
堂々たる名声を誇る頃の左への
太く逞しい払い方、そして晩年の
再び若い頃に似た、しかしもっと
抑制の効いた美しい字体で流れも
払わないで寸止めにする押しつけがましさの
全くない署名。確かに形式的といえば
そのように感じるけれども、自在な腕がなければ
とても表せないような強弱とバランスをもった
絵画です。小さなものもそうですが、
大きなものほど力強くなるのは、いかに
並外れた技量を持っていたかの証明ですね。
テニスも、技だけでなく、その技を駆使して
試合をどこまでコントロールするか、つまりは
相手を、相手ペアを、いかにコントロールするか
が考えるべき内容になりますね。