蒼穹掲示板

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おふくろさん

2008/11/07 01:14:28 麻田佳明

おふくろさんよ

歌は世につれ、世は歌につれ。
ですが。
詩を詠み 詩を歌う。

音楽。調。音階と拍子。
気分。
ですね。気分を味わう。のめり込む。

詩を作る。
調を作る。
ずいぶんと統制が必要です。
抑制ですね。
解放なんだけれども、抑制・制限・統制。
抑えているのだけれども、開け放っている。

歳をとったのでしょうね。
自堕落。なすがまま。高歌放吟。
昔のことになっています(少し寂しいかな)。

よほど制御していないと
あちこちぶつけてしまうのです。
自動制御の能力が落ちているだけですが。

で、制御も大事と・・・・・・。
学生には、40年先の話しですね。

そうそう。なぜおふくろさんか?ですが。
森進一の持ち歌(でなくなった)の話しです。
すばらしい歌い手の歌を聞きたい。
でも、詩も大切です。
楽器の演奏だけを楽しむというのもあります。
中国の方が音曲に傾くか、とも思いますが・・・。
貴族と庶民の違いとも。こうなるとエンゲルスに
頼みますかね。いや、マルクスが歴史哲学に
含めて論じてくれるでしょうか。

これが新古今となると

2008/11/07 00:43:17 麻田佳明

えらい理屈ぽいですね・・・・
「・・・・しかはあれども、伊勢の海清き
渚の玉は、拾ふとつくることなく、
いづみの杣しげき宮木は、曳くとも絶ゆべからず。
物みなかくの如し。歌の道もまたおなじかるべし。
これによりて、(源通具、藤原有家、藤原定家、
藤原家隆、藤原雅経)等におほせて昔今の
時を分たず、高き賎しき、人を嫌はず、目に見えぬ
神仏の言の葉も、うばたまの夢に伝へたることまで、
広く求め、普く集めしむ。おのおの撰び奉れるところ、
夏引きの絲の一筋ならず、夕べの雲のおもひ定めがたきゆゑに、
緑の洞、花かうばしきあした、玉の砌(みぎり)、
風涼しきゆふべ、難波津のながれを汲みて、
清(す)み濁れるを定め、浅香山の跡をたづねて、
深き浅きをわかてり。・・・・ただし、ことばの園に
遊び、筆の海を汲みても、空飛ぶ鳥の網を漏れ、
水に住む魚の釣を脱れたるたぐひ、昔もばきにあらざれば、
今もまた知らざるところなり。・・・・・
春霞立田の山に、初花を忍ぶより、夏は妻恋する神なびの
時鳥、秋は風に散るかづらぎの紅葉、冬は白たえの
富士の高嶺に雪つもる年の暮までに、みな折にふれたる
なさけなるべし。しかのみならず、高き屋に遠きを
望みて、民の時を知り、末の露もとの雫によそへて
人の世を悟り、玉鉾の道のへに別を慕ひ、天ざかる鄙
の長路に都を思ひ、高間の山の雲居のよそなる人を恋ひ、
長柄の橋の浪に朽ちぬる名を惜みても、心うち動き、
ことばほかにあらはれずといふ事なし。いはむや
住吉の神は片そぎの言の葉を残し、伝教大師は
わがたつ杣の思をのべ給へり。かくの如き知らぬ
昔の人の心をもあらはし、行きて見ぬ境のほかの事
をも知るは、ただこのならし。・・・・」

感傷か・・・・・万葉集も
柿本人麻呂
もののふの 八十宇治河の 網代木に
いさよふ波の 行方(ゆくへ)しらずも

淡海の海 夕波千鳥 汝が鳴けば
心もしのに いにしへ思ほゆ

風の吹くに、雲の流れるに

2008/11/06 01:05:50 麻田佳明

自然の移り行くさまを
人のこころの変化の真実として
理解しよう = 意思の力の発露
・・・・・・
・・・・・・

暮れる = 夕暮れる もあるが
年が暮れてゆく = 今年も終わりに近づいたなあ
というには、まだだいぶ日があるのだが。
やはり秋も深まって・・・・・
山の頂上付近から色づき始めたかな・・・、
という時節ですね。釣る瓶落しで
日が暮れるときです。
西の空が黄色と橙色に輝いて
飛行機が銀色に光り、飛行機雲が
真っ白にひかっている。
と見ている間に、頭上より東の空は
灰色、陰になって黒ずんでくる。

3時半から黄昏時まで
吉田コートにいました。

花尾君がずいぶんテニスでした。
貴田もなかなかテニス気分に見えました。
1、2回生が授業の合間を縫って
練習しています。
前後衛のバランスが崩れたのですね。
一人の存在の大きさがよく見えます。

団体戦の戦い方、いやその前に、
団体戦を戦う意思が、部員の中で
どのように育つかを常に見ておかねばなりません。
義務とか責任という意味ではありません。
意欲とか楽しみという価値の問題です。
(経済学でも、価値が難しいですね)
価値とは何か?
別に問題として問わなければ済ますこともできます。
したがって、問う自分がいるということが問題に
なって来るのですね。頭の使い方が悪いという
考え方もあります。功利的ではないですから。
(でも、原理的でもありません。
似ています。原理的問題は、最近も出て来ました。
やむにやまれぬやまとごころ です)

自分のテニスにもっと理性と熱をもって
臨んで欲しいと感じました。それらがない
というのではないのです。あるのだが
その表し方、具体的な課題に取り組む姿で
表現する、その態度が見えないと感じるのです。
理性は理論に、熱は試行錯誤に表れると言いたいのです。
まだ時間はあるのです。今度の土曜・日曜に
どのようなテニスを見せるのか、自分を表すのか、
どこで頑張るのか、どこで戦うのか、何をもって
戦うのか。具体的であればあるほど、気持ちの
動きがあるはず。そのはやる気持ちをぐっと
抑えて強い意思が働くはず。春のよろこび
とはまるで違う。秋の、終わりの、閉めの厳しさ
がコートにみなぎる、のではないでしょうか。

「やまとうたは 人のこころを種として
よろずの言の葉とぞなれりける。世の中に
ある人 事・業しげきものなれば 心に思ふ事を
見るもの聞くものにつけて 言ひいだせるなり。
花に鳴く鶯 水に住むかはずの声を聞けば
生きとし生けるもの いづれか歌をよまざりける。
力をも入れずして天地を動かし 目に見えぬ鬼神をも
あはれと思はせ 男女のなかをもやはらげ 
猛き武士の心をもなぐさむるは 歌なり。」
古今和歌集の仮名序に

帰り道に

2008/11/04 00:46:32 麻田佳明

久しぶりで女子の午前練に顔を出しました。
わずかに半ときでしたが。
3+3+2=8がゲームをしていました。
よかったです。
ある水準が実現できています。
これからをどうするかですね、つぎをいかに考えるか。
特別に問題を提出しているのではありません。
ごく自然な問いを自問しているのです。
各人、部。いかなる集団か。活動のあり方。
そして活動の目的。
バラバラではどこかで分解します。
それまで。凝集力はなにか。
各人には、まず筋肉のむずむずから始まるでしょうね。
そしてこころのむずむず、わくわく。
さいごに精神の刺激。これらが部としていかに
渦を巻くか。場を作るか。エネルギーが
たまればたまるほどその流れは部活動を
形あるものとしてくれるでしょう。そのとき
各人が、吹き飛んでしまったら満足はないでしょうね。
各人の新しい像がみごとに浮かび上がるとよいでしょうね。
楽しく明るく、自己への挑戦を、互いに励ましあって
進めて欲しいと思いました。

で立ち寄った書店で、新古今和歌集をもとめました。
秋の歌に
女郎花 野邊のふるさと おもひ出でて
やどりし虫の 声や恋しき

夕されば たま散る野邊の 女郎花
まくらさだめぬ 秋風ぞ吹く

ふじばかま ぬしはだれとも しら露の
こぼれて匂ふ 野べの 秋風

身にとまる 思を萩の うは葉にて
このごろかなし 夕ぐれの空  (慈円)

人ならばこそ

2008/11/04 00:21:58 麻田佳明

心あらばこたえてよ・・・
とひとりささやくのはおもむきがある

面と向かって
お前はなんと考えておるのか
お前の考えをとくと聞きたい
などという場面は

砂漠の民
森の民
海の民

勤皇か佐幕か
自由主義か社会主義か

この40年ほどか
次第に対立する思想がなくなってきているのか
包含する思想がなくなってきているのか
それにしては、大学生が増えているのは
社会に必要な高等知識が(高校では無理、
大学でないと不可能とする知識)
増えてきているのだろう。
しかし、一人引きこもっても身に付けることは
可能とも言われるのもこの高等知識であろう。

ならば、書を、詩を、文をと伝統に帰っても
良さそうにも思われる(ひそかに るねっさんす と)

もとめよ 青春 干からびた知識に
孤立するのか

(がらにもなく・・・・)
古今和歌集 秋の歌より
吹くからに 秋の草木のしおるれば
むべ山風を あらしといふらむ

秋風の 吹きにし日より 音羽山
みねのこずえも 色づきにけり

竜田河 もみじ乱れてながるめり
わたらば錦 中やたえなむ

秋風に あへずちりぬる もみじばの
ゆくへさだめぬ 我ぞかなしき

こころをテニスにみることもできるだろうに
自分のテニスを表現することもできるが
人のこころをテニスに感じる人もまたある
秋のテニス

寒くなりました

2008/10/31 00:31:56 麻田佳明

歳のせいかなとは思いますが、
起きてみると寒さを感じて
眠りなおしました。ベッドに
もぐり込んだのです。(正確に申しますと、
本来の寝床は日本間の畳の上に敷いた
布団です。しかし昼間は、仕事に疲れたり
なんとなく休みたくなったときに
利用する机の横のベッドがあります。
したがって、寝床から起きたが、
寒さと眠気が残っていたのとで、
ベッドにもぐり込んで再び寝入ってしまった
ということですね。学生時代の万年床とは
違います。)

これだけ寒くなってくると、11月祭が近いことも
思い出されます。その前に納会が行われるのでした。
それまでに、関六と新進大会が行われますね。
今年のテニスの総決算として、身に付けた
あらん限りのテニスを出し切ってもらいたいと
念じています。先日も書き込んだように、
精神的な負荷がいろいろな形で表れた
一年だったと思いますが、確実な数歩が
歩まれたことも確かなことです。なすがままの
自然の姿という思い方もありますが、心を
コントロールするという意思の働きもあります。
経験と観念の織り成す精神のあり方を意欲を持って
追究する強さを求めてほしいと思います。
自己責任や自己完結性、自立、独立などという
すばらしい個人の能力を誇る意識の存立の基盤を
問うことは、京都という地にあって
意識的に求めることができる青春時代の
一つの態度ではないでしょうか。不幸な時代にしか
京都の意味が意識されないとは思いません。
幸福な時代にも京都の意味として青春を
ぶつける場として意識をしてもよいのではないか
と私は「京都派」なんです。

幸福な時代は、アフリカ、インド、・・・・
なんでしょうか。
若さは、自分の生まれ育つ土地をまず問うのではないでしょうか。
そして集まってくる次の土地は・・・・?

世界覇者の衰退、世界金融危機、世界恐慌の不安、
権力崩壊、経済混乱、社会機能の不全、世代間不審、
・・・・・新時代の到来、新しい覇者の登場。
変化が激しい時代をどこまで正確に記録するのだろうか。

学問といって

2008/10/24 01:27:57 麻田佳明

徹底的に考える・・・・・哲学かな
掘り下げて深く考える。だけでなくどこまでも
追究する。納得が行くまでだろうが。
とくに権威者に追随しない。権力に
屈しない。といって虚空に一人立つ
のでもない。・・・・・学問かな
自然科学のやり方もそれほど明確なものか
議論は簡単ではないだろう。擬似科学退治は
難しいものだ。真理とか正しいことという
表現は、誰が誰に向かって発するかで
どのようなことになるかがまるで違うような
印象がある。
それでもまあ、自然科学と言えば、まあまあ
なんとかある程度の通用の仕方がありそうだ。
大学教育はこういう認識の上に立って成り立つ
だろうと私は思っているに過ぎないのだが。
そして経済学はこの科学の中へ分類できるのではないか
と考えているのだ。議論はあいまいにしかできないが。

と、悩んでいると、文春新書に
神谷秀樹さんの「強欲資本主義
ウォール街のの自爆」(文春新書663)
を読みました。
著者は、75年早稲田大学を出て、住友銀行に入行。
84年にゴールドマン・サックスに転職し、
N.Y.に在住。92年投資顧問会社を設立して
ウォール街で活躍している人(らしい)。

中盤に少し分かりづらいところがあるくらいで、
全体にずいぶん明確な文章で迫力のある記述が
現在の金融危機と経済事情を説明している。
特別な経済学が、経済理論が顔を出すわけではない。
ウォール街がどのようなことを行っているか、
なぜそのようなことが可能になったのか、
どのような人が存在しているのか、アメリカとは
どのような国(金融面の)なのか、がよく書かれている
と思いました。そして思ったのです。
この金融の現実を、経済の現実を、しっかり
解き明かす思想が、つまり経済学があるべきだと。

次に何が起こるか、世界経済はどうなるのか、
予想が確実に当たる意見の持ち主は誰だ?
これが経済学者と言うべきなのか。私は
そういう考えをもたないのです。

予想というなら、当たり外れがありますが、
当たったといっても正しいと言えるのか。
外れたといても、当たっている部分もあると
弁明は可能でしょう。つまりいくらでも
判定は変えられるのです。
擬似科学と科学は見分けがつきにくい。
当たる当たらないだけを基準にするなら
区別はできないでしょう。

神谷さんは、経済学には言及しません。
見事なものです。しかし経済学に求めるところは
大です。経済学だけにとどまりません。
政治や哲学、さらには文学や芸術にまで、
つまり豊かな社会、生きるに値する社会を
世界中につくるための努力を求めています。
なぜ勉強するのか、するべきなのか。
学問をするのは何故なのか。この問いに
答える決意をしなければ、問題に立ち向かえない。
「ウォール街とは恐ろしいところである。
ハーバード、イエールなど超一流の大学を
卒業して社会に出てきた人たちは、いったい
何を学んで来たかと思う。」と書くのです。

そして(続き)

2008/10/24 00:28:26 麻田佳明

不良債権を処理した過程で、債務の株式化
が行われた。要は、借金を返さないで
株券に換えたわけだ。これで、ゼネコンは
借金が棒引きされ、大株主として銀行が
入り、自己資本が増強された。銀行は、
不良債権が縮小して、財務内容が改善された。
税務署は、赤字ゼネコンが計上する債務免除益
に課税できた。三方みんないいことずくめだった。
でも銀行の預金者は低金利政策のおかげで、
受け取るはずの利子が受け取れなくなった。
これは預金者の損失のはずだが、そのようには
説明されない。しかしこれが上記3者の得を
生む原資であった。預金者が経済を救ったのである。

ここで立木さんは提案します。国の借金も
株式化したらどうだと。いまや公的借金は
1000兆円で不良債権化している。
国の資産を別会社に移して、国債所有者に
償還しなければならなくなったら、この会社の株券
と交換してもらうようにする方法だ。
この会社の経営には株主として注文がつけられる
わけだ。お役人さんの仕事ぶりも世間常識の
通用するものとなるのではないか。

第6講 日本型資本主義は家族の敵である
家族を解体する方向に経済が促している。
保育、教育、福祉、食事など、伝統的には
家族内で行われたいたものが外部に頼るような
やり方になってきている。外部化=商品化。
時価会計や減損会計など会計革命が家庭にも
影響している。企業での人の評価までもが、お金に
関係しているからだ。

ここでも提案があります。企業には減価償却
という将来投資への貯蓄つまりは儲けの蓄積
を奨励する便法がある。これを家族へも
適用できるはず。世代間減価償却モデルと名付けた。
世代交代への費用には控除を認めるのだ。
出産・育児・教育の費用が対象だ。

第7講 アラフォーのためのマイホーム経済学
人口減少時代の縮小経済の第1講とこの講だけに
「経済学」がつきます。経済の実態という
使い方では「経済」、だから対策を考えよう
というと「経済学」ということなのか、としか
私には理解できません。
土地神話は所詮は税制の結果に過ぎないという。
建物にかかる税が土地に対するより大きすぎる
らしい。
私は税の掛け方と資産の流通の関係は理解できない。
土地所有と社会のあり方は律令制の時代から問題であった
という程度にしか理解していませんから。

補講 この国の財政再建は夢のまた夢
年長者ら既得権者は歳出カットを嫌うが
増税も嫌う、で最後は問題の先送りだ。
先は、インフレと国家破綻しかない。

こうして若者への同情と政治への悲観、なんとか
あがける方策への糸口探しなどを示唆したのだろう
との印象ですね。この意味では、私としては
特別な肩入れはないのですが、興味を持つのは
経済学という学問への信頼ないしは評価です。
金子さんの経済学者ぶり(経済学の水準)と立木さんの
経済学への視線(経済を考える能力)に
共通して感じるのが経済学そのものの
把握の仕方です。どこか経済学は自然科学のような
学問と同類視しない、いやできないという判断
があるのでしょうか。

批判的でも・・・・なんか

2008/10/23 00:55:22 麻田佳明

「うそばかり」で、経済学の旅をしようと言います。
いろいろ眺めて見ようというのでしょうね。
章ではなく、講で分けます。

第1講 時間が重圧になる時代の経済学
人口bonus・・・高度成長時代。人口が増えていた。
人口onus・・・2004年が人口の頂点。生産年齢人口
(15才〜64才)は90年代後半には減少に転じている。
経済にとって、すでに人口構成は足かせとなっている。
自由が利かず、従属人口が生産年齢人口に近づく時代に
入っている。出生率が2を切った70年代半ばに、人口
オーナス対策に手を染めるべきであった。話題の後期高齢者
医療制度でもっともしわ寄せを受けるのは、若い人で
構成する派遣会社の社員であるとの報道は6月だったが、
これは小泉政権のときに決まった事で予想されていた
はずだ。
生産年齢は時間を切り売りできるが、老人は買うしか
できない。

第2講 経済をサキヨミするためには記憶を消せ
経済政策を作るのは年長者。その記憶は
高齢者は弱者、不動産は値上がりする、大恐慌から
ケインズ政策は救ってくれた、資源は採掘から
消費まで先進国が支配する、食糧は自由市場から
調達可能、などである。

第3講 経済的に追い込まれた若者に逆転は可能か
就職活動だけでなく、結婚のための活動(「婚活」)が
行われている。均等法カップルを羨んでいたら
結婚できない。DINKSではなくTINKS
(カップルの総所得が、一般家庭の3倍)が生まれている。
若者の格差が拡大している。若者の貧困と共に問題である。

第4講 流転する経済法則とそのジレンマ
要するに、90年代以降の経済不振と政策不在の
問題である。市場任せでは上手く行かないが、さりとて
政府が前面に出て上手く行くわけでもない。セーフティー
ネットの整備と経済のよどみ解消策が必要になるところ
を放置しているから、一方的に若者にしわ寄せが行く。

第5講 金融立国に変身できないこれだけの理由
日本版金融ビッグバンが物足りない
① 改革の不徹底(既得権益者の抵抗、国民の守旧願望)
② 金融機関の淘汰が進んでいない
③ 国民の意識改革が不足している(家は株式以上の
リスク資産)
自分で考えなければならない投資には億劫な一方で、
元本保証の金融商品を好む国民性向ではむり。
日本では有望な投資先が見つかっていない。
国債ばかりが膨らむだけだ。だいたい日本銀行は、
市中銀行を基準にすれば自己資本率7.6%で
落第だろう。国債への依存も他国に例がないほど
だし、日本ならではの存在だ。

そうか、15日か

2008/10/23 00:08:33 麻田佳明

もう納会をスケジュールするときになっている
のですね。11月15日(土曜)「天寅」ですね。

女子の1、2年生の成長が期待されます。
むろん3年生の成長も期待しますが、
どんどん力をつけるのは、なんと言っても
若いほど輝いて見えますからね。上級生の
成長は、計画し計算してのものですから、
予定通りであるべきと、ちょっと堅苦しい
ところもありますが、1、2年生の成長は
計算しない予期しない面があって驚きを
ともなうものです。驚きが輝きになりますね。
予定と予定外の対照が人間的で面白いですね。

男子は、1年生の成長が期待の的でしょう。
後衛3人の個性の違いが楽しいですね。
敏感な精神派の江口・・・厳しいテニスを
期待する。激しさと厳しさは、諸刃の面を
持つ。コンパクトに引き締める要領を忘れないように
する点がなかなか難しいが、考えることを
しっかり行えば必ず実現できる。
柔らかで早いテニスの吉永・・・・力の集中と
広い運動範囲をいかに実現するかが課題となる。
力を集中させるには、一つ一つ課題をこなして行く
根気の良い練習が必要となる。小さな動きでは
力だけでなく速さも身につかない。時間的に
すべてを速くして、早く早くテンポとリズムを
自分の物としてテニスをするように練習する事だ。
暗い気持ちではなく、明るく朗らかに楽しくボールを
遊ぶのだ。手で遊ぶのではなく、足、脚、腹、胸、腰、
肩、身体全体で遊ぶ。
ゆったり大きい松村・・・・まだまだ小さい。
もっと大きく、もっとゆったり、で、激しく
力一杯ボールを打つことだ。豪快に打てば良い。
ばらばら、放り投げ、後は知らない!、という心ではなく、
相手前衛を警戒させ、相手後衛を後ろへ遠ざける
ように大きく大きくテニスをする。構えと
打ち方、走り方を考えるのだ。その上で球の質を
考える。これが打ち方になる。なんと小さい打ち方か。
鋭さや厳しさも大きさを印象つける要素であることも
考慮に入れるべきですよ。

まだまだ3人の身体ができあがっていない。
心だけでなく肉体ももっともっとテニス的に
頑健なものとしなくてはなりませんね。
速く広く複雑な運動を可能とするように鍛える。

考えることは、何であれ、対象が何であれ
考えることは興味深いものです。(下手な考え
休むに似たり、が格言なんですね。特に
私にはね・・・・)

考えるということと学問するということが、
どうも引っかかるのですね、どうも・・・・・。

金子さんが、学問というでしょう。
立木さんも、常識といいながら学問も
使うのですね・・・・

女子部の練習日程

2008/10/22 09:45:47 馬場 千夏

女子部主将の馬場です。
秋リーグで幹部交代しました。
どうぞよろしくお願いします。

オフまでの練習日程を連絡します。
平日は月木金の5限の時間帯で行います。
土日祝の予定は以下の通りです。

10月
25関六@京大 26フリー

11月
1フリー 2練習試合@神大 3午前 8〜9新進大会 
15納会・OG戦

連絡が遅れて申し訳ありませんでした。

オフに向けて各自の課題を見つけ、成長できるようチーム一丸と
なって頑張っていきたいと思います。
応援よろしくお願いします。

失礼します。

意外に?

2008/10/20 23:59:49 麻田佳明

上手く受けつけてもらえましたね。

適当に書くので(というか
いい加減に書いているので)
ほんとうに言葉がいい加減です。

そもそも曲がりなりにもなんて
間違っていますね。世界での
科学への青年の主張は正当に
取り上げられているように思います。
アメリカでは宇宙実験を
高校生にアイデア募集という事も
勢力的にやっていますね。
自然科学ではこれだけやっているのですから、
経済学も同じような主旨でやれば良いと思うのです。
これを政治学でやろうとすると
なかなか実際にはできないでしょう。
社会科学や心理学ではちょっと
考えつかない。そのようなテーマがないように
感じます、いえ、思います。

経済学だけは、科学として
自然科学と同じように考えることができるかもしれないと
いい加減ですが、根拠がもう一つ
あやしいのですが、そう思うのです。

心や気遣いに、親切や助け合いに、
博愛や人類愛という論理ではない
論理として経済学という学問の
存在意義を考えることができるのではないかと
思うのです。
自然科学は、戦争や食糧難、あるいはエネルギー
と資源について、どちらに向かうかで
議論が深みにはまってしまうような問題にも
なるはずですが、そうならないで
世界に呼びかける一面を持っています。宇宙開発や
自然の神秘という面が強調されます。
経済学にも、そのようなどこか探せば
見つかる面があるのではないかという
気がするというだけのことなんですが。

数学的という事になってしまうのでしょうか。
精神が重要なんですが、
論理が立場を超える実際的な面を考えるのです。

SF小説:宇宙人に精神論をぶつ話しは
ないですね。でも宇宙人は人気があります。

そういうことでは、思いつきですが

2008/10/20 23:41:38 麻田佳明

実はこれは昨日の書き込みです
(受けつけてもらえなかったのです)。
今日はどうでしょうか?

経済学に関する書評、主張、論文を
大学生に広く募集して定期的にまとめて
発行する雑誌があっても良いように思いますね。
学生運動が消え去ってしまい、大学生の
数も増え、経済学を勉強する大学生も
ずいぶんと増えているのですから、
世界の中で、アジアの中で、日本の
若者の水準を、人類への貢献を、世界に向かって、
先ずは何より同じ日本人に、訴える
には経済学はうってつけの科学ではないですかね。
自然科学の学生研究は曲がりなりにも
あるようですから、経済学を科学たらしめる
意味でも(つまり難しい学問というのではなく、
人類にとって、いや日常生活の理性的な知識
として、民族と国を越える事ができる)
意味はあるように思います・・・・・。
下流大学なんてどこかへ飛んでしまうと
楽観するのですが。

見ていたかったのですが

2008/10/20 01:16:23 麻田佳明

定例の読書会があるので
日曜の練習を見る事ができませんでした。
ただ午前中ちょっと所用があって
コートを一瞬覗きました。そしてすぐに
帰宅したのです。
真剣に練習していたと見えました。
もう少し明るさ大きさが見えると
もっと良かったと思いますが、ほとんど
見ていないので各人の胸のうちは
読み取れません。感じる事は、
自分のテニスの完成像がまだ明確でなく
楽しみを抱えて練習しているように
こちらが見抜く事ができなかったという事です。
そのうち堂々とした姿が見えるように
思います。それを楽しみに気長く見ていましょう。

話しは変わりますが、立木さんの新書の
内容を見るのが興味を引くのですが、
帰宅途中で覗いた本屋で見つけた金子さんの
岩波ブックレットNo.740
「世界金融危機」(金子さんとアンドリュー・
デウィットさんの共著ですが)が面白かったです。
「閉塞経済」と全く同じ内容です。といってしまうと
間違いですが。新書の方は、経済学を論じるという
主旨で書いてあります。ブックレットの方は、金融危機
の解明です。こちらの方が論旨が明快で
よく解かります。つまり経済学は表れて来ないのです。
経済学が使われているのです。今年の6月から
9月まで雑誌「世界」に執筆した「グローバルクライシス」
をまとめたものだそうである。

私が思うのは、新書を読んでも経済学が
直接関係してこない、たしかに主流派経済学に
不満であるという主張は良く理解できるのですが、
経済学という学問に対する理解は進まないのです、
ブックレットは現下の経済状況が理解できるが
経済学がどのように分析するかが良く分からない、
経済学とは道具なのか思想なのかがどうも
不明のように感じてしまう、こういうことでは
新書もブックレットも同じである、ということですね。
経済学者の思想がどのようなものか、なぜ
その思想がその学者に生きているのか、こういう
点に大きな空白を感じてしまうのです。

経済学の学問(むろん科学として)の世界の
戦いが感じられないのです。日本だけの
問題なのか、経済学だからなのか、政治が
深く絡むからなのか、大学組織の問題なのか。
ジャーナリズムの問題も含め、経済学の
啓蒙書のあり方を考えると、もったいないと
感じますね(もっと国民を、市民を信じるべきと)。

追いつきました

2008/10/19 00:47:56 麻田佳明

ここ一月ばかり現役の足取りが
速くて追いつけませんでしたが、
今日(18日)やっと追いつきました。
正規練習を見ることができました。
先ずは元気に練習をしているようでした。
しかし変化も見られます。折角京都選手権
大会に参加もして頑張っていたのに
野木が顔を見せていません。いま伸びようと
しているときなのにもったいない。

四回生がほとんど顔を見せなくなって
三回生以下の8+5+5=18名で
新しい戦力を構築するときになって
希望に燃えて進むときです。日が短くなり
練習時間がたいへん短くなっています。
新しい目標と工夫をしっかり持って
充実して練習してもらいたい。もう後1月で
シーズンが尽きてしまうのです。
今年最後の締めくくりを来シーズンへの
足がかりをきちんと作るという目的を
果たさないとなりませんね。

メンバーがしっかり揃わないというのは
どこか不安を感じさせるものですが、
今日はコートが賑やかでした。
医学部のソフトテニス部が一緒に練習しようと
参加したからです。男女ともいまや医学部の方が
部員数が多いのです(ざっと倍ですね)。
本格的にテニスをやりたいと意欲を燃やす
部員も多いようです。また瀬戸山監督の激励
もあるようです。単なる交流というだけでなく
切磋琢磨を真剣に行うという真剣な思いで
一緒に練習を希望する部員にはこちらも誘って
一体化した練習をすることができるでしょう。
立場や条件が同じではありませんから、戸惑うことも
あるかもしれませんが、きちんと話し合って合意点を
確かめておけば、無理な注文を付け合って
仲違いすることも避けられるはずです。共に成長することを
求められる場面もあるかもしれません。譲る
余裕をもつ強さもテニスの上達には必要です。
機械を相手にテニスをするのではないのです。
人を相手にスポーツをするのです。人を知ること
に技量を磨かなくてはなりません。私もさんざん
失敗を重ねてきました。決して若者を導く
資格があるわけではないのです。ただ、しんどい目や
苦しい目にたくさんあってきた、要領が悪く、
考えが浅く、後悔する事が多かった、もし
何かの事で慰めや癒しの真似事でもできるなら
参考にしてもらえないかと考えているだけです。
同じような坂道を、荒れ道を進んでいている
若者に声援を送るだけなのです。

学問をする傍らで、スポーツに精を出す
ことに深い意味を感じているのです。そして
その意味を信じているのです。
学問とスポーツの両方に意味を持たせていたい
ためです。どちらか片方だけというやり方もありますが、
どちらも共にというやり方もあるからです。

じっくりは辛気臭いです

2008/10/16 00:49:26 麻田佳明

金子さんはいろいろ論じています。
経済学と銘を打つので、私は混乱します。
主流派経済学では、90年代以降の経済は
説明できない。それでは金子経済学は
どう説明するのか。こういうことなのでしょうか。
もともと、モラルハザードへの警告と
セーフティー・ネットの提言は一貫した主張です。
今回はインセンティブ制度設計を組み込んで
うまく行くはずがない、なぜなら平等論を
深く検討すべきだからとして、すべてが平等
というのではなく平等の多様性をダーウィン
「種の起源」に規範を求めます。
また、いわゆる日本の構造改革論者は
カール・ポパーの「科学であるためには、
反証可能な命題でなくてはならない」という条件を
無視した論を吐いているという。結局
いくら経済の自由化と言っても、自国の経済主権が
奪われるとなれば、その領域の開放には慎重になる
のだ。なぜ日本だけが言われるままになるのかという。
また、経済成長の要因について、教育と労働力、
政府のリーダーシップと経済政策の戦略性、
その国が持つ経済のボトルネック、経済の成熟度、
福祉と再分配などを含めた多様な要因がある。
インフラ投資として、教育、環境エネルギー革命
に投資をし、政府交渉力を高めるべきとする。
経済の複雑な要因を知り、国家戦略を立てる思考が
「構造改革論」「規制緩和論」ではほとんどが失われる。
「国がやればみんな失敗する」「民間がやれば
常にモデルは均衡に達してもっとも効率的になる」
というロジックで、現実離れした議論がそのまま
適用されてしまうのだという。
制度改革に必要な思想としてセーフティーネット
の用意をが欠かせないのに、インセンティブ制度
の設計にすりかえても成功するはずがない。
現実をよく見て、従来の枠組みを変更する
必要がある。シュンペーターのイノベーションにしろ、
ケインズの市場の有限能力論にしろ、しっかりと
現実を見て考えている。主流派経済学の教科書を
そのまま借りてくるだけでは不可能な経済である
と書いています。

新書y(Y760) トラスト立木さんの
「この国の経済常識はウソばかり」洋泉社
も著者としては、ずいぶんと違う書きかた
と評すべきでしょうが、私は同じような
印象を持って読みました。
時間と記憶をめぐる経済学の旅とうたっているから
です。時間というのは、世代をまたいでいるという
意味です。記憶というのは、政策なり
対策なりを立てるのは、年長者の考え方
であると言うことです。つまり若者が
一方的に犠牲者となるという観点を
もっているということですね。

私なりのじっくり

2008/10/16 00:06:39 麻田佳明

確実な足取りは、焦りをさそうように
見えるかもしれない。でも焦ったら
確実さは消える。幻となる。確実とは
そんなものではない。

といいながら、私がとことこと歩いている
のは、まあほんの遊びかもしれないのだが。

「長期停滞」は、日本のことであった。
バブルとその崩壊を繰り返しながら
経済がちっとも進まないのは、短期の
波動ではなく、中期と長期の波動が重なったためだ
と解いて、腰を据えて取り組まなくては、
つまり構造改革の一言で片付くような問題ではない
と小泉内閣の経済政策を批判していた。
「閉塞経済」で、90年代の長期停滞を、
アクセルとブレーキをともに踏むことを続けて
いたと総括している。今回の方が理解が容易だ。
第2章に、効果のある政策として書かれているのは
次のことだ。不良債権をしっかり処理するとともに、
財政政策、金融政策を補助的に使う。実体経済の不況と
信用収縮が連鎖するのがバブル崩壊だから、この悪循環を
断ち切るため、不良債権損失を確定させ、資本を増強する
迅速な処理をする。中央銀行が流動性を供給し、
銀行は流動性が不足する矛盾を解決する。以上である。
今現在アメリカに起こっている金融不安を見ると
その指摘が良くわかる。当時アメリカは日本に
不良政権を早く処理しろと迫っていた。時移り
今度は自分の番である。日本はどうするか・・・・・。

第3章 格差とインセンティブの経済学
格差問題は、進めば貧困問題となる。この問題は
主流派経済学は避けてきた問題である。
正義の問題となるからである。分配問題と
すりかえて価値判断の問題としている。
ここでは機会均等と結果平等は両立しないと
前提している。そして機会均等を優先するのだ。
しかしこの前提は疑うべきではないかという。
また新しいタイプの不平等として格差問題を
とらえる。つまり世代を超える格差問題という。
いまある横の格差が、縦の時間で累積するという。
さらに、平等という概念が、すべての人が
平等で同じ状態を考えているため、新古典派と
マルクスが同じ経済学になっているという。

届いていますか?

2008/10/14 00:09:24 麻田佳明

蒼穹51号用原稿を電送しました。
OB会報原稿を電送しました。

OB会報については、会長交代についての
報告も載せるべきと考えます。
少し時間はかかることも覚悟して
会報編集をお願いしたいと思います。

OB会活動について現役諸君の
ご苦労をお願いすることが多いのですが
歴史の長い部であるからこそと
容赦して考えてください。

難しくても

2008/10/10 01:30:36 麻田佳明

あまりに速くて目にも止まらなかった(?)
からか、記憶があやしいのだが、奥さんの
中山さんがしっかり者(頑固者?)の
中山大臣が政治家の使命を叫んでいた・・・・。
その使命を同志として担うつもりの存在が
少なく無いことが予感される(フォローする
政治家が何人も居るような報道がある)が・・・・・。
私が関心を持つのは、その問題が
特種な人ではなく、一般的な人が
使命としていると主張するからである。
特殊な立場に居るから、その立場の存在を
無視するなと言う主張ならば理解ができる。
ところが主張はそうでは無い。
しかも論理は、本来はすべての人にとって
使命であるはずというものである。反対する方が
特殊な、したがって限られた人なのだという。

このような論理の立て方は、思想的な
違いを離れて、主張を押し出す人々に
多く見られるように私は感じている。

こんなことを取り上げて遊んでいても
仕方が無いのであろうけれども、
どうもお尻がむずむずするのが静まらない。

一方で、兵隊を海外に送ろうと官僚や
政治家が懸命になるが、兵士の気持ちを
汲み取ろうと言う主張をする人は少ない。
戦争は悪だから、憲法から抜いてしまい(あるいは
否定してしまい)、無いことにしてしまえばよい
と言うだけで、現実から目をそらしてしまうのも、
日常では当然だろう。
今日の生活がどれほど格好がつくか
に関心が高まっているのが日常である。
したがって兵士の気持ちを考える人は
イライラを募らせているに違いない。

一人一人が、自分の主張を声高に
叫んで、自己の満足の程度を訴えて、
彼我の差異をどこまでも問い、不平等に
己の権利の侵害を告発し、補償と改善策を
要求するのは、社会の進歩に著しい貢献を
している。しかし社会の不安と統治の弱さに
不満を募らせる勢力も増加する。

TVでコメントを喋る人達は、結局商売用の
コメントを言うしか無い。ノーベル賞受賞者にしても
取材陣に満足を与えるしかない。
社会が与えた評価だから、社会に合わせるしか
対応の仕方が無いとは了解しても、どこか
おかしな納得の行かない点を感じるのだが・・・・。

一人一人の不満と満足が、社会の中でどのように
意味を獲得して行くのかを考えるとき、マスメディア、
とくにTVの報道の現状は無能のそしりを避けられない。
この側面でみるとき、経済動向の問題は
理性の働きが非常に弱い、ないしは反社会的な
対応しかされていないと見ることができる。

平均値ばかりでなく、そのまわりでの散らばりの
広さにも大きく注意を払う知恵が必要だろう。
(テニスでは、1本すばらしいプレーが出ても、
悪い1本で帳消しになるから、平均ばかり、とくに
練習時の平均ばかり気にしていても上達しないですね)

いつもお世話になってます

2008/10/09 18:07:28 くれしま

くれしま(のうくれ)の店長です。先輩方の時代から当店を利用
して頂き本当に有難く思っております。
現在、のうくれでは昼のランチにつけ麺(カレー味、広島風味)
並から大盛りまで580円で提供しております。夜はコラーゲンたっ
ぷりの「もつ鍋」が好評です。
また皆さんでご利用ください。
今後の現役方々の健闘、くれしま一同期待しております。これか
らもよろしくお願い致します。
のうくれ店長、青山いちろう

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