あまりおかしなことではないのですが、
それでも寒いことは寒いですね。
じっとしていると寒さがこたえました。
4時を過ぎると立ち上がって動いていないと
寒くて膝が痛くてちょっと辛抱できない程でした。
学成達もやはり寒いと感じていたようで
なんとか動いていようとしていました。
とともに少し疲れが溜まって来ているのか、
もう一つ元気が出ていないように感じましたね。
若さの爆発と、年寄りが無責任に囃すのもどうか
とは思いますが、それでももうちょっと元気が出ていると
よかった。でも明日の試合を控えて少し
調整しているのかもしれませんね。
さて、明日は試合ですが、大いに楽しんできて欲しい
と思っています。戦う気を十分発揮した上で
勝負を挑んで、その事を楽しんできてもらいたいと
思っています。もっとも今望みたい事は、試合で
このプレーをしたいから、つまりこの守りを
完全にしたい、この攻めを得意のプレーに数えたいとか
の意欲によって、1分でも1秒でも基本の練習の時間を
とりたいという練習の仕方ですね。後衛練習にしろ
前衛練習にしろ、どちらにしても前衛後衛のペアで
取り組む練習の事です。どちらかのための練習ではなく
どちらの為にでもなる練習です。後衛が攻める、ならば
前衛は守る。前衛が攻めるならば、後衛が守る。
対決型の練習です。真剣な対決になればなるほど
練習の水準が上がります。春リーグだけでなく、夏の大会
にむけて、いえいえもっと先のでっかい目標に向かって、
つまり自分のテニスの飛躍に向けての真剣な練習です。
単に上手くなる、上手になる、ということではなく、
もっとすばらしいテニスを、もっと楽しめるテニスを、
もっと創造的なテニスをと、大きく広い気持ちをによって
突き動される練習です。そうです。勝つためのテニスです。
勝つ事がどれだけ楽しい事か、うれしい事か。簡単には
味わえないからこそ、しかし決して夢ではなく、やれば可能な
目的になるのですから。1本をいかに守り切るか、
いかに奪い取ってしまうか。意地を張り、根性を持ち、
執念にとらわれる、ということを実際に表して見せないと
可能性はなくなるのです。そのような言葉をいくら口にしても
行為として実現してしまわないと勝つ事はできないのです。
実現するとどれくらい爽快か。それが勝つという事です。
相手の問題かのようですが、自分の問題である部分が
たいへん大きいのです。しかし自分だけの問題ではありませんね。
偶然、自然、時・場所の利、の要素が絡んできます。
この不特定な要素とコラボレートする楽しさを味わう事の
どんなに愉快で面白い事か。競う相手の活躍がどれほど
甘美な味付けとなるか。相手が存在する事がもっとも大切な事
だと実感する事がスポーツの楽しさですね。
そういうテニスの世界へ今年も出発です。
春用仕様でなく冬用仕様で臨みましたから。
風が強くて寒かったです。防寒対策は抜かりはありませんが、
風にさらされた顔や手足の部分はかなり冷えました。
熱い飲み物までは用意してなかったので、鼻水
をたらしながら練習を見ました。
風が舞い複雑に球を揺さぶるので、少しでも気持ちが
逃げると上手くコントロールできません。ですから
みんなよく頑張って練習したと評価することができます。
意欲だけでなく技術的にも上達していることが分かります。
だから、テニス観が欠けているところがよく見えます。
ラリーの中でプレーを考えていないところが
あらわになります。予測ができていないところが
目立ちます。そこを見守っている周囲が鋭く指摘できる
段階にまだ達していないので練習の水準が低いままです。
意欲はありますから、感情の方が刺激されてあらぬ方向に
流れやすくなっています。感情が荒れては練習が
練習でなくなりますが、技術的精神的課題の方に注意が
向かない場面がよく現れるようになっています。
今後はサッカーやラグビーのように笛を吹こうかとも
考えますが、交通整理でもあるまいにと、ちょっと
躊躇しています。「ピー、ピッ」とやれば、練習課題だな
と分かって感情を押さえて技術的もしくは精神的な
問題を解決する冷静な練習をすることができるのではないか。
楽しさが生まれるのではないか。何年も前から考えて
いるのですが、大学の校内という環境では、ちょっと
理解を超えているかと控えているのです。
岩崎、沢田、中瀬、林の4名が胸を貸してくれていました。
マッチではいま少し追い付けなかったようでしたが、
現役が見落としていることに、技術的な水準以外の
差の問題があります。特に前衛なら気がついているはずですが、
意識的に差を見つけようとしていないと私は思います。
何か現役同士でマッチをする場合と違う点があるはずです。
マッチのやりやすさ、やり難さを感じるはずです。この原因を
探って欲しい。林君の方がマッチがやりやすい、少しは
対決した実感を得やすいのではないか。負けっぷりが激しい
かもしれないから、強さを感じやすいかもしれないが。
岩崎君にはやり難さを感じるのではないか。でも
意外とポイントは取れるときがあると感じて、もう少し
ミスを無くせばもっと競ることができるのではないかと
思うかもしれない。このような差をよく考えて欲しい。
ヒントはテンポにあります。3拍子か4拍子か。
6ビートか8ビートか。変調するかしないか。
自分の拍子はなんだろうと考えてみることも。お調子に乗るのは
どうもいただけないのだが。お調子者が天下をとることも
ないわけではないのだが。
楽しんでいるのか、嬉しく感じているのか。
もう一つはっきりとは見えないのだが、
瞳は輝いている。曇っているようには見えない。
面構えがもう一つ迫力がない。躊躇している
はずはないが、思い切って挑戦しているところまでは
見えない。大胆に挑戦するとは、目標を定めたら
その実現をなんとしても達成するまでがんばることだ。
目的に達するまではひたすら進む。途中で怯まない。
怯まずに進む。これが大胆さだ。
ストロークミスをなぜやってしまうのか。
絶対ミスしないように注意しているのに、
ミスを犯す。注意が注意でなくなっている。
ここを直す。苦しくなってミスをしたのか。
苦しくなったとは感じてないはず。感じたのは
注意を守ったから、ミスを避けようと意識して打った
記憶があるはず。これがミスの原因となる。このように
一度考えてみればよい。思い切りが欠けた。大胆さが
消えた。勝負を賭けていることを忘れた。
つなぐのにも勝負勘が必要になる。必死でつなぐ、
夢中でつなぐ。こういう時はミスは無い。
前衛のレシーブ。安全に返すだけ、のはずが単純なミス。
夢中になっているとミスはないが、ミスを避けようと
意識するとミスが出る。ミスを犯すのだ。
ミスを犯すのは、ミスを犯す可能性を意識するから。
自信がないことが原因だ。自信がないなら、自信が
持てるまで練習する。この練習に取り組まない。
自信が持てると確信できないからだろう。結局結論は
単純なものだ。自信を持てるようにする練習をする
意思が持てないのだ。
ここまで来ると、頭の中は爆発寸前になる。明確な
不可能を突きつけられたと理解するからだろう。
なんだ単純なことだな。それならこうしよう、ああしよう、
と練習すればよいだけと割り切ることに思いが及ばない。
不思議なことだが、大体そうなるものだ。私もそうなった。
不可能という理解は、頭を爆発させるらしい。
動物は不可能と考えると、別の道を行く。人間は
爆発する。なんとも不思議なこととしか言いようがない。
数学が嫌いだと言う人が多いらしいが、不可能を感じるから
かもしれない・・・・・。可能な道を探すだけとは
思わないのだろう。
前衛、後衛。まもることが主たる任務。
守衛とか防衛。守るけれども攻める。攻めるけれども守る。
戦うことになる。勝敗を競うことになる。
正確に受け、正確に受けられつつ押す。
正確かどうかは練習で会得する。脅しやすかしに
欺かれることがないにする。身体が反応することも
よく理解し利用する。躾ることも要領となる。
特に前衛はよくよく練習する必要がある。基本中の
基本ヴォレーでも、この点に注意して練習する。
その成果がマッチに見えない。練習していないからだ。
どのようなラリーを歓迎するか。テニス観やな。
表通りに急に飛び出して、走る車の窓から手を入れて
何か金目の物を盗み盗るようなプレーではない。
こんなことできないだろう。危険過ぎる。
ヴォレーがだめなら空を行く。これがテニスやな。
そうなると空を行く球を決めてやろうか。
よし、やってやろう。ネッと近くに落ちてくる球は
、こんなもんは対象外や。相手の打ち損じだ。
相手のミスや。これは確実に決めるべきやな。その理由は
○○○○。その練習をしているか。しているよな。
まあ大体しているな。ちょとはっきりせんけど。
狙いは相当速く飛んで行く空の球や。なんでもかんでも
というわけには行かない。当然的を絞る。ラリーの
なかでどういう球を狙うか。狙いをしっかりしぼらな。
練習は絞り切って、少しずつ1本1本修得しよう。
上げボールが重要や。ペアを組む後衛が一番頼りになる。
ラリーの中で、こういう球をシュマッシュするのやと
ペアで了解する。前衛を育てるとはこういうことや。
相手はそんなに簡単に注文にはまらない。狙いから
どこか少し外してくる。その時どうするか。決めら
れないときやな。最善なら決めるが、次善にはどうするか。
むろん優位を確保するようにする。これも練習しておかんと
あかんわな。やってるか。見たことないな。ほな
何してるんや。・・・知らん。われわれはやったな。
この程度のことはまあ、誰でもやるやろ。
緊迫すると、できることもできん。
WBC。誰もが身につまされたやろうな。
まあ、ようがんばったという人が多いけれど・・・・。
だから練習を、日頃からの練習が、そしてスポーツ観
が問われてしまうのやろうな・・・・・。
なんて聞くようじゃあピンぼけだろう。
だって、そのように練習すれば良いからだ。
そのようって?・・・・・
だから、・・・・そのようにではないか。
つまり、ラリーのイメージがあるから、それを可能にする
ストロークを修得練習をするのだ。
でも、どう打てば良いのか、どう走れば良いのか、
どうラケットを振れば良いのか、・・・・
いっぱいあって困るやないですか、ちゃんと教えて
もらわんと・・・・。。。
意思があれば練習できるのか、意思だけあっても
練習ができないのか。
結構哲学的やな。悩める青年や。
(年取ると、青年が悩むのや、となるけど・・・・)
前衛は、スマッシュか、ヴォレーか、・・・・
ラリーやろな。自分がいて、どうラリーが続くのかから
始めるといろいろ発想が膨らむのやないか。
そら、ヴォレーミスがあると、相手はそのミス
を狙うかもしれんな。まさかミスはないと前提してくれる
ことはない。いろいろ打つよりミスが当てにできるなら
ミスを狙いに来るやろ。邪道やけど。邪道やけど、
本来のやり方や。その理由は○○○○。なぜ邪道か、
その理由は○○○○。だから基本のヴォレー練習となる。
基本が修得できると、邪道は邪道であることが明白となる。
ネット際の落ちる球、あるいは打ち下ろして来る球。
これをヴォレーするのはミスしやすい。決め難い。
だから狙ってくる。これは作戦の内だ。必要があって
やってくるのだから、対抗できるかどうかが勝負となる。
勝とうと思えば、練習するしかない。苦手なら
後衛に深い球を打たせることになる。必ずバックライン付近に
球を落とせと要求する。無理な時は、短く低い緩い球を
打たせる。ペアの戦略やな。
高い球をヴォレーするのが得意なら、どんどんシュート
を打たせたら良い。立つ位置を中央に近づけて、サイド
パッシングとラリーの維持の選択を相手に強要する。
それだけの練習を積んで、サイド攻撃を歓迎しながら
センターも押さえるヴォレーの技量を高めることだ。
そのように練習をしているか。見たことないな。われわれは
やっていた。
新しい自分を求めて自分自身に挑戦する
創造する時期、作り出す時だ。
後衛は、特にダブルスの後衛として、
どのようなラリーを実現するか、その為の
グラウンド・ストロークをいかに修得するか。
そのラリーとストロークの前提となるテニス観は
如何なるものか。対して前衛の技術はどうか。
後衛からでなく、前衛から発想すれば、
前衛は、特にダブルスの前衛として・・・、
前衛はシングルスのものではないから、ダブルスしか
考えられないではないか。いやいや、その意味では
後衛の場合の議論がそもそもおかしかったのだ。
後衛はダブルスのものでシングルスには後衛がない。
でもなんとなく後衛はシングルスにもあるような
錯覚があった。シングルスのストロークは、
グラウンド・ストロークが多いのだが、ダブルスのストロークと
同じだと判断してしまうのがちょっと理屈に合わない。
実際に同じなら、後衛がシングルスに強いはずだ。
しかし本当にそうだろうか。大いに疑問ではないか。
一人でコートを(狭められているとは言え)全部カヴァーする
ことを前提にラリーを交換する、維持すること
で成り立つマッチがシングルスである。どう動かすかと
どう粘るか。動と静の組み合わせが面白い。が二人だけの
対決だから、どうしても単純になり粘る方が勝つことになる
道理であろう。ただ粘り方が問題で、プレーヤーの
テニス観が面白いところだ。ストロークに対する考え方が
必ずプレーに現れるものだ。しかし基本技術としては、
決める球とつなぐ球、押す球と引く球、相手の手を見る球、
相手に打たせる球の区別はストロークとして必要だろう。
ダブルスのストロークはどうだろうか。
ネットに付く前衛、ネットから離れて立つ前衛、
動く前衛、動かず待つ前衛、サイドに強い前衛、
高い球に強い前衛、縦に良く動ける前衛、スマッシュを追える
前衛、これは相手の前衛のことでもあるし、ペアを組む
味方の前衛のことでもある。ずいぶんと組み合わせが複雑で
あるが、とにかくその中からいくつかの代表となる
組み合わせについて主要なラリーを選び出してそれを維持する
ストロークを修得することになる。要領はシングルスと
似たことになるものもあれば、そうではないものもある。
が、現在の後衛陣のストロークに意識的な分類は
見て取れない。最近ペアの位置取りが明確になるまで
同じコースにラリーを固定する意思が芽生え出している
ことは評価できる。がまだまだテニスになる段階ではない。
駆け引きが実現するまでには至っていない。もっと
ロビングを有効に活用しないと実現できないだろう。
といって、無闇にただ上げれば良いだろうというのでは
ラリーにならない。校内では通用しても対外試合では
通用しない。シュートとロビングが同じようなしっかりした
技術で打たれないのであれば通用しない。シュートを打つなら
どこにどのように打つし、ロビングならどこにどのように打つかが
両立していることが前提となる。両立しないのであれば
劣勢であろう。よほどしっかり打てなければ負けるであろう。
その為の練習が必要となる。つまり両立する場合のストローク
と両立しないときのストロークを心して練習するしか無い。
やっているか? 見たことがないな。われわれはやったな。
コートに出るためにいつものバスに乗っていると、
木村敦子さんが同じバスに乗り合わせてきました。
が、乗車した停留所が一駅ずれていたので、あれれ
よく似た女性だなあとしか思いませんでした。
幸い彼女の方が気が付いてくれたので、やれやれ
良かったと、胸をなでおろす思いでした。
歳をとって老眼が進むと自信が無いのです。
若い頃ならまず間違えることはないのですがね。
私は杖を持った老人。彼女は颯爽とした若い女性です。
私は座っています。と、なんと前の席に座っている
ご婦人が、木村さんに席を譲ろうと申し出てくれる
ではありませんか。木村さんは当然びっくりします。
ほとんど意味が分からないからです。でも私は
分かりました。きっとご婦人は木村さんを私の孫娘と
見たのでしょう。木村さんの若さと私の老けぶりが
ご婦人に与えた印象だったのです。私はなんとなく
嬉しくなりました。
赤木が風邪を引いてまだ治りきらないようです。
風邪を引いても、責任感の為か、コートへ出続けて
いるようですが、ちょっとプレーに冴えが無い。
こういうのはなかなか難しいのですが、きちんと直す
こともテニスのうちとする考え方が大切です。朝起きて
鏡を見て、大丈夫な面構えをしているかどうかを
点検してみてはどうかな。目に光りが足らなければ
休んでも良いのではないか。
力を一点に集中させる技術。技術とは何だ?と
考えるならば、力の適切な使用を可能にする
身体と道具の使い方だとするべきではないか。
力の使い方が本物になれば、面構えが変わって来る。
WBCの対アメリカ戦に見た日米プレーヤーの
フォームは良いお手本に見えた。ジータの打撃。
小笠原の打撃。馬原やダルビッシュの投球。
上手く投げた、上手く打った選手のプレーは
全部該当する。しっかりしたプレーを前提にして
勝敗を争う戦いをする。勝って奢らず、負けて悔やまず。
闘い方の良し悪しと偶然の織り成す勝負のあや。
スポーツの戦いの面白さを見る。
本当に、寒さを感じました。
4月に雪が降ることもありますから、
これぐらいの寒さ、「桜冷え」?とか
言うらしいのですが、どうと言うことは
ないのですが、私もずぼらを決め込んで、
そうですね、地球温暖化を口実にして、
寒さ対策をすべて止めてしまったのです。
防寒をしないで、春用仕様でコートへ出たのです。
陽射しは時々射すのですが、風は冷たく止むことが
ほとんどなく、午後3時頃よりじっと座ってい
られなくなりました。これくらい冷えてくると
膝も神経痛の痛みを間断無くもたらします。
どのように体勢を変えても痛むのです。
寒さと痛さで、とうとう最後まで練習を見て
いられなくなりました。
「あかん。凍えてしもうた。帰ります。」
時間は午後5時少し前でしょうか。
乗ったバスの窓越しに見た風景ではミーティング
をしていましたから、5時過ぎに練習は終わったのでしょう。
中瀬君がコートを覗いてくれました。そう言えば、
昼飯に百万遍に出たとき、体育館で大学院の卒業式
(修士、博士の授与式)が行われていましたから、
思い出しました。中瀬君おめでとう。これで本当の
卒業生やね。社会人になってもテニスを是非続けて
欲しい。そして時々コートへ戻って来て欲しい。
現役達に胸を貸してやって欲しい。岩崎君や石川君、
佐々田君、林君らも卒業ですね。みんな本当に
おめでとう。
練習は、それなりに集中して来ています。
悪くはありません。田部井が少し打てるように
なって来ています。榊山が時々力強いストロークを見せます。
八木がちょっとパスを通します。吉永が1試合に
1本か2本だけしっかりした球を打ちますから。
逢見が5本程度ラリーを持ちますから。小柳が
結構複雑なショットを試みていますから。
前衛陣も、意欲的ですよ。
上田、矢守、中祖、梅原、北谷らは
それぞれ1段上昇する課題が明確に意識されています。
ぼーと無為に時間を過ごすような姿が
消えています。互いに誘い合って、試合の合間合間に
いろいろと研究し練習に励んでいますから。
短い球をバンバン打つだけではテニスではない。
バンバン打って勝つ自信が持てないとテニスではない。
後衛はダブルスを想定すれば、相手前衛の機能を
考慮に入れてのバンバンであるはず、それが
練習相手の後衛のことしか考えて、いや見ていない
のではないだろうか。バンバンは練習になっていない。
と言って、それでは軽くつなげば良いか。それで
勝つことになるか、まだバンバン打つほうが
勝てるのではないか。
ボールを見てからちょうど追い付いてボールを殴るだけ
では勝てないのではないか。もっと先を読んで
どう勝つのか算段をしてバンと打つと良いのではないか、
勝つとはそのように自分の打ちかたをすることではないか。
当然相手はそうはさせじとストロークを工夫する。それを読む。
その先を考える。肉を切らせて骨を断つのでも良い。
無理をするとミスを犯す蓋然性がます。気分が続かない。
根気が続かない。だから無理は控える。ギャンブルは
仕掛け時を間違うと一挙に形勢を悪くするので危険である。
が勝負時を持て無いようでは勝負根性は養いえない。
機の熟すのを待つ、この根気が大切だ。これを練習で
養いたい。
長い球を有効に使う。つなぎのボレー、スマッシュも
憶えよう。決める球か、つなぐ球か。姿勢が悪いと
そんな選択は不可能でしかない。常に腰を安定させ
ラケットを正確に操作する。最善手から次善、三善、
とにかく相手コートに返すだけまで、選択に
躊躇は禁物。選択したらミスなく実行あるのみ。
まだまだラケットの操作が鈍い。ほとんどテニス
になっていない。沢田さんが楽々と操作して
鋭いのといかに違うか。見てよくわかるはず。
まだまだ見方が甘いのではないか。甘くないというなら、
なぜ聞かない、もっと鋭くするにはどうすれば良いかと。
軽いゴムマリ、小さなゴムマリと、軽く見るから
誤解する。試合で勝ち負けを争っているボール。
決めるにはどうするか。適時性、順序性、幾何学・力学、
頭脳力、などが必要だ。が力も必要なんだ。
必要なだけの力を、最小限度をちょっと超えればよい。
でもちょっとの力ではない。ラケットの振りに必要な力は
相当なものだ。でも腕が折れたり肩がつぶれるほどではない。
骨どころか筋肉さえ痛まない程度だ。がちょっとではない。
腰、あるいは胸か腹から直接ラケットに伝わるような
力の伝達が欲しい。肩や上腕と前腕、そして手首、最後に
ハンドルを握る手のひらと指。みんなが今やっているのは
肩から先の腕の振りだけだ。力を伝えるのは、これらの
曲がりくねった経路だが、上手く組み合せ、上手く
運動させると、体の重心から直接ラケットの面、ボールへ
力が伝達されているようにプレーできる。
これが今もっとも課題になる練習目標なのだ。
昨日の好天気とは打って変わって
雨が降る天気でした。午前8時前に
起きてみると、あまり降っているような気配が
ないので、よし!出掛けるかと朝食も簡単に済ます気で
用意を始めました。が朝刊を取りに外へ出てみると
少し降っています。朝刊の天気予報を見ると
微妙です。午前中は5mm未満の降雨。
午後からは5mm以上の降雨との事です。
いまどきは少々の雨ではテニスができる。
試合ならなおさらだ。この時期だ、ちょっとでも
練習したい。じゃあ出掛けようと出て来ました。
少しでも早くコートへ着きたいので地下鉄を利用します。
今日は都合良く行って約30分の短縮となりました。
午前10時過ぎにはコートへ着きました。気迫が
勝ったのか雨はあがっています。
学生達は午前7時段階で結構降っていたそうで
午前練習は中止と決めて電話連絡したそうです。
なるほど、手早い合理的な処理です。少々の雨でも
雨中の練習は格好は良くとも今後のことを考えると
焦りは禁物。もしそんなことになっていたら、どうやって
風邪をひかない注意を徹底しようかと気をもんでいました。
堅実に進むことが何よりです。
午後は1時から習合して練習が始まりました。
全員漏れなく集まっています。気迫もこもって
テニスらしくなっています。貴田君も参加して
全員が練習できます(奇数のメンバーでは誰か
ひとりペアが欠けますから)。ストロークの
失敗はかなりコントロールできています。声も良く出て
足もよく動きなかなかのテニスぶりです。
空はどんより曇ってちょっと暗いのが残念でした。
前衛練習。姿勢を正して良くボールを引きつけ
迫力も感じます。もっと上手くなれ!と念じて。
しかし午後3時を過ぎると急激に空模様が悪化
して、3時半になる前に本格的に降ってきました。
で私はコートを離れました。雨具を着け傘を持って
いましたから雨に濡れることはありませんでしたが、
気温の低下と降雨にひたすら帰宅への思いが強く
なっていました。
もう少し明るく朗らかな態度が欲しい。
そして自分のことに集中するだけでなく、
仲間を良く見る目を光らせて欲しい。そんな
簡単なミスをするな!もっと正確にプレーせい!
後衛は前衛を、前衛は後衛を、相手の目を、まなこを
しっかり見て欲しい。何をしようとするか見抜いて欲しい。
スポーツの闘う姿勢をまず面構えに表してもらいたい。
実によいお天気でした。昨日の
春分の日は風が少し冷たく、
午後からは雨模様になりました。
父の墓参りに寺へ参って
早々と帰宅の徐についてしまいました。
しかし今日は朝からお天気が良く、
ぽかぽかと暖かく風もない。
こんな春の日は、自然と足が
コートに向かってしまったものです。
こころはテニスに奪われてしまったものです。
それに桜が咲いている所もあるかもしれない。
どこか知られていない、いえ私が知らない
だけの、早咲きの桜の木が見つかるかもしれない。
ふらふらと足は京都へ、左京区へ、吉田へ
と向かってしまいました。
コートは、学生がちらほら。
西コートは、6名ほど。
1コートは空いています。
東コートは3名。2コートは空いています。
新入生の為の催しでもあったのか、
どうか知りませんが。
明日の天気がすこしでももってくれる
ことを願うばかりです。
折角だからとあちこちへ出て見ようかと
迷ったのですが、膝の調子が良くなくて
少し痛みも続くようなので、あっさりと
家路についてしまいました。
それでもやっぱり疲れてしまいました。
家に帰って夕飯の前に1時間ばかり
眠ってしまいました。
私のは 超、駄、冗、長文になってしまうのか???
合宿ご苦労さん。疲れたでしょう。
まだ始まったばかりやから、
ここで疲れてしまってはこれから先が
心配になって来る。まあ、今日一日は
ゆっくり休んで、気合いを入れて練習に
取り組んでください。
男子の練習を午前11時から見ました。
午後の練習は、さすがにくたびれて
最後まで見ることができませんでした。
今日のような暖かさになると、日中に
外へ出ているだけで疲れますね。
さて男子の様子ですが、昨秋の実力を
回復しました。85%から90%には
回復しました。いつでも公式戦に入れます。
後は、どこまで臨戦体制に入れるか。
入ったら維持できるか。臨戦体制のままで
試合のいろいろな場面のシュミレーションをして
慣れることと、より上手くプレーすることに
どれだけ時間を掛けて根気よく練習するかで
結果が違ってきます。団結心とチームワークも
養って行くべきです。それに新入生の受け入れ体制も
万全にしなくてはなりませんから、部としての
仕事も分担して上手くこなす必要があります。
テニスのプレーだけに没頭すればよいというわけには
行かないでしょう。結構気配りも必要ですから、
心ない一言でやる気を無くすようなシーンを作らないだけの
注意も必要です。
こういうことをしっかりやれば、いややらねばならない
という段階に達しました。
これで一区切りです。
そして、これ以上のことをやるかどうかを
決意してもよいのではないかともいえますね。
若手OB・OGの皆さんにもいろいろと
感想やご意見を伺って、どうするかを
考えて見てください。
卒業生の皆さんも、ぜひコートを覗いて
現役たちのテニスを見てやってください。
後はどんどん詰めて行くだけか、もっともっと
なすべきことが抜けているか、判断してやってください。
私は、この水準である程度のまとまりをつけても
やっていけると考えているのですが。ご批判を
歓迎いたします。
梅原が意欲を燃やしている。上田も意欲的だ。
今日は沢田さんに的確な指導を二人が与えて
いただきました。私には思いつかなかった
方法で修正を加えていただき今後の向上を
期待できます。ありがとうございました。
3月10日に行われました、佛大杯の結果をお知らせします。
連絡が遅くなり申し訳ありません。
佛教大学、京都女子大学、京都府立大学、京都大学の
4校、計12ペアが参加しました。
予選リーグ3位以上で決勝トーナメント進出となっています。
予選リーグ
手邊・山口 3勝0敗 1位通過
馬場・荒井 3勝0敗 1位通過
布瀬・松田 0勝3敗 4位敗退
片岡・名古 0勝3敗 4位敗退
決勝トーナメント
1回戦
手邊・山口 ④−3 増田・伊勢(佛大)
馬場・荒井 ④−3 入江・本田(京府)
準決勝
手邊・山口 ④−0 松田・北浦(佛大)
馬場・荒井 ④−0 田中・林(京府)
決勝
手邊・山口 2−④ 馬場・荒井
以上の結果で、優勝は馬場・荒井、準優勝は手邊・山口となりま
した。
この試合で結果を残すことはできましたが、
シーズンインして初めての試合で課題も多く残りました。
今日までの合宿は、神戸大学と名古屋大学と合同で行いました。
これまで京大にはなかった練習や選手と
触れ合う貴重な機会となり、とても勉強になりました。
この合宿で学んだことを今後の練習に活かして、
春リーグに向けて頑張っていこうと思いますので、
応援よろしくお願いします。
長文失礼しました。
11月17日には中宮は宮中に帰るわけだが、それまでに
「源氏物語」用にと紙、硯や筆を紫式部に与えるが、
御仕えの女房達は「惜しみののしりて、「もののくまにて
むかひさぶらひて、かかるわざしいづ」とさいなむ」と書く。
宮中に戻って、11月下旬の様子を記事にし、その後里下
がりして年末に再び参内する。大晦日と正月の様子を書き、
人物批評を連ねている。まずは容姿から着る物である。
次には人となりに及び、中宮の人柄を誉める。そして、
もの書きについて批評を加える。和泉式部、大江匡衡の
妻赤染衛門、清少納言についてである。そして「かく、かた
がたにつけて、一ふしの、思ひいでらるべきことなくて、
過ぐし侍りぬる人(つまり作者自身)の、ことに行くすゑの
たのみもなきこそ、なぐさめ思ふかただに侍らねど、心す
ごうもてなす身(荒んだ心で過ごしている身)ぞとだに思
ひ侍らじ。その心なほ失せぬにや、もの思ひまさる秋の
夜も、はしに出でゐてながめば、いとど、月やいにしへ
ほめてけむと、見えたる有様もよほすやうに侍るべし、
世の人の忌むといひ侍る咎をも、かならずわたり侍り
なむと、はばかれて、すこし奥にひき入りてぞ、さすがに
心のうちにはつきせず思ひつづけられ侍る。」など
心情をポロリと書き付けるかのようになる。信心にも
筆は及び友達に手紙で思う事を書きつけるようなこと
も書いている。そして中宮が道長の邸に滞在する
夏から秋の、きっと秋の或る月の11日の記事となる。
「源氏の物語、御前(中宮の前)にあるを、殿(道真)
の御覧じて、例のすずろごと(冗談)ども出できたる
ついでに、梅のしたに敷かれたる紙にかかせ給へる、
すきものと 名にし立てれば 見る人の
折らで過るは あらじとぞ思ふ
たまわせたれば、
人にまだ 折られぬものを 誰かこの
すきものぞとは 口ならしけむ
めずらしう」と聞こゆ。
渡殿に寝たる夜、戸をたたく人ありと聞けど、
おそろしさに、音もせで何かしたるつとめて、
夜もすがら 水鶏(くひな)よりけに なくなくぞ
まきの戸ぐちに たたきわびつる
返し、
ただならじ とばかりたたく 水鶏ゆゑ
あけてはいかに くやしからまし」
いやいや、かなり緊張しますね。
この後、1010年の1月の様子が記されて終わります。
つごう約1年半ばかりの間の日記でした。
もう冬のコスチュームは大袈裟ですね。
コートへ出て行く道すがら、たとえば
バスの中のみなさんの会話にも、
暑いわねー、もう暑くて困る、という
声がたくさん聞こえていました。私も
そうだな、汗が出て来るな、窓を開けようと
バスの窓を少しだけですが開けました。
風もほとんどなく、ぽかぽかと
よい天気です。テニスの方は、
たしかに合宿を終えたということは
分かりましたが、爆発するような
力強さを感じません。どうしたのかな?
と少しだけですが、気になりました。
午前11時から練習を見ました。
ちょっとおかしいな、と感じました。
合宿前より確かにちゃんとはなっているのですが、
ちゃんとなっていないのです。
きちんとしようとしているのは、
よく分かるのですが、きちんとなっていないのです。
下手ではないのですが、上手ではないのです。
どういう点がおかしいのか。
おかしいというところを直さないのが
おかしいのです。いや、ちょっとおかしいなとは
意識しているのですが、それを直す方法が
おかしいのです。直すはずが、直らない
方へ意識が向いているのです。
たとえば、ラケットの振りが鋭くありません。
打点が曖昧です。打点から振り切りまでの
振りが定まっていません。普通は、それならと、
打点から振り切りまでを先ずイメージして
完成させます。それを打点の少し前にラケットを
構えようとします。構えようとすると
ボールが飛び込んできます。あわてて
振り出します。上手く打てません。ますます
難く構えます。とても打てそうにありません。
軽く打つという発想がないのですね。
硬く構えてしまう。
腕の振りだけで打とうとする。胸の動きが
おかしい。腰をしっかり構えて。上半身を
使って腕を振り制球を正しくする打ち方を
作ろうとしない。
ラケットを縦に振るのか,横に振るのか、
どのような違いがあるのか、ラケットから
どのようにボールを打ち出すのか、
とにかく結果に怯えて、結果を求めようという
根気がない。
テニスが面白い、と思った初心の頃の
初心な気持ちを忘れている、としか思えない。
そういえば、あまり楽しそうに見えない。
初心の頃なら、上手く打てなくても、ラケットに
ボールが当たるだけでも楽しかっただろうに。
もうちょっと楽しそうに、愉快そうに、
嬉しそうに、プレーできないものか。
今年は創造的にコートに立って欲しいのだが。
山元さんが、昼過ぎまで女子の合宿を見て、
夕方吉田に足を運ばれました。で、いつもの所で、
二人で飲んで、盛り上がったのですが。
二人が楽しんで、学生が楽しまないのではねー
1008年8月「秋のけはひ入り立つままに、土御門殿の
有様、いはむかたなくをかし。」と始まります。8月中旬で
しょうね。道長の娘彰子が一条天皇の子供(敦成親王)を
懐妊して道長の邸に戻って出産することとなる記事です。
「八月廿日あまりのほどよりは、上達部 殿上人ども、
さるべきはみなとのゐがちにて、橋の上、對の簀子
などに、みなうたた寝をしつつ、はかなうあそび明かす。」
月末になるとだいぶ緊張して来る、九月に入り祈祷など
本格化して「人げおほくこみては、いとど御心地もくるしう
おはしますらむとて、みな東おもてにいださせ給うて、
さるべきかぎり、この二間のもとにはさぶらふ。」状態になる。
なにせ出産は今と違って(いや今でもそうであるとも言えるが)
命がけである。死産はむろんのこと、母体の安全はなかなか
保証されない。心配は尽きない。何かあれば、その原因は
どこまでもさかのぼって詮索される。権力者にとっては
実に面倒なことである。出産が無事にすめば、未来は
開ける。なにやらギャンブルにも似た状況に置かれるの
ではないか、などと茶化してみたくもなるほどだった。
それほどの男女差を紫式部は冷静に見ていたらしい。
9月11日正午無事出産は行われた。「午の時に、空晴れて、
朝日さしいでたる心地す。たひらかにおはしますうれしさの、
たぐひもなきに、男にさへおはしましけるよろこび、いかがは
なのめならむ。」もう邸はおめでたで大騒ぎになる。次々と
儀式が行われひっきりなしにお祝いに人々がやって来る。
3、5、6、7、8、9日後の出来事を記す。10日を越えての
ある日など、道長が赤子におしっこをかけられて喜ぶ様を
記す。その後一条天皇が邸にやって来た10月16日と
17日の記事がある。11月1日は誕生後50日の祝儀が
行われた。上達部達が酒に酔っ払って大声ではしゃぐ。
なかで「左衛門の督、「あなかしこ。このわたりに、わかむ
らさきやさぶらふ」とうかがひ給ふ。」なんていう藤原公任
もいた。それでは道長は如何というと「おそろしかるべき
夜の御酔ひなめりと見て、事はつるままに、宰相の君(敦成
親王の乳母となった道綱の娘豊子)にいひあわせて、隠れ
なむとするに、・・・ふたり御帳のうしろに居かくれたるを、
とりはらはせ給ひて、・・・「和歌ひとつつかうまつれ。
さらばゆるさむ。」とのたまはす。・・・聞ゆ。
いかにいかが かぞへやるべき 八千歳の
あまりひさしき 君が御代をば
「あはれ、つかうまつれるかな」と、ふたたびばかり誦ぜさせ
給ひて、いと疾うのたまはせたる、
あしたずの よはひしあらば 君が世の
千歳のかずも かぞへとりてむ
さばかり酔ひ給へる御心地にもおぼしけることのさまなれば、
いとあはれに、ことわりなり。」
もう止めようと思っていたのですが、つい読んでしまって、
面白くなってしまったのですが・・・・・・・。傍迷惑の
お調子乗りといったところです。
源氏物語は難しいので、紫式部が難しいのだろうと、
敬遠していたのですが、えーいままよと岩波文庫の
「紫式部日記」に手を出したのです。これがなんと
なかなか面白くて・・・・・・。しかし専門的にはずいぶんと
難しいことがあるようでたいへんなようです・・・・・・。
そもそも日記の原本が見つかっていないのですから、
果たして紫式部が実際にどのように書いていたのか
不明ということですね。後の写本を頼りに読むのです。
原本と違うところや不明の所が幾つもあるに違いない
ですね。でもそんなことを言われたら私なんかには
どうにも仕方がないですから・・・・・・。あくまで岩波
文庫のものを読むだけです。凡例には、底本として
名古屋市立図書館本を使ったが、諸本と絵詞など
他の本文資料との校勘により改変訂正を加えたとある。
また漢字と仮名の配合や送り仮名と仮名づかいなどは
適時改訂したとのことだ。また公卿らの補注が上下ニ巻
巻末にそれぞれ付いているが割愛しているらしい。
私は、しかしこのような注意がどのような意味を持って
いるのかよく分からないままです。まあ、それでも、あく
までいい加減なのですが、つまりまともな解釈は出来
ていないことが確信できますが、面白いと実感できま
した。千年前の女性の書いたものを読むという、どう
も不思議な経験です。でも、アリストテレスが、プラトン
が、タレスが、孔子が、荘子が、釈迦が、キリストが、
と平気で読んでいるのですから、訳者がすばらしい働きを
していて、しかもし過ぎている為、そのことさえ感じないで
済ますことになっている程だとも気が付かないで、読んだ
気になっていることを思えば、不思議と感じなくてもよい
のかも知れません。校注の池田亀鑑さんと秋山虔さんに
感謝を申し上げます。
どのように面白いかと言うと、実際に書いてあるようなことが
次々と起こったのであろうかと思うからです。つまり創作部分は
ないのかということです。次にそのような出来事はあっただ
ろうが、果たして書いてあるような意味合いを持っているのか。
他人の証言と照らし合わせて始めて確定することではないか。
どんな日記でも、当人が自分を飾る為いつわりを書くことは
あるのではないかと云う点です。そうして、なにか一編の
作品として作り上げたのではないかとの疑いですね。
「日記」という言葉でこれらの点を打ち消すことはできないなあ
と思うのですが・・・・・・。と思うと、彼女の人となり、実力に、
一度逢ってみたいものだ、できたら一緒に酒も飲みたいなあ、
いや道長さんは面白かったのではないか、羨ましいな、・・・
なんて思ってしまうのですが。
女子部副将の手邊です。
明日からの春合宿の詳細日程です。
遅くなってしまい申し訳ありません。
日程:3月16日〜19日
場所:大阪服部緑地公園内テニスコート(クレーコート)
宿舎:服部緑地ユースホステル
時間
16日:10〜12、13〜17時
17日:9〜12、13〜17時
18日:9〜12、13〜17時
19日:9〜17時
神戸大学、名古屋大学の方々と合同で行います。
シーズンインから約2週間、合宿に向けて基礎を確立できるよう練
習してきました。この合宿では、多くの刺激を受けて、それぞれ
が自分の長所短所に気づき、レベルアップできるよう、精一杯練
習に取り組んでいきたいと思います。
OB・OGのみなさん、どうぞ応援よろしくお願いいたします。
失礼します。
明治維新は、江戸時代の幕藩体制を一新し、近代日本を
出発させる基点であった。慶応四年三月十四日(新暦
1868年4月6日)布告の「五か条の御誓文」は注目される。
この公布は、京都御所正殿の紫宸殿で、「天神地祇
御誓祭」という形で行われ、天皇の勅命によって有栖川
宮幟仁(たかひと)親王が正本を揮毫し、太政官日誌に
掲載されて一般に公布された。その漢字の書き方は
奈良時代に書かれた正倉院にある中国六朝風の
書体で書かれた写経文書にそっくりである。それに、
小さなカタカナで送り仮名がつけられている。書き方
としては奈良時代の宣命の形に倣ったものである。
明治維新が国家としての日本の確立を目指す意気
という点で、国家の曙期と同質の精神にあったと
思われる。
<いろは>は情緒の世界のものである。これに対し、
<アイウエオ>という<カタカナ>は、大槻文彦が
日本語の文法を説明するのに的確だと認識した
ものであり、また役人が漢文体を使って公式文書を
書く時に使われるような、システムを構築するものである。
明治という時代は、情緒よりシステムの構築を必要と
した時代であった。そもそも<アイウエオ>はサン
スクリット語に由来するシステムである。「阿吽」なる
言葉があるが、空海が書いた書物には、「吽」は
サンスクリット語で、「h」「u」「m」の音が合体したもの
とし、これはまた「阿」が表す初元の本体と同一であ
るとされている。真言宗の世界観からすれば「あ」
から始まり「ん」で終わるという日本語の辞書は、
宇宙の元始から始まることによって無限の存在を生じ、
そしていつか収束して再び芽となって新たな世界を
創成する曼荼羅という世界観に基づいたものなのである。
日本語は、<いろは>と<ひらがな>が1組となって情緒や
繊細さを伝え支える世界と、<アイウエオ>と<カタカナ>
が1組となって国のシステムを支える世界とで培われ
てきた。そしてこれら情緒と論理の2つの世界に漢字
はまたがっており2つの世界をつないでいるのである。
こうして、日記への興味は日本語や仮名につな
がってしまいました。するとお隣の言語「ハングル」へと
関心は向かいます。こうなると、ますます間口が広がって
収拾がつかなくなるかのようですが・・・・、それはまた
別の話ということで・・・・・・・・。
予報通り雨になりました。なんとか
せめて午前中だけでも練習できないか
と一縷の望みを持って家を出ましたが、
(スタイルは完全に雨降り用にしましたが)
コートに着いた頃は本格的に降っていました。
幸いボックスには灯かりがついていましたので、
ドアをノックして誰か出て来ないかと
たずねました。馬場が顔を出したので、
先日の試合の結果を聞きました。なんとなく
予感がありましたので、どうしても聞きた
かったのです。果たして私の山勘は当たっ
ておりました。でひとくさり、言葉を掛け
てしまいました。あはー、年寄りのくどさですね。
結果を「試合結果」に報告して欲しいと思います
が、いかがですか。是非お願いします。
ちょっと思うところがあったので、お昼まで
吉田から北白川天神宮へ、何年ぶりでしょう、
歩いてみました。神社は思っていたのとだい
ぶ印象が異なっていました。なにせ55年近く
昔のことですから、ほとんど記憶もないのでした。
母校の北白川小学校の前を通り、御蔭通りを
東山通りまで西に歩いて、一条通りのいつもの
レストランに出ました。そこでいつものように
いつものメニューで昼食をとり帰宅しました。
杖を持たずに歩いたので、だいぶ膝が痛かった
です。そして疲れました。
御蔭通りでは高原町で田中神社の前を通りました。
北白川天神宮と2つの神社を見たことになります。
雨の中でしたが、半世紀ぶりに生まれ育った
土地(正確にはその周辺)を散策しました。
気持ちがよかったです。(女子の結果を聞いたからかな)