蒼穹掲示板

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蒼穹杯一般男子の感想

2009/08/18 23:20:36 麻田佳明

蒼穹杯一般男子の部4本は
百々・前田組、
吉田・前山組、
粟井・佐藤組、
榊山・辻組
でした。
決勝戦は吉田・前山組対粟井・佐藤組で
粟井・佐藤組が優勝しました。
私は、セミファイナルの直前に、12時半前から
4時間以上観戦して、ずいぶんくたびれたこともあり
観戦を終了しましたので、見ておりません。
そして、もう一つは、吉田選手の反応の良さと
前山選手の正確な守り(ほとんどミスをしていない
のではないかと思います)に感心したこと、
および粟井選手のもっとも細かいビートにのった
余裕のある球捌きと佐藤選手のファイティングスピリッツ
に溢れた「これぞダブルス」的プレーに
感心したことに現れているように、決勝戦に望んだ
2ペアの勝因に納得をしていましたので、
実際の試合にはもうほとんど関心が持てなくなった
ことも観戦をやめた理由なのです。

今年は相当に選手構成が入れ替わったように思います。
綱島選手が、相変わらず元気に活躍されていましたが、
前についた現役1年生笠島選手が(彼はたいへん有望な
前衛ですが)守りと攻めの要領が未熟ななため、
流石にカヴァーしきれずスタミナ切れを起こしていました、
のをみても解かるように、新旧交代が進んだようです。

予選ブロックを抜け出たOB選手に練習不足の感は
否めません。もっと現役が食らいつけば、OB選手も
底力を出すことができたと思いますが、そこまでには
いたらなかったようでした。つまりダブルスとしては
凡戦の域を越えるというほどにはならなかった、と
私は見たのです。決して非難しているのではなく、水準は
結構高かったのですが、持てる力からいくと、
もっと攻防のある内容が期待できると思うだけに、
ミスを誘う仕掛けを駆使する水準ではなかった、
もっと内容のあるラリーと前衛の緊迫感のある位置どりが
見られる試合ができるはずと言いたいわけです。
そこまで緊張感を強いるのは現役の試合ぶりが
欠かせないと見ているのです。現役の後衛の球持ちが
それほど淡白というわけではないのです。ただ
テニスの水準が3部にあるということで、2部を目指
すからには、もっとそれらしくあらねばならないと
注文をつけているのです。

お礼

2009/08/18 23:18:19 麻田佳明


今年も盛大に蒼穹大会を開催する事ができました。
昼夜延べ150名余りが集い楽しく交換することができました。
ご参加いただいた卒業生のみなさま、現役学生諸君
本当にありがとうございました。そしてお疲れ様でした。
また来年もより盛大に大会が開催できますことを祈念致
しております。一言御礼申し上げさせていただきます。

これれも逸脱ですって

2009/08/16 01:19:43 麻田佳明

続きです)
・・・・・・・・・・・・

故沼田監督には、テニスに勝つ要領をただ一つ
教えていただきました。何か勝つ要点を見つけたなら、
臆せずそれを実行せよというものです。
私は、その教えを疑いもせず実行して来ました。
そのうえで、高貴さを求める事も試みました。
上手なテニスを求めもしました。美しさも求めたものです。

そうそう簡単に、おめおめと負ける事は考えもしませんでした。
どんなに下手だ、どんくさいと非難を受けても
先ずは勝つ事を第一に考えてきました。すべてはその
延長線上に位置するテーマを説明して来たつもりですが、
なにせ知識が不足していました。あまりに知恵が不足してお
りました。いえ、頭がわるうございました。
世間様にご披露すべき言説が提示出來ませんでした。
以後精進を致しまして、少しでも常識を超えない
まっとうな言説をご披露したいと存じます。いえ、だから
ほとんど意見は披露できないでしょう。なにか
ご報告事項だけにとどめる事と相成るものとご承知おきください。

さて今日は、現役対OB戦です。
現役全勝を私は宣言いたしておりますので、月末の
選挙の前哨戦よろしく、白熱しつつも予想通りの
結果が出る事を念願致しまして・・・・
ご報告を終わりたいと存じます。

33回忌です

2009/08/16 01:17:29 麻田佳明

ご批判はいろいろありますが(ありましたが)
ご報告はさせていただいた方がよろしいと思い
ますので、・・・・


いやまったく暑い夏の一日でした。
全日本にも主力を削ってさんかするなど
だいぶセーブしてこの夏を送っているわがソフトテニス部で
ありますが・・・・

午前練に早くも多くのOBが参加していただきました。
いずれも腕自慢腹自慢の面々で、それぞれ自分の得意の
テニス論をぶちながら練習に参加してくれました。
実に頼もしい限りです。でわたしも対抗して、明日は1勝も
OBペアにはさせるべからずと秘密指令を発しています。
今ごろは夜も寝ないで秘策を練っているに違いありません。
さて出來映えはいかが相成りましょうや。夜明けが楽しみです。

午後からはここ10年来ずいぶんとポピュラーとなった
浅水荘での前夜祭です。今年は故沼田章男氏の33回忌です。
夫人芙紀子さんとお子様佐絵さんのご参加をいただき、山元さんの
ご読経にてご冥福を祈念致しました。ご列席は、吉田さん、久間さ
ん、
成定さん、桜井さん、松本さん、二宮さん(ご夫人も)、
河原さん、佐藤さん、園田さん、高安さん、西川さん、
富山(デンソーの)さん、でした。

5時から8時までたいへんなごやかに(一説によりますと、
たいへん険悪に)いろいろな議論を消化して
お開きと相成りました。さて来年も皆様のお越しを
いただきまして盛大なる前夜祭を開催したいものだと、
主催者をさておきまして願わざるをえませんね。

(険悪の原因は、不肖私の、この黒板への書き込みで
ございまして、あまりに世間の常識をわきまえない、勝手気侭な
乗っ取りの書き込みであるとの非難ごうごうであります)
この黒板への書き込みは京都大学ソフトテニス部の
現況ニュースであって、それ以外の御託は自分のホーム頁で
述べるべきとの教育的指導につきています。

あまりの非難に、恐れを抱きましたので、今さらなが、
常識をわきまえないことの恐ろしさに身の縮む思いを
致しております。今後一切、生意気な、いえ生意気と
とられるような言説を披露しない事をここにお誓い申し
上げるものでございます。いままで不愉快な思いをされた
現役学生諸君には臥してお詫びを申し上げます。

・・・・・・・・・・・・

たふねすを。出発。どんどん

2009/08/13 23:20:55 麻田佳明

遠征軍は選り抜きだったのか、精鋭部隊だったのか。
遠征費用に工面がつかなかったのか。
近代戦は総力戦だからな。国民総生産が、総所得が
決め手になるのかな。学生諸君には申し訳ない。
いろいろ精神面で窮屈な思いをさせてしまった。
監督の責任です。
懺悔の値打ちもないのやが、申し訳ない。

相手を称えてきたか。折角戦ったのだ。
悪びれず、積極性を失わず、自分の実力を
しっかり発揮してきたか。ここが曖昧だと秋の戦いに
陰りが出る。計画を練りなおさねばならん。しっかり
点検してもらいたい。決意を新たにしてもらいたい。
1回生の気持ちはどうかな。
なんともないかも知れない。
なんともあるかもしれない。
もやもやが生じたか。
現実を直視してもらうしかない。
テニスをするということの意味を考えて欲しい。
楽しくテニスをするといっても、背後にいろいろな
事情を抱えなくてはならないのだ。知らないでは
済まされない。済ますべきではない、これが
私の考え方である。いやなことを考えないのは、
良い工夫であるが、敢えて考えるのは、もっと
意味のある良い工夫である。これが私の考え方である。

素直に考えるのが、最も良い考え方なのだが、
素直に掘り下げて考えるのは、もっと評価できる
考え方である、これが私の考え方である。

もう残り3年しかない、この現実を知ってもらいたい。
何も悲観的になり、暗く考えてはならないが、
明るく広げて考えて欲しいが、軽く考えたり、
掘り下げない決意では評価する気にもならない、
という考え方が欲しいと思う、これが私の考え方です。

近畿国立大学、国立七大学に極めて締まったテニスを
やり切ってもらいたい。その心構えを部員全員で
固めてもらいたい。そのためにも蒼穹杯争奪戦には
すべてのOBペアを1勝もさせない試合をするべく
決意してはどうか。今の実力なら可能な目標だ。
可能性がある限り、絶対の気迫を持って望むべきだろう。
ここでこのような方針を明らかにすることは、
藪を突つき、蜂の巣を叩くことになるが、敢えて
そうしていると、大監督の読みの深さを買ってもらいたい。

さあ、現役対卒業生の試験勝負が始まりますよ。
OBの皆さん、身体の故障を心配して、無理をな
さらないよう、前もって警告を、好意ある警告を
させていただきます。夜の部では愚痴をお聞
かせ下さい。楽しみにしておりますので・・・・

意味をつけねば、見つけねば・・・・・で完了

2009/08/12 23:28:23 麻田佳明

勝海舟「まあ聞け」
織田信長「是非もなし」
うまやどの皇子「和をもってとおとしとなす」

それにしても、日本武尊の武勇とは・・・・・
日本軍の得意戦法・・・・・・
信長の桶狭間の・・・・・・・

はるかに崇りの方が、長いはな・・・・・
一瞬と何百年(ユダヤは○○○○もう言うまい・・・)か。

感情のほうが先に出てしまったが(まあ、飲んだり
食ったりすると、かんじょうはさきのほうがよいがなあ・・・)
テニスの戦い方を、もっと自分のものにせんとな、
あかんわな。外人に強い戦い方、というのもテニスに
あるはずだが(むろんソフトテニスですよ)・・・・
そんな雑誌の記事はあるんかいなあ・・・・・

いや、政治の方で、外国に強い言説があるのかな。
どこか、外国に強い政治論をぶつ先生はおられるのかな。
新聞はどうだ。雑誌はどうだ。
一時、経済関係では米国べったりの論が流行っていたが、
今はどうなのか。米国のどこの派を買うのか、どこか
買いとって(いや買いかぶってか)売りまくっている
宣伝屋はいるのかな。

せめて荻生徂徠程度には論を張る人はおるだろうが。

まあとにかく、岩手への遠征隊も都に帰って来るだろう。
お疲れ様と労をねぎらいたい。
なにせこの暑さと湿気だから、政治、経済、自然災害
の三重苦が重苦しい気の晴れない条件を揃えている。
こんな時に青春時代をおくらねばならない学生諸君には
掛ける言葉とてない、としか言いようがないが。
苦しいからといって、気が晴れないからといって、
テニスを求めないという理由とはつなげる必要は無い
だろうとしか、これまた言いようがない。

何を狙ってテニスをしようか。
求めてテニスをするか。
気晴らしにテニスをするか・・・・・・な

人対人に、時代精神をかけて、求めるものを意識して、
テニスをしてもらいたい。狙いをしっかり持って、目標に
達してもらいたい。勝とうではないか。
勝つことに多くの目的を、したがってただ一つの目的を
おいて、この目的に到達して見せようではないか。
15日の午前練に元気な顔を期待している。

そろそろ・・・・・で㈾

2009/08/11 22:08:15 麻田佳明

政治家の演説、というほどのこともありませんが、いわゆる
政治家がリップサーヴィスをする演説のことですが、
無責任と人気取りに始終するように感じますね。
人気取りをしないようでは面白くないと不評を買うのが
当たり前とされるのもどうも通り相場のようです・・・・・。
民主主義なのか人気取りなのか、その区別は簡単な
はずですが、主役=政治家の意向でどうともなるところが
どこまで追求されるのか。ここに焦点が当てられた言論が
盛んだと望ましいと思いますがね、どうも現実はそうでも
ないようです。

というように見ていると、狙いはまさに問題の核心になって
いると考えられます、という思いがしているのです。で、
このような狙いの意味がテニスにおける狙いにおいて
意識されるものかどうか、と問う気になったのですね。

何を考えているのだろうか?と同じ意味ですかね??
かも知れませんね・・・・??違うかもね??
よく解かりませんね?

まあ、たいていのことは、そうそう簡単ではないと言うこと
ですね・・・・・・・。そう言ってしまうと、また実も蓋もない
のでして・・・ね・・・・。問題は、そういうややこしい問題に
積極的に関わりあって行くべきではないかと、まあ実に
なんともね・・・・面倒くさ−い話しでありまして・・・・・・・。

簡単ではないか、こうすれば良い!
こういう話しが最も良いのでして・・・・・ね。
簡単ではない! が、こうして考えて行くと・・・・・・。
で、結局、むちゃくちゃややこしいが、簡単なんだ。
いえ、問題を進めることができるのだ。どこに問題が
潜んでいるのかが明確になったのだ・・・・・・となると、
まあたいへんわかったことになるのでして。わかることは
簡単なことです、簡単ではないが、分かることになったわけで、
やはり解かるわけですよね。

相手も人間ですからね。むちゃくちゃ難しいのです。
こちらが解かった!となると、その途端(やね!トタンヤネ)
相手は逆襲してくるのです。それを押さえる。抑えること
ができる!と強弁する。実力だ!戦争だ!戦いだ!
ここらへんで、大騒ぎする。これが日常です・・・・・、と
思いませんか・・・・・ね・・・・・????
煽りますね・・・・・普通。特にTVのふりまく言説はです
ね・・・・・・。だから、大学生は、語られていない言説を
読め!と教えられるのです。いえ、教えないのかもし
れません。教えられた気になるのでしょうかね。語られた
言葉尻を捉えて、追求するのですね。これが大学生の
やり方(だったかもしれませんね・・・・今となったらネ)。

さて・・・・・で㈱

2009/08/10 23:32:17 麻田佳明

無責任と自由の区別を考えると問題はなかなか難しい
のではないでしょうか。完全な自由のもとでの発言、
完全に責任をとることのできる発言。どちらもあり得ようとは
思えないのではないですかね。思えるとするならば、
そのように思うこと、決心をすること、覚悟を固めること
という態度の問題になりませんかね。

実際デカルトの文章でもガリレオの文章でも(決して
原語で読んでいるわけではないので、実に的外れですが)
間接過ぎてよく解からないものが多いように感じます。
ヒュームもスミスもそのように感じるところがありますね、
そんなにいろいろ読むわけではないのですが・・・・・

選挙に関連してのNHKの放送での言説や
新聞での文章はほとんど論理の強さが感じられない
無意味な文章が多い事を見ても、現在の社会の
なかの勢力に対する遠慮が強く働いていることを
見て取らざるを得ません。ましてや少数意見の尊重
などという主張は学校文章の参考見本にしか見られな
いものでしょう。
ということで、多くの文章は、右を見て左を見て、
つまり右顧左眄して肩身の狭い思いをしながら
窮屈に書かれるのが普通ではないかと思うのです。
ルソーでも、いろいろ気を配って書いているように感じますね。
ともすれば、からかい気味に感じるところもありますが。

選挙を控えて、なかなか内容のある議論が高まっているように
感じます(感じなければならないと、少し強迫観念を
植え付けられているとも感じますが・・・・・)。歴史的には
いろいろな問題が、このテーマで論じられてきています。
たとえば、パレスチナ問題、アフガニスタン問題、
ナチ戦犯問題です。最近、いまさらにも驚きですが、
誤審問題(裁判批判です。特にDNA判定の無謬性への
疑問が静かに進行しています)が深刻です。これらの問題を
前にすると、自由と責任を社会的に深く掘り下げる問題は
市民社会にとって最大とも評価できる問題だと考えます。

現役の遠征中に・・・・で㈺

2009/08/07 00:09:06 麻田佳明

引用が長くなったので、話しが間延びしてしまいました。
テーマは「狙い」にあったわけですが、それもテニスにおけ
る狙いでしたが、学問の狙いや、人生の狙い、論文の
狙い、政治的狙い、競争での狙いなど、あまりにあち
こちに関心が分散してしまいました。
私の方は、分散したとは実は思っていませんでしたので、
余計に話しが余計になりました・・・・。

数学者の大森英樹さんが、直観世界ということを重要
視しておられまして、私にもその謂わんとするところは
良く理解できます。論理の世界であっても、抽象的に
論理だけを積み重ねていけば良いというわけにはい
かないのですね。生き生きとその世界が目に見えて
いなくては、その世界が理解できているというわけには
行かないからです。
それこそ、朝起きて、顔を洗い朝ご飯を食べ、やや休ん
でから、1日の仕事をしっかり行い、やがて夕方になり
1日の仕事を無事終える。夕食に一家団欒に十分な
時間をとって、さらには親しき仲間と一杯やるのもよい。
こうして充実した1日を終え、就寝となる・・・・・。
この時間の経過のなかに、一つ一つリアルな現実が
あってこそ生活が存在する。このリアルさが理解である。
というのが確実さの裏にあるべきではないのか。
すべては論理だと、抽象性に浮いていて、確実性は
確信できるのだろうか・・・・・・・。

研究上の直観世界から、実生活のリアルさにつなげる
というのでは、飛躍もはなはだしいと、非論理性を
指摘されると、返す言葉とてありませんが・・・・。

さて、いろいろと横道に迷いながら進んできましたが、
思い返してみると、ガリレオであれデカルトであれ、
そうとう気を使わなければならない時代にいました。
スミスでもヒュームでもそうでしょうね。特に宗教と
ぶつかるような言説には注意が必要です。そうそう
思った通りに気楽に書いていけるものかどうか。
現在でもそう気楽に書く人はないはずです。気楽と
言う表現には抵抗を感じるのなら、無責任に書くと
言い直せば良いでしょう。流石に無責任には反応が
高いでしょうね。なんの根拠もなくただ非難だけを投げ
つける文章は書かないはずですが、そこから無責任
には書かないという段階までどの程度の距離があるのか。

本格的練習を始める

2009/08/03 23:51:52 麻田佳明

全日本直前です。今年のテニスの最も芯の部分が
明確になって来ました。これを徹底しておきましょう。
先日の話しでは念押しが足りませんでしたから、
念押しをすることにもなります。

戦いでは攻めるばかりではだめです。守りも大切です。
守りこそが大切で、守るばかりでなく攻めることも
必要ですと論じるべきということもできます。となると
・・・・・・

どうやって「受ける」か、ですね。徹底的に受けてみる
というのもやってみる価値はあります。ある程度まで
標準的な受けを考えて、その受けをマスターしておくという
のがまずは当然の策でしょう。そのことを考えてください。
短い球、左右に振って来る球、前後に揺さぶってくる球、
同じことを繰り返す球、・・・・・自分の嫌な球を繰り返さ
れることに真っ先に対策しておくべきですね。したがって
嫌な球がないように練習をしているのが日ごろの練習
の基本的な課題ということです。打つばかりとか攻める
ばかりと言うと、まだまだ甘いだろうということが理解で
きませんか。

さて念押しのことですが、守りは「反射」です。反射で
守れるようにしておくべきですね。前衛陣はとくに
今すぐに取りかかるべきです。自分を目標にして
相手後衛は打って来ているのです。すべてを予測す
ることが、とうぜんすべて当たる予想でなければな
りませんが、それでも、反射は備わっているべきです。
その練習をして下さい。今すぐに。寝る時にもできる
でしょう。朝起きてもすぐにできるでしょう。通学の
途中でもできるはずです。仲間と協力し合えばもっと
もっと練習は増やせるはずです。
何か(前もって決めておいて)音がすれば○○をする、
風が吹けば○○をする、角から女性が出てきたら
○○、男性なら○○○、犬なら○○、猫なら○○○、
・・・・・とどうですか。

狙いと反射、読みと予測と反射、鍛錬をして自分を
改造しておく。能力を完全にしておく。守りを完ぺき
にしておく。受けを完ぺきにしておく。完全だ、
完ぺきだ、と言葉が踊りますが、言葉を躍らさない
ようにすることが要領なのです。そんな事はそれこそ
言葉の上のことだと笑っているのなら、いまだ
練習が始まっていないと諦めるのが私の気持ちです。

2009/08/02 23:45:09 麻田佳明


「ヘルムホルツ(1821年生まれ)は、1855年、
その夫人に宛てた書簡の中で、トムソンの風貌を
次のごとく書いている。『私は彼に会うまで、ヨー
ロッパ最初の理論物理学者の一人である彼は
おそらく私よりいくらか年上の人物だろう、と想像
していた。ところが私の前に現れたのは、明るい
ブロンドの髪をした、まるで少女のような顔立ちの
年若い一青年であった。これには少なからず
驚いてしまった。・・・・彼は、私が今までに知った
大科学者のなかで、怜悧,明晰,精神の易動性
などにおいて最も卓越していたから、私自身も
彼の傍らでは何だか自分が愚鈍にさえ見えてし
まった。』・・・しかし、この業績を公にしたとき
トムソンは未だ25才に達しない青年であった
のであるが、種々の独創的な仕事を成就した
学者達の年齢についてこれまで幾度も見て
来た今では、もはやそれほど読者に驚きを
与える事実でもないであろう。」
と続けています。

ちょっと脇道にそれたようですが、若者礼賛
をしたいわけではありません。年寄りへの
称賛を強制するつもりもまったくありませんが、
称賛すべきを称賛すべしと言いたいだけです。
つまり理由がどうであれ、成された事に対する
承認と評価をいかに成すべきであるか、個人
的にも成すべきですが、社会的に成されねば
ならない、でもいかなる社会が必要なのか、と
見ているのです。つまり、各人の成すべき仕事
は、どのような狙いを持っているのかと見るべき
であると考えているのです。各人の狙いを
見破るにはそのような意識と意欲が社会に
なくてはなるまいに、と考えるという事なのです。
大したことはあるまいと、他を軽く見てしまうことが
競争において起こりやすい事だが、しかし
個人がどんなに他を軽視しようが、社会が
個人を軽視してしまったら、その損失は個人に
返って来るのではないか、と考えるしかあるまいと
いうのですが・・・・・・・。

もうちょっと夏的になることを!

2009/08/02 23:43:37 麻田佳明

ちょっと間が空きましたが、今日はコートを覗くこ
とができました。全員揃って練習していました。
4回生は田部井、少し遅れて千々和が参加し
ていました。卒業生は、中村さん、小林君、林君、
富岡君、安藤君、貴田君、が来てくれていました。
そして沢田さん。空の方はいまだ梅雨が明けず
どうもうっとうしいのですが、それでも少し青空が
見えていました。でも夕方雨が降り始めました。
今年の梅雨は?ですね。

さてテニスの方は、もう一つ明確な姿が見られな
いので少し訝しく思いました。試験が終わって気も
明るくなっているのではないかと予想していた
のですが、試験が終わったという感じは見出すこ
とはありません。ごく落ち着いて済ましたという
ことなのか。それではインカレを控えて緊張したり
燃えたりしているかと言うとそれもまるで感じられない。
いったいこれはなんだと、もう一度一人一人を
確認してみなくてはという気持ちになってしまいました。
でも結果は良く分かりません。

しかし怪しいことばかりではありません。
だいぶ考えたなという手応えを感じる部員も
ないわけではないからです。でも、それでも
もっと燃えるものが欲しいですね。もっと貪欲に
求める姿があって良いのではないかと思いますね。
うまくなりたいという気持ちはあります。強くなり
たいと求めて練習していることも良く伝わります。
しかし何をしているのかが見えないのです。
目を凝らし隠された芽を探しても、新しい芽が
見つからない。あれをやりこれをやりと、ちょっと
むちゃではないかと思えるほどの挑戦が見えても
良いと思うのですが、それが見えません。
まだまだテニスを知らないということなのでしょうか。
教えていないということなのでしょうか。
教えられてやることではない、これが私の思い
です。スポーツは教えられてやるものではない。
求めるものがあってこそ、環境の影響が現れる。
求めるのがないのでは、どこへ行こうというのか、
と問われるのが当然ではないか・・・と。

教えられて成長するのだ、と育てられた選手と
戦ってみごと勝って帰って来て欲しいものです。
小山田は一つ掴んだな。矢守、吉永は、もっと
もっと動き回って走り続けて大きく大きく強く強く
ボールをたたいてテニスをすべきだな、今日の
テニスは弱過ぎたね。黒木、道祖は徐々に力を
見せて来ている、もっと戦う意識を強く持つと良いね。
先ず正確に受けること、次に果敢に攻めること、
一瞬でも気を抜かないことだね。両井上は、
怯んではならない、自分こそNO1だと言い聞かせて
高楊枝を保つぐらいの意気を持っていて良いのだ。

2009/08/02 00:50:44 麻田佳明


どうですか、大した批評だと思います。このシュン
ペータの論文は30才に満たない年齢で書いて
いますが、若者の果敢な挑戦は、ある時期
(いえいつでもですが)大いに称えられる場合が
ありますね。たとえば量子力学の発展では若い
天才の出現が続いたものです。たいへんな速度で
知識が広がっているときは、若さにまかせて
寝ることもなく勉強して最先端にまで知識を
整理する講義録を作るだけで第一人者に
なることもできるのですが。
しかし、たとえば1909年触媒反応論で
ノーベル化学賞を受賞したヴィルヘルム・
オストヴァルドDie Energie1908年(岩波文庫
青903−4「エネルギー」山県春次訳1912年の
第二版を訳したもの)においてつぎのように書く
のを読むと、青春の日々の輝きをよろこびを持って
称えたくなるのです・・・・・
「先ず第一に目をひくことは、この場合もまた
決定的な進歩が非常に年若い青年によって
なされたということである。マイヤーは彼の業績
を発表したのが26才、ジュールは25才、ヘル
ムホルツは26才、そうして今述べたごとくカル
ノーは28才であった。すなわち、自然認識の上に
かくも偉大な進歩を促した人々が、すべて30才に
未満であったということは実に著しい事実であって、
さらに、以上の発表がいずれも思想が把握せられ
た時期を示すものではなく、把握せられた思想が
外的な表現にまで展開されその上発表の可能性に
恵まれるまでに常に長い歳月を閲していた、という
ことを思い合わせるならば、われわれの偉大なる
促進者たり指導者たりしひとびとがいかに年少で
あったかを、驚嘆せずにはおれないのである。」
オストヴァルドの文章の楽しいところは、これだけ
では済まさず、少し後につぎのように続けてい
る点ですね。つまりカルノーが熱力学第二法則を
見出してもなかなか浸透しなかった経過を
書くくだりで、ウイリアム・トムソン(ケルヴィン卿)
が若くして時代の指導者として存在したと
書いて・・・・・

2009/07/31 22:44:40 麻田佳明

7/30
さらにマンデヴィル(バーナード・マンデヴィル
1670−1733イングランドの医者)の影響を挙げ
なくてはならぬ。マンデヴィルは1つの教訓詩
であり大いなる評判を得たが真面目に受け
取られなかった著書1705年「不平を呟くミツ
バチの巣」(説明を付して膨らんだので、
1714年「蜂の寓話」として出版)のなかで、深刻な
認識に一つのグロテスクな形態を与えた。しかも
この形態には、経済領域における個人の自利心は
本質的な社会的機能を持つという思考の最も明瞭な
最も立派な叙述が盛られている。同様な思想には
まさに他の多数の源泉があった。けれどもスミスの
多くの措辞まさにマンデヴィルによる影響を示して
いる。最後にスミスはまた多くをヒュームとハリス
(ジョン・ハリス 1755年「貨幣および鋳貨につ
いて」、イギリスにおける貨幣論争の純粋の帰結
を巧みに記述しただけでなく、同様に国民経済の
一般理論の大綱をも包含している)負うている。」
「彼の著作の一般的な性質のみを示すと・・・・
もしわれわれが彼の理論的業績を見れば、自由
貿易と産業主義を礼讃したように世に見られ、
たしかに経済学を技術論と定義し、政策的基準を
あたかも定理たるかのように論議もしているが、
まったく異なった形像が現れてくる。ここでは彼の
眼光は事実の上に向けられ、わずかにたまたま彼の
措辞が政治的理想もしくは哲学的文体を想起せ
しめるに過ぎない。しかもこれらの外来的要素は
少しも本質的なものではない。しからばその研
究方法は?彼は具体的目的が要求するにした
がって、時には分析し時には記述している。しかし
彼はその分析に個別観察と実際的経験とを結
びつけ、その記述には理論的論議を混じている。
彼は自分の具体的目標にとっては測りがたい
価値を持ちながらも、彼の取り扱った問題群の
一つを深く掘り下げようとするときにはたちまち
失われざるを得ないような普遍性を持っていた。
彼の著作の体系的もしくは教科書的性質のため
に、記述的な細目研究のみならず詳細な抽象的
研究が締め出されている。スミスは理論的性質の
影響によって形成され、理論的目標が彼を支配
していた。彼の純粋経済的説明の中核に見られる
ほど彼が実証的であり且つ先入感に捉われて
いないものはない。がこと応用に関しては、
彼の結論の実践的意義の過重評価が撹乱的
に著しく表れ、とりわけ批判の多くがこの応用に
結びついているのである。」

2009/07/30 22:22:31 麻田佳明

7/29
「彼によってかつてはほとんどいかなる企ても
果たし得なかったような決定的な企てが成し
遂げられた。彼は自分の課題に対し偉大な
手段を持って立ち向かった。彼は当時の
哲学的・史学的知識・、やや程度は少ないが
自然科学的知識、さらに少ないが法学的知識を
完全にマスターするためにその生涯を投じ、彼の
手の届く限りのすべての思潮に対し自分の精神
の門戸を開放した。彼の主著は「道徳的情操論」
と「国富論」であるが、彼の関心範囲の広さは、
1785年の書簡にみられる「文学のあらゆる異
なる部門の哲学的歴史」と「法律と政治の理論
および歴史」についての雄大な構想の叙述を
見れば分かる。彼は綜合的労作と調和的叙述
との人材であるが、偉大なる新しい理念の人で
はなかった。彼は特に現存しているものを慎重
に検討しこれを冷静に且つ理性的に批判した
後に獲得された判断を、同様にして得られた
その他の判断の系列のなかに挿入するような
人であった。
彼は時代の言葉を語り時代がまさに必要として
いるそのものを提供した。彼の成功はこの点から、
また彼の業績の外面的および内面的長所から
説明される。彼がより深く掘り下げていたならば、
彼は世人に理解されなかっただろう。

「国富論」は1751年から64年の間に彼が
グラスゴー大学で行い且つその表現にいたる
まで彼の師ハッチソンに依存している道徳哲学
に関する講義の一部から成り立っている。彼は
1763年になされ今日まで残っている講義の
ノートが示しているように、活発な弟子たちなら
誰でも行うであろう程度以上にはハッチソンの
体系をほとんど変更しなかった。1764年彼は
やや完成に近い体系をいだいてフランスに
渡りフィジオクラットたちと接触した。われわれが
フィジオクラットの本質的だとする諸点を自分の
部門に継ぎ足したから、したがって彼の著書の
輪郭は破れその均整ははなはだしく害われた。
しかし彼が採択すべき諸要素の選択に際していかに
精神的な自由と優越さとを示したかは、これを忘却
してはならない。まさにこの点に彼の独立している
業績がある。

2009/07/29 23:05:29 麻田佳明

そして「道徳感情論」を読んで行く
に際して、つぎのように忠告する。
「スミスの文体はゆったりとしていて、少々説教臭く、
事例も日常生活から取ったものが多い。これは元々、
十代の学生を相手にした講義だったことを念頭に置くと
いいかもしれない。簡単には読めないが、長く印象に
残ると思う。1750年代の発言だが、今日にも通じる
ことは明らかである。」
また「国富論」については、
「実にすばらしい著作だが、要約して紹介するのは
簡単ではない。5編に分かれていて、その各部が、
「完全自由の社会」の機能の、全体としては一つに
まとまりながら、しかしそれぞれ異なる側面を扱って
いるからである。」として、とくに第1編に力を入れ、
最後の第5編に触れている。
経済学としては、先駆けとしての意義が大きく、
経済学的論理はそれほど精緻では無いのかもしれ
ないが、当時の経済と政治の問題を広範囲に論じ
る点が明確であったことに高い評価があることは
よく説明できていると私は感じました。

また、時代は少し遡りますが、
シュンペーターの
EPOCHEN DER DOGMEN− UND
METHODENGESCHICHTE
「経済学史」
中山伊知郎・東畑精一郎訳 岩波文庫白147−3
1980年第一刷発行
(第1次世界大戦前に始まった叢書で、
編纂の主役はマクス・ウェーバーであった
「社会経済学大綱」第一巻第1部「経済および
経済科学」第一版1914年発行に掲載された
論文「学説ならびに方法の諸段階」である)
を覗いてみますと、スミスの位置付けが明確に
理解できると思います。

2009/07/28 23:21:58 麻田佳明

むろん著者を、楽観的な心の持ち主と非難してい
るのではありません。しかし、経済学が果たすべき
役割が、いまもなお果たしきれていないのではない
かと疑いをさしはさむことへのしっかりした返答だけは
確信できるような態度が必要だと思うのです。
この意味で、スミスを余りに遠くに遠ざけるような
評し方は、遥かにあっても懐かしく思い出すべきと
する意見と共に、私は賛同しかねるのです。学問は、
学者の生きた時代と共に発展するはずですから、
時代といかに格闘したかの程度においては、学問の
水準とは別にした評価があるはずです。ヒュームの
言うように、時代が学問を妨げることもあるのですから、
いかに人間が社会性を発揮したかと問う限りは、
学問の存在の必然性とその内容を後世に伝える
ことが人間存在であると主張すべきでしょう。

話しがますます横道に逸れて来たかのように受け取る
向もあるでしょうが、私は逆に焦点が合って来たように
感じているのです。といっても、まるで勝手な、いえ、
独善的な観点からですが、狙いを明確にするという
テーマにそっているという意味においてです。
というのも、たとえば、
ロバート・L・ハイルブローナーの
TEACHINGS FROM THE WORLDLY
PHILOSOPHY 1996
「私は、経済学をどう読んできたか」
中村達也/阿部司訳 ちくま学芸文庫2003年
を覗いてみますと、
「アダム・スミスが経済思想の発展における中興の祖
であり、傑出した存在であることは誰でも知っている。
だが、経済学への貢献の正確な中身はあまり知られ
ていない。同様に、彼の分析の中心だった、社会秩序
における道徳の重視も知られていない。スミスはそうした
社会を「Society of Perfect Liberty」と呼
んだ。
capitalismという言葉は、当時まだ発明されていな
かった。
彼の秩序重視について印象的なことが2つある。
1つは、「完全自由」とは、初期の資本主義の最大の
魅力が経済ではなく、政治の側面にある。つまり彼が
称賛するのは、個々人が自ら自由に選んだ目的を
追求する自由である。この自由がひいては社会全体
の利益を増大させるからである。
2つ目は、「完全自由の社会」を評価したが、決して
手放しの称賛ではないことである。金儲けを追及する
際の行動を決定する内部感情としての同感をこの
社会の基礎に据えている。好きなように行動しても
構わないけれども、その行動が規範に反しないように
「公平な観察者」が自身の中にいて認めてくれる
ことが前提となる。」
と書いている。

2009/07/27 22:44:57 麻田佳明


こうして最後にスミスの遺産としてつぎのように
まとめています。
「スミスは、真の幸福は心が平静であることだと
信じた。そして、人間が真の幸福を得るためには、
それほど多くのものを必要としないと考えた。多くの
人間が陥る本当の不幸は、真の幸福を実現するた
めの手段が手近にあることを忘れ、遠くにある富や
地位や名誉に心を奪われ、静坐し満足しているべ
きときに動くことにある。そのような時宜を得ない
行動は、本人を不幸にするだけでなく、時として
社会の平和を乱すことがある。私たちは、社会的
成功の大志を抱きつつも、自分の心の平静にとって
本当は何があれば足りるのかを心の奥底で知って
いなければならない。
諸個人の間に配分される幸運と不運は、人間の力の
及ぶ事柄ではない。私たちは、受けるに値しない
幸運と受けるに値しない不運を受け取るしかない
存在なのだ。そうであるならば、私たちは、幸運の
中で傲慢になることなく、また不運の中で絶望する
ことなく、自分の平静な状態に引き戻してくれる
強さが自分の中にあることを信じて生きていかなけ
ればならない。私は、スミスが到達したこのような
境地こそ、現代の私たち一人一人に遺された、
最も貴重な財産であると思う。
変化し続ける文明社会の人間は、いつの時代も、
不安定な世相にさらされる運命にあるのかもしれない。
そのような世相の中で、熱狂も絶望もせず、冷静な
姿勢で真の希望を見出そうとしたスミスの著作は、
現代に生きる私たちにとって、大いなる遺産である
といえるだろう。」

私は、著者と違って、スミスは個人の心の持ち方に
すべてがゆだねられるという考え方はしていなかった
と考えますので、個人の強さが問題となるようなまと
め方には興味を持ち得ません。
先ごろの金融不安と経済不況、さらには経済不安を
資本主義における個人の貪欲さにすべてを押し
込もうとするエコノミストの考え方は、結局一瞬の
好況をたよりに幸運にも生き延びることを願う、もっ
とも人間的な(つまり集団の中央付近に居たがる
性質を持った)人々の叫びでしかないと思うからです。
誰が辺境の開拓をするのか、今や辺境はまったく存在
しないからと、適当に間合いさえとって、ある程度
気を配っておけば、もはや諍い程度にしか争いは
起こらないだろうと、独善的にも見越していることの
できる人々には、考えることさえない課題が問われ
ていると考える・・・・・・・ことはないのだろうか・・・

2009/07/26 23:18:04 麻田佳明

ちょっと違ったと思うのは、当時の啓蒙のあり方に
あまり考慮がないように感じたことですね。
もっと明確に言えば、科学としての経済学に
踏み込んでいないように感じたことです。たし
かに道徳感情論を踏まえて考えれば著者の
説くところは理解できますが、世の受け取り方は
経済学としてのスミス論がもっと強く出て来るべき
ではないかという疑問です。ヒュームは科学を
強く意識していました。「人性論」は人間学という
科学を試みたと主張しています。ヴォルテールや
ダランベールは科学を主張し、ニュートンを
評価したのです。ルソーは科学を意識していた
んかどうか私は理解していませんが、百科全書
派は科学を意識していたでしょう。人権を科学と
対立させて発想するかどうか、対立させる思想が
あったのかどうか、・・・・科学を人権の基礎に据える、
もしくは人権は科学しか守れないのだと強弁して
しまう立場があるのかどうか、・・・・ここら辺には
今は触れないでおきましょう。

がとにかく、経済学者としてのスミス論を読み
取ろうとした私の目論みは外れました。また
道徳感情論でのルソーへの言及がなかった
ことも、予想外のことでした。

終章「スミスの遺産」で著者はつぎのように
述べています。われわれが受け取るべきスミス
のメッセージとして4つの点が示されます。
①社会的存在としての人間
社会の繁栄も、また社会の秩序や繁栄が妨げられ
るのも、懸命さと弱さを併せ持った社会的存在である
人間が原因である。
②人と人をつなぐ富
人間を生存させ、繁殖させ、その生活を便利で安楽
なものにするのが富の主要な機能であるが、それ
以上に人と人をつなぐ機能、つまり市場が富を
媒介にして見知らぬ同士が世話を交換する場で
あると理解した。経済成長と外国との貿易も人と
人をつなぐものとした。
③自由で公正な市場経済の構築
人と人をつなぐ機能を十分に生かすための経済
システムの構築は、自由で公正な市場経済の構築
である。スミスの時代の歪んだ経済システムを
重商主義の体系と呼んで批判した。
④今なすべきことと、そうでないことを見分けること
現実問題への対応では、理想状態があっても、
すぐさま現実を変えることには反対する。諸規制の
撤廃は、規制に守られている人々の生活を脅かす
こと、あるいは莫大な損害は多くの人に社会から
裏切られたと感じさせ、社会秩序の混乱につながる。
時間をかけるべきとする。そしてスミスには今すぐ
やるべきこととして、アメリカ植民地の自発的分離
があった。

2009/07/25 23:19:30 麻田佳明

7/25
1700年と1800年、さらには1900年と
100年間隔で見るとき、ヨーロッパは激しく
変化している。そしてその変化の要素は、
ヨーロッパだけに留まらず世界中に広
がっている(もしくは広がってきた)。もう
100年を経過すると2000年であるが、
この100年間でも大きく変化している。
そしてこの変化は、世界の中での変化と
して見るべき要素も多いものだ。

こういう風に考えてみると、啓蒙の時代は、
目の前の事象を注意深く観察しながら、
来るべき時代に「あるべき姿」を真剣に考えて、
狙いを明確に意識して思想なり理論なりを
主張したのではないだろうか。

中公新書1936 瞠目卓生さんの
「アダム・スミス(『道徳感情論』と『国富論』
の世界」
を読みました。
国富論をどのように読むべきと考えているのかと
興味を引かれて読んだのですが、私が当初
予想したのとは違った書きかたでした。
たいへん良かったのは、懇切丁寧にスミスの
思想を紹介してもらえたという満足感を持て
たことですね。
スミスの思想がたいへん誤って理解されて
いる。流布している。それを、時代背景と
考え方の特徴の2面から正確に解説し
正しく思想を読み取るよう丁寧に書かれて
いると感じました。豊かで強い国の造り方
をスミスは考えたのだと受け取るのが従来
であった。スミスに最も有名なことば「見えざる手」
が、利己心に基づいた個人の利益追求
行動を社会全体の経済的利益につなげる
メカニズム、すなわち市場の価格調整メカニズム
として理解されてきた。国富論の主要な
メッセージが、政府による市場の規制を
撤廃し、競争を促進することによって、高い
成長率を実現することである。と解するのである。
しかし道徳感情論を読む限り、もっと違った
理解が可能であり、またそうでなくてはならない
と説くのである。以上の点は良く理解できました。

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