蒼穹掲示板

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監督不行き届き

2009/06/06 23:54:47 麻田佳明

と、いつもにも増して叱られてしまいました。

そうですね、あまり話しを急いでしまうと何の話しか
分からなくなります。順番に話して行きましょう。

まず、お天気です。ずいぶんとよいお天気でした。
絶好のテニス日和です。相手もそうですが、こちらも
乗って行けそうでした。
神戸には負けました。元気のよい神戸らしいテニスでした。
立命には3−④、同志社には2−⑤でした。

全体的に京大がもっとも声が出ないテニスです。
特にプレーの一つ一つに声が出ません。波に乗って
テニスをする勢いが作れないからでしょうか。
一生懸命テニスをしているのですが、予想が
不足している、計画がない、意図がない、という
ことになるのでしょうか。
うまくポイントをとっても、あるいはうまく相手に
ミスをさせても、それではもう一度とはたたみ掛けない。
簡単なミスを、ダブルホルト、レシーヴミス、ストロークミス、
をしてしまいます。何を考えているのか?
見ているこちらには、まったく不明です。
こんな流れの中で、いきなり遠くのシュートへの
ポーチヴォレー、むろん届きません、いえ、届きます、
すごいなー、しかしミスです。
こんな流れでも、ボールカウントは2:2には結構なります。
ゲームカウントも結構競る場面もあります。相手も若手は
緊張しますからね。

ま、仕方がないか、いや山元さんや二宮さんは
厳しいです。監督の責任やな。

西日本大会、7月始めに岡山であります。が京大は
参加しません。授業を欠席できないからです。土曜日曜
が挟まれないので無理のようです。日程を決めるに際し
学生たちはどの程度考えるのでしょうか。参加が厳しくなる
状況の調査意見聴取などは当然ですが、当然とすべき
意見を強く出す必要もあります。学生の自治能力が
不足しているのならスポーツをする能力も限られている
と見るべきです。たしかに監督不行き届きです・・・・。

楽しく元気に面白く

2009/06/03 23:44:26 麻田佳明

不安定な天気ですね。楽しみな土曜日の試合は
何とかできるでしょう。なんとかやりたいものですね。
リーグとはまた違ったテニスの面白さが味わえますよ。
テニスは面白い、スポーツは面白い、勝つことは
何より面白い。そしてとにかく楽しい。やるだけ
やり尽くすことの愉快さ・楽しさ・面白さを知ってしまうとね。

それでもやり尽くすには、まだまだ意欲が足りません。
どこか遠慮気味です。まさかと思っているところがある、
これが私の感じるところです。もっとリアルに自分の
プレーを見てはどうですか。どこかボールが遠い、
見えているのでしょうが、自分の手の中にあるとは
考えていない、門が在り扉越しにしか見ていない、
こんな風に見えますね。しっかり自分のボールとして
思うように扱うつもりにならないと面白くないのです。
これを・ここへ・このように、あれを・あそこに・このように、
こんどは・あれを・あのように、つぎは・これを・あのように、
・・・・・・相手も同じですから、交互にこのようなことの
繰り返しです。実に面白い、飽きませんね、いま
でも続けたい、そして自由に切りたい・終わりたい、
でもそうは行かない、この切れなさ・切らない心、
これを理解することの豊かさを知れば、テニスの理解は
ずいぶん進んでいるのです。

いつ切れるか、切ってはいけないのはどのようなときか、
これをしっかり把握してもらいたいのですが。これが
ずいぶん水準が低い。すぐに切ろうとする。切れない
のを切ろうとする。確かに切れるが、正確には、
相手に切られてしまった、のだ。それをまた念の
入ったことには、自分がミスをしたと簡単に自分の
責任とする。とれない責任をとって、したり顔。
これでは、つける薬は無い、張るべき膏薬もない。

倍の注意、倍の仕事、倍の苦労を覚悟して
楽しんで欲しい。ちょうどよい戦い方なんて
10年は早いと修行に精を出すべきですね。

お花とお茶も

2009/06/02 23:54:59 麻田佳明

よいお天気でした。ますます元気で土曜日に
備えて欲しいと思いました。楽しい、思いきりテニスのできる
機会なのですから。躊躇も何も、これはどうだとばかりに
思いつく限りのテニスを試みるとよいのです。

技術は必要です。技術もなくて戦いようもありません。
それでも、技術の前に戦いの心がなくてはならない
はずです。練習をつんで戦いに出る。なるほど、
なるほど、その通りです。で、その戦いは、どのような
ものなのですか、どうやって知ったのですか。生まれつき、
本能で、もとから知っている・・・・・・。ならいいですね。

どんなものか、本気でやってみなくては分かるはず
がないのではないと思います・・・・・、私は。
誰かが親切に教えてくれるとよいのですが。親切な
大人は結構周りにいるものですがね・・・・・・・。
私自身は、教えてもらったと思いますが、教えてもらった
はずのことほど、どうも違っていた、との思いが強か
ったような印象があります・・・・・、いえ、定かでは
ありません。結局かなり分かった後から、あーそう
だったかな、そう言えばそうかも分からないが・・・・、
というような感じですね。決して分かりがよい方では
ありませんので、参考にはなりませんが。

分かるときが来たら分かる、分からない間は、
教えられたって分からない。教えて分かるなら、
すごいことだが、よほど優れた人同士でないと
話しのようにはいかないのではないか・・・・。
別に悲観的に考えているのではありません。
どちらかといえば、楽観的に考えています。
でも、先に教えてもらえれば、準備ができる、
とは言うものの、それほど簡単には準備ができる
わけでもない。もしうまく行った例があるなら、
なにかその理由は別にあるように思います。

ただ、ちょっと違う角度からですが、考えられる
要素があるように思います。一般的な「作法」
のようなものを心得ておくと戦いの場である種の
落ち着きを得られるのではないか、と思うのです。
剣道の素振り・・鋭さをある水準で獲得する
柔道の受け身・・・相当な投げられ方を経験しておく
丁寧な挨拶、美しい所作、穏やかな表情、
涼やかな目元、落ち着いた澄んだ声、
裂ぱくの発声(オー、ヤー、ターなど)、
それに
華道・・・・・挟みの使い方、頑丈な枝など、相当な
力が必要な切断を乱れず行うこと
茶道・・・・・熱湯の扱いに安心感が漂う所作、
茶をたてることは必要条件、もてなす心こそ
が肝要

それでは、われわれのテニスでは、どのように試合に
プレーするのか。全力をあげて、適切に球に向かう。
経験の多寡にはとらわれない誠実な心とその現れ
としてのプレー。そのための制御法の修得意欲。

冗談でも・・・・

2009/06/01 23:43:23 麻田佳明

さきにあまり明確でないごたごたと続く話しを書いてしまいました。
テニスの話しですが、だからテニスについてですが、
ただこのぐたぐた感を持ちこみたいがための、
無駄口をたたいてしまいました。
幻を信じるくらいなら、苦労は覚悟の上で、
手作りで一歩一歩進んでもらいたい、高速道を
高級車で一走りとはいきません。
道を作り作りで進むのですから、前進なんて
それこそどれほどあるか。でもあればその前進は確実です。
事故を起こしてもきっと前進するでしょう。
何があっても進むでしょう。このがむしゃらが
良いではないですか。
こんな感じですね、だから、先だっての試合はもっと
がむしゃらでよかったと思うのです。ちょっと大人しかった。
ずいぶん目一杯に頑張ったのですが、どこか
遠慮がありました。恰好つけがありました。もっと勝ちたい、
勝つぞの意思をプレーのがむしゃらさで表しても
よかったのではないですか。
とくにミスを怖れたかのようなプレーぶりは
もったいないと思いましたね。何かを狙って
ミスをしたというのは、当然のことですね。恥じること
ではないでしょう。ミスをするはずがない、とは
思えないはずですが。ミスを怖れてはテニスになりません。
これはここでも何度も書いています。そして、ミスをするようでは
テニスにならないとも常に言っています。つまり
2つの矛盾したことを私は主張しているのです。

ミスを怖れず、そしてミスをしない。

もっと進むと、ミスをしない、そしてミスを
してしまった、いやさせられた、でもないな、
ミスをしてしまったやな、やっぱり。こんな感じか。

だいたいが、ミスかどうかが、そもそもだいぶ
考えないと・・・・・・、ペアで話し合っても、
ミスやない、いややっぱりミスやろ、相手が
うまかったのや、そんなことない、・・・・・・

何を狙っていたのか。どう言う状況やったのか、
相手はどうやったか、(これを書きながら、TVをつけている。
ダルビッシュ投手がWBCの話しをしている。「だいぶ
僕は頭がよくなったですね」と話している、うん、これですね)

試合を戦っている、本当に戦っている、と
ミスはしません、そしてミスをたくさんしてしまいます。
自分も相手も。偶然が必然をうわまわります。

降ったり晴れたり

2009/05/30 23:38:30 麻田佳明

今日は関西六大学対抗戦、対関大戦と対関学戦を
観戦しました。関大には0−⑦、関学には2−⑤という
結果でした。ちょっと勿体無い試合ぶりでした。
もう少し戦闘モードで試合ができれば力を出せたと
思いますから。単純なテニスですから、ミスをした時に
倍にしてお返しをする気持ちを持たないと戦えません。
もう少し内容があってメンタルな要素も現れるようなら
偶然の及ぼす場面も期待できますが、人為的な
狙いの単純な結果テニスの場合には、激しい
勝負の展開にスタミナが切れるようでは遅れをとるでしょうね。
相手の狙いを察知したら、丁寧にきちんと全力で、
必死になって対抗するだけです。狙いを封鎖すれば
すぐに対等が実現します。つまり相手は引いてしまうのです。
事実そのような展開になった試合が幾つかありました。
テニスのゲームを、マッチを楽しむことに徹して
戦えばよいのです。だんだん調子を出すという
あまりにゆっくりムードでちょと独善的に、というより
お人好しムードでとりかかる、というかまたは、
遠慮が先行して先手先手にしかけさせてしまう
という対決の仕方では、相手十分に始まることに
なります。そんなにハンデを提供しなくてもよいはずですね。

以上ちょっと説明したような点を改善して
自分のテニスを持って対決してみてください。
楽しんでください。さあ腕をぶしてください。
良い感じで試合に入りましょう。相手の狙いを封鎖しましょう。
こちらが厳しくすれば、相手も厳しく出てきます。
これがしびれます。だから対決です。もっと厳しく出ましょう。
相手の予想を上回るのです。相手の狙いを封鎖するのです。
ここから始めるのです。

と言うのにも拘わらず??

2009/05/30 00:02:50 麻田佳明

楽しいテニス、思うように強くならない。現状分析。
現状批判。不満。自分への不満。怒り。どこへ持って行けば
晴れるのか、よく分からない。根気のない、落ち着きのない、
考えの足らない、結局は情操が不足、教養が不足、
文化が不足。そう見られるのがまたしゃくの種。虚栄。
見栄。格好つけ。でもその方がよりまし。始めから
そんなん放棄、ではあまりにええ恰好しい、ちがうだろうか。

といっても、商売に煽られるような、恰好つけはなあ。

だからここは楽観と理論、骨太の方針ではないが、
理論的な見通しがあれば、自分のやり方で、自分の
歩幅で地に足つけて進むことができると思うことができ
るのではないか。
そんなに安心できる、いや信頼できる理論があるだろうか。
・・・・・・
・・・・・・
そうですね、まあそうです。そうですから、そう言って
しまってはね、ちょっと違うのではないか、と思う
のです。信頼できるか?と聞いてしまっては
どうなんですかね・・・・・。ここ等が年寄りのずるいところ
でしょうね。懐疑なのか、懐疑論なのか。懐疑は
誰にもありますし、誰にも起こります。懐疑論は
そうではないでしょう。
懐疑は、どうですかね、懐疑=質問、詰問でしょうか。
かなりの沈黙があるのではないでしょうか。
心の動き。よく動きますよね。この動きをどのように
考えるのでしょうか。こんなこと互いに聞くこともあり
ませんね。普通は。聞く相手はかなり限られてくる
のではないでしょうか。結構子供の世界は狭い。
広いようで狭い。大人の世界は広い。人の世界は
たいへん広い。狭いこともごくごく普通。だから
意外と広いこともあるというべきかも知れません。

どうもよく分かりません。勉強が足らないせいです。
懐疑論はあかん、とカントは反応したのでしょうか。
懐疑は当然とヒュームは深めたのでしょうか。
世間は勢力を持つやつがのさばるぞと警戒したのが
アダム・スミスでしょうか。
よく分かりませんが、なんとかかんとかぐたぐた
考えるという、このぐたぐたに、惹かれてしまうのです。

今日は頑張れと

2009/05/30 00:00:37 麻田佳明

なにかその前に存在があるべきと、なにか不足を
感じないだろうか。いえ、経験から来る発想ですが。
論理的な思いつきではない。経験上からくる勘です。
そんな冷静とか落ち着きとか計算とか観察とか
の前に目一杯のせっぱ詰まったどうにかしたい感
を持つ経験をした時の話しがあるのではないか、
そんな感じのことですが。要するに力を目一杯に
出している、力みかえっている、フルもフル、あまりに
フルで、ぶるぶる震えているぐらい。普通は
無我夢中、記憶がない、外から見ると馬鹿みたい
状態、でも何度かやっていると意外と記憶を残せる
精神がある事に気付いたという経験。そこから来る
発想に、こうすればどうなのか、なんかできるのではないか、
という切れ味の予想がある。これが冷静という経験。
そうかこれか、これを使えということか。力みも消えて
やるべきに特段の思い入れもなく、ただただ
しっかり取り組むことができる。取り組んでしまっている。
しまった。未来、現在、過去を当然覚えている。

もう何が何だか、論理的な散文でない。こころもち
を素描しているだけ。形だけでなく、ちょっとでも
色付けできればまだしもなんですが、そこまでの
筆力がない。

中級プレーヤーに向けてどのように進んで行くか。
基礎を固める必要がなくなったわけではない。そして
もっとも大事なことは、基本練習を本当に基本として
水準を保つ練習をすることです。ここの部分が
実現できるかどうか。いえ、まず言葉で表現できるかどうか。
意思を交換できるかどうか。コート上で意思疎通できるかどうか。
そのうえで、各人の工夫を見抜けるかどうか。互いに
評価できるかどうか。認め合うことができるかどうか。
性格も含め、人となりも含め、評価をすることができれば、
それをどれだけ暖かく伝えることができるか。
できればウイットとユーモアも十分交えて伝えることが
できれば、ずいぶんテニスらしい、と思うのです。
競争をもっと激しく、時に人格をかけて競うことにも
なるやも知れません。周囲にはしんどいことですが、
後後に残ると言う意味では、重たい存在ではないでしょうか。
そんな人がいたのだ、という記憶は、悪いものではない
と思うのですが。そんなやり方ですか、とテニスのやり方
を問われたい、と思っています。

風景とは・・・・

2009/05/28 23:43:30 麻田佳明

で、つぎに考えること。何故人は「あしき(悪業)」を
なしてはいけないか、その理由として4つが
上げられる。もっとも、これは釈迦の教えですが。

むさぼり(貪欲)・・・・日本中の、世界中の○○○
を手に入れてやろう。
いかり(瞋恚)・・・・・日本を、世界を、地球をぶっ潰して。
おろかさ(愚痴)・・・・・自分は天才だ、誰も分からない。
おそれ(恐怖)・・・・おそれていることを見せたら負け。

あしきをなさねば競争に負ける。負けたら終わり。
競争となると、どこか理由がなくなる。問わなくなる。
一目散、目を瞑る。だから競争するには
この4つは不可欠の要素ではないか、と。となると
さすがお釈迦さま、よくお見通しだと感心もする。
ではあるが、競争に勝とうとするものの自然な心、という
ならば、これは考えねばならない。
むさぼりが相手にある。そこを突く。とれるだけとる、
と来るはず、を利用する。2度あることは3度あるか。
いかりは怖い。へたに怒らせないに限る。でも自分は
どうか、怒りに狂って冷静さを失う。これはまずいのが普通。
でも強敵になら、怒りこそ最大の武器になる。普段の倍の
力が出るのだったら、何かに怒ろう。しかし、暴力はいかん。
不当な怒りはだめだ。自分の弱さはどうか、怒りの対象に
なるかもしれない。
おろかさは言うまでもない。ならば、格好つけは棄ててし
しまうのがよい。裸になるつもり。全力を出し切る。
おそれが最後に残る。相手の恐れと自分の恐れ。
不都合の大半はおそれが原因。現実から離れ、
予想がおそれにすりかわる。自分に未だ起こって
いないことには勇気を持ちしっかり相手を観察しよう。
そして相手がおそれから過剰に振れている
気分を揺さぶるプレーを狙う。強気と見えるプレーは
おそれからくる早く決めたいの焦りではないか。
自信があれば、焦りはすまい。冷静は勇気の恋人。

根拠もなしに、力を入れては単なる力み。
これでは自分からすってんころりと転ぶだろう。
といって冷静こそが唯一の勘所、とばかりは言えない。

混乱も

2009/05/27 23:58:10 麻田佳明

話しが面倒になってきたか、いや、混乱してきている。
競争が主題だが、一体誰と誰の競争なのか?
これが混乱のもととなる。人間生きている限り誰彼となく
競争しているから、敵だけでなく味方もライバルとなる。
敵も味方もないわけだ。だから部内の競争の話しが
大学間の競争の話しに入れ替わる。入れ替わっても
ちっとも違和感がない。話す方も聞く方もいつのまにか
入れ替えてしまう。

テニスの競争の現状を見ていた。部内の競争が激しくなってきた。
でも部内の生き残りをかけた競争の段階では無い。
それほど充実した内容にはない。ぺらぺらで、危ういものだ。
外との競争にこそ邁進すべきである。いまはその時期である。
これが主題である。ここをはっきりしておくべきだった。
だから対立ではなく、共同して工夫、工夫の連続を
求めた。ちょっとした工夫でも大きな前進になる
可能性が高い。やってみる価値があるのだ。試みる価値がある。
やってみなくては分からないのだ。これを次々と。
一息つくような休み休みやっているようでは実に
頼りない。先を争ってどんどんやって、疲れたら
仮眠でもとって少し休んだらまた急いで貪欲に
進む、そういう時期だと言いたいのだ。

であるが、話しは、ごてごてと・・・・・
虚無、でもなく。怠惰、諦め、無策、でもなく。
いきなり空、には飛ばないで。楽観的に希望を持って、
粘る、当てはないけれど、とにかく根気。何故、と
言われても、簡単には答えられない・・・・、んだけれど。
別に先に希望を持たせている(先ほどの希望と違う
つもり、天国を保証するみたいなのではない)ので
はない。敢えて言えば、そう「神」かな。全知全能
の存在。だってあまり考えなくてもよいから。
とりあえず全知全能に預ける、すると一応おしまい。
これ以上詮索しないですむ。というさぼるための仕掛け
ということにしておきます。自分の才能をそんなに高く
買いかぶらない。普通にする。設定は普通。(これでは
ニーチェとまるでさかさまなんだけど。まあ楽な方をとった
ということかな)

6月病になるかも

2009/05/27 00:09:29 麻田佳明


とにかく根気良く取り組まないとなかなか進みません、捗が行きません
ね。
気持ちが続くことが要点になります。気持ちが続くとは、しかし
難しいですね。続いていれば問題はないのですが、どこかで
切れるから問題となるのです。切るなと言ってもどうにもなり
ませんから。いや、なるかもしれませんが、理屈ではないですよね。
意思、意地ですね。団体の意思、集団の意思、指導者の意思。
政治家はそういう存在かもしれませんね。であれば時代
のものでしょう。そういう時代であったという・・・・。繰り返しのな

1回きりの歴史です。そのような歴史を生きたいという人も
いるかもしれません。歴史的存在でありたい・・・。私は
そのような考えはとりません。

根気良く粘り強く目標達成まで続けることができるか、
と自らに問うだけです。続けられるだけ続ける・・・・、
もうだめとなったら・・・・、うーん、そうなったらそうな
ったで、諦めるか・・・いやまだ続けるかも・・・・・、
そうならないうちから答えられない・・・では逃げかな、
逃げたのではないが、いや逃げた!逃げた!と
囃されるわな・・・・・

で、切れてしまうか。ぷつんと、切れてしまうとどう
なるのかな、そんなことまで考えるのやろうか・・・・
なんや面倒やな・・・・、まあちょっと一杯飲むか、
一杯飲んでから考えるか、思案するか、・・・、飲んでる内に
忘れてしまいそうやな・・・・・、忘れたら忘れたときのこと、
にしとくかな・・・・・

こんなん根気とは違うなああ、でも・・・・・

コートに立って、ボールを打ってみると、何やら知らん
やりたいことが思い浮かんでくるのやないか・・・・・。
コートを離れても、このやりたいことは膨らんでくる
のやないか・・・。ここらあたりやな、なんやら希望が
持てそうなんは。希望というより明るさかもしれん。
晴れ間。雲の切れ間。夜明けの光。
希望というところまで意味は明確ではない、
とりあえずの明るさです。
暗闇といっても慣れて来ると、いろいろな濃淡が
見つかる。この濃淡を意識に上らせていろいろ
自分の感情の反応を点検する。まだ根気は保た
れているか。自問する。じゃあどうする、何する、
なんかするか・・・・・。

思う、思うとずーと継起してきたことが、忘れたのは
分からんが、まあ忘れたんやから、分かるはずはない、
でも結構たくさんいろいろなことが並ぶ。この並んだ
ものを観察する。自分だけの世界だ。どれほどの
意味を持っているのか、そもそもこの意味をどう
やって確かめるのか、そんな方法があるのか。
でもそっちの意味は分からんでも、観察から
思いつく意味はその内出て来る。さてそれから
どうするか。

私が5月病かな

2009/05/27 00:07:57 麻田佳明

話しはテニスでした。激しい競争ですが、一寸した気付きがあれば
先行できるものです。抜きつ抜かれつ、追いつ追われつ、
逞しく明るく朗らかに競ってください。価値観ではありません。
気付きです。試みる、試してみる、うまく行くかどうか。
つまり大勢でどんどんやれば良い、工夫の競争なのです。
一人孤独に、隠れて修行するしかない、という類いではないのです。
好みはあります。そんな事は嫌だ、自分はやりたくない。
でも有効かどうかを判断することからは逃げないで下さい。
それも1つの解答だ。ならばその有効性をみとめてください。
そして自分の好みの工夫を見せてください。本当の
競争はここからなのですから。その先に、その競争自体の
存在意義の有無をも問うという問題も待っているのです。
疲れから来る問題なのか、それをしも競争の対象となるような
人をひきつけてやまない問題なのか、それはその時にならないと
分からない、としておきましょうか・・・・・。

技術論は楽しいものです。いろいろ知っている人とあれやこれやと
話しをするのは、それこそ四方山話ですから、楽しくないはずは
ないのですね。でもそんなにうまくは話しができないですね。
知っているからこその楽しさであって、教える楽しさではありません
から。教える楽しさは結構梃子を利かす類いの話しなんですね。
梃子の要領はいろいろです。でもかならず梃子を利かすうまみを
分け合う仲間内でないと話しが出て来ません。どんな仲間内に
なるかが実は前提されているのです。もうすでに梃子の働きが
始まっていると考えて間違いがないでしょうね。
技術論はなかなか語られません。自分達で工夫しなくては
手に入らないのです。自分で最後は工夫するしかないのです。
このことは競争だからということが原因ではないと私は考えています。
しんどいですね。疲れると気持ちは塞がるでしょうね。
でも虚無感に直接つながるでしょうか。わけを知ればつながらない
のではないでしょうか。「初心に帰れ」「初心忘るべからず」私は
この言葉で無闇な虚無感を払い除けています。

頑固であるべきと先ずは思います。根無し草との批評は
みだりに受けるべきではありません。信念は曲げるべきではありませ
ん。
しかし何を根拠に判断するかは真剣に考えるべきです。
考えることに勇気と飛躍を拒否するのは考えることの
否定だと思います。寝ていてくれれば良い。考えないで
いてくれた方が良い。これはある期間に限れば正解であっても、
もっと長い期間では不正解であることは多いものです。
梃子の要領にはこのような時間の長さが含まれます。
都合の良い時間の長さを密かに設定して隠してしまうのです。
考えるという意味が、このような梃子の利かせ方をすることと
するのには私は同意しません。この考えるは、騙す、
落とし入れる、罠にかける、策にはめる、などの言葉
が本来のもので適切なものです。考えるという言葉は、
このような策がいろいろ思い浮かぶが、さてその後は・・・
と一連の展開を広く深く検討することに対して使うべきと考えていま
す。

考えてみましたが

2009/05/25 23:46:17 麻田佳明

競争が激しくなってくると、知らず知らずのうちに
気持ちにゆとりが無くなってきます。競争に負けまいとする
のですから当然ゆとりが無くなるのですが、そう簡単な
ことではありません。ゆとりが無いという意識はなかなか
出てこないものです。未だ余裕があるという意識が
あるとき急に危ないと感じたり、追い掛けなくては
ならないと感じたりするのです。つまり余裕があるという
意識がそもそも気持ちの余裕を失っている状態
なのです。
追い掛けると決断できた時点で気持ちは楽になります。
かえって気持ちにゆとりができると云っても良いのかもしれません。
追い掛けるについては、何をどうするという具体的な
目標が把握できていれば気持ちは明るくなるでしょう。
明朗で躍動的になるのではないですか。
追いつかれると感じるときが一番辛いかもしれません。
どうすれば引き離すことができるかが分からないままであることが
多いで、このときの緊張感は耐えるのに苦労するでしょう。
気持ちは暗く重苦しいものとなるでしょう。

存在の究極の価値観が見つからないという暗さ、
希望のなさは、人生にあってときに訪れる気持ち
かもしれません。競争の激しさに疲れて、なぜこんな
辛いことを耐えねばならないのかと疑問に思う気持ちと
似ているかもしれませんね。虚無感でしょうか。

競争はなぜ行われるのか、人の競争だけでなく、
あらゆる形で現れてくる競争に人はなぜ気持ちを
ひかれるのでしょう。競争の当事者になることに
逃避する人も、競争をあおりたてる方に回ることは
拒否しないばあいが結構あるものです。そして
競争する人々を見て、梃子を利かすことを
策す人が少なく無いことは、金儲けや興行を
しかける場合に良く見られることではないでしょうか。
人が何かで気持ちを大きく動かすことがなければ
なにも社会には仕掛けるべき技が存在しないかのように
考えている人は実に多いのではないかと想像しています。
さらに、であればこそ、逆に発想して競争を無くしてしまいたい
とする人々もまた実に多いのであろうと考えています。

周囲の存在を見る人と自分の内心を見る人。
誰もが時に外界を見、時に内心を見るはずです。
どちらか片方だけしか見ない人も当然存在するでしょうが、
この当然は当然ではない当然です。一人一人が
何か語るべき遍歴と経験を持っているため、他の主張や
意見になかなか同意することのない当然だろうと思うからです。
当然にもいろいろな当然があるということです。
人の数だけ存在する当然かもしれません。

ちょっとね

2009/05/24 23:41:49 麻田佳明

朝目覚めたときには雨が降っていました。
これはだめかともう一度寝ようとしましたが、
念の為と少し休んでから起きてみました。
朝食を摂ってから外をもう一度見てみると
雨はあがっていました。それで傘を持って
コートへ出掛けました。途中山科あたりに来ると
雨が降った痕が無いことに気づきました。
コートに着いてみると、練習をしていました。
こうして午後5時まで練習を見て来ました。

午前の練習はちょっと静かでしたが、
落ち着いて練習していたようです。
もうちょっと明るく朗らかに練習することを
求めました。
午後の練習は、林君、富岡君、井上君、貴田君
が加わってくれたのでずいぶん水準が上がりました。
沢田さん、そして中村さんも参加して盛り上がりました。
午前は杉山さんが入っておられました。花粉症も治り
元気でした。嬉しいことです。

さて練習マッチが久しぶりでテニスらしくなています。
競争が激しくなっているとも云えます。
最後まで見ていませんので完全ではありませんが、
3試合を紹介することができます。

林・富岡組④−2大恵・江口組
大恵が林の強打を見ると(実際にはそれほど
の豪球ではないのですが、このところ良く乱打の相手
をしてもらっているので、林のフォームに過剰に
反応しているだけですが)力み過ぎてミスショットを
連発したのがぶち壊しになりました。でなければ
ファイナルになったでしょう。江口が守りを主体に
位置取りに留意するべく心掛けていたのでテニスになっていました。

林・富岡組④−2八木・溝淵組
八木のGストロークが柔らかくて伸び伸びしていたので
テニスになりました。意地を通すところ、強気で押すところ、
粘りを発揮するところにもう少し意欲があればもっと
ミスは防げました。溝淵が最後まで触りたがってしまい、
折角の位置取りを棄てるシーンが2、3目立った所が
敗因です。これが無ければファイナルになったはずです。

千々和・辻組④−3榊山・江口組
江口が先の試合に続いて守りを主体に位置取りを
かなり正確にやっていたので、辻が遠くのポーチを
触りたがる分安定していました。中盤以降ペースを掴んで
勝つかと見ましたが、最後に千々和が江口の位置取りを
計算に入れて強気で積極的に近くを打ちましたから、
榊山の持つラリーが消極的になりました。しかし
なかなか緊迫した面白いマッチになりました。辻が
ヴォレーで追う発想ではなく、広く守って縦にも網を
張るように発想するばもっとテニスらしくなったでしょう。
榊山にペースを掴ませ無いようにできたでしょう。逆にいえば
榊山はそのようなテニスをされたとき強気で攻める
ストロークを持たねばならないのです。

ちょっと激しさが出て来ました

2009/05/24 00:18:04 麻田佳明

大学の閉鎖が心配でしたが、大丈夫なようでした。
実際のところ、どの程度の脅威なのか判別ができませんから
厄介です。分からないときに、いい加減な判断は無意味で
気持ちが荒れるだけです。冷静に対処することが
大切です。練習が可能なら練習に集中することが
何よりのことと思いますので、練習ができたことは
よかったと思います。

午前練習は、3回生までで14名、4回生が4名かな。
活気があってまずまずの様子でした。女子の方も
新人河田の名前を確認しに覗きました。ちょっと
驚いたのは、医学部が30名を超えて練習していたのですが、
1面のコートでやっていたことでした。蜂や蟻が巣を
移しかえる際に群れますがコートに部員が群れている
様子が(学生たちには申し訳ないのですが)そのように
見えてしまいました。なにかもっとコートが欲しいですね。
いろいろと事情があるのでしょうが、何とかならないも
のですかね。
こちらの女子部員は元気に練習していました。
山口が元気で参加していました。平田さんも。
二人ともよいおねーさんぶりで、楽しく見る(というのもちょっと
おかしな表現ですが。どこかテニスを楽しむという
気持ちが溢れているパーソンを見るのは、やはり
たいへん愉快な気持ちになるものですから)こと
ができました。

午後からは、もっと参加人数が増えて20名を超えました。
小林君が元気で参加し、沢田さん、岩崎、林の両君も
出て来てくれましたから、4回生と合わせると8名です。
3回生以下は小山田だけ不在でしたから14名です。
このなかで1回生が8名います。なかなかの勢力ですね。
しかもみんな腕自慢ですから。3面のコートが
嬉しそうでしたね。

さてテニスの内容ですが、ちょっと残念でした。
そんなに悪くはないのですが、良くもないのです。
軟庭のマッチというものをもっと緻密で激しい内容で
戦ってもらいたいと、私の要求がちょっと水準を高くしている
ための表現なのです、良くないというのは。
後衛が自分の気に入る1本を打ちたがるあまりに、マッチの勝敗を
いい加減にしたり、前衛が遠いポーチを決めたがるあまりに
やはりマッチの勝敗にこだわらなかったりするのが
気に入らないのです。勝負を決める1本にこだわるのであれば
面白く感じるのですが。

今後の予定

2009/05/23 23:31:30 榊山実

男子部主将の榊山です。今後の予定をお知らせします。

5月30日(土)、6月6日(土)、関西六大学選手権@京都大
学吉田テニスコート

6月20日、21日、京都学生選手権@京都大学吉田テニスコー


7月4日、5日、東大戦@京都大学吉田テニスコート

8月8〜10日、全日本学生選手権@岩手県

8月16日、蒼穹杯@京都大学吉田テニスコート

8月27〜29日、近畿国立大学体育大会@京都大学吉田コー
ト、近衛通りのテニスコート

9月7日〜11日、七大戦@東京都

9月19日、20日、秋季リーグ戦@滋賀県長浜ドーム



尚、来週末の5月31日(日)は、2年前の七大学戦で硬式テニ
ス部にコートを借りたお返しとして吉田テニスコート6面を貸し
て欲しいと言われたのでコートを使用することが出来ません。

連絡が遅くなって申し訳ありません。後日練習予定の方にも詳細
を載せます。

OBの皆様、今後共ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いいたしま
す。

失礼します。

またまた

2009/05/20 22:58:44 麻田佳明


来週の土曜日ですか、関西六大学対抗戦が
京大で行われるのは。少しコートの状態が気がかりです。
砂をもう少し入れた方がよくはありませんか。
あまりに砂が少なくなっていて、かえってボールを打ちやすいと
楽観視しているのかもしれませんが、ほとんど足が滑らないので
膝や腰に来る負担が大きくなるのではありませんか。
ブラシをかけているからというだけではどうもコート整備には
不十分ではありませんか。コート管理の標準的な知識を
みんなで共有してもらいたいと思いますが・・・・・
風が強いと細かい砂が飛び去ってしまいます。
粗い砂はコートから、コートとコートの間に移動して
堆積して行きます。

また新型インフル(エンザ)による大学の休校が現実化しています。
昨年でしたか、いや一昨年でしたか、もう忘れてしまいましたが、
(確か神戸大学や関西学院において閉鎖処置がとられたので
はなかったですか)どうも予定が狂いそうですね。そのため
気分が集中せず散漫になって練習に影響してくることが
心配です。コート整備をはじめ、テニスをする環境に
敏感であるべきだと思います。なにかと気を張って注意をする
ようにしておくことが事故を防ぐコツでもあるのですから。
スポーツパーソンは、身体を鍛えて強靭な肉体と強い精神力を
養いつつあるはずですが、環境変化に敏感で少しの障害が
大きな事故に繋がってしまうということはありがちなことですね。
この自然な関係を理解しないと云うことは有り得ないと思いますが、
一寸した無視の態度が積み重なることも、部員全員の気の
持ちようによってはありえないこともないのです。面倒と
思うようではスポーツパーソンの精神とはかけ離れてしまいます。
といって、環境監視とその保全を専門家に頼ってしまうのも
スポーツパーソンの精神とは調和するものではないでしょう。
できる範囲で、無理をしない、無視をしない、見逃しをしない
緻密で論理的な緊張状態の維持は互いに涵養するべき
態度ではないですか。

不充分な環境条件で精進している大学は、テニスパーソンは
多いのです。十分な環境だけが人を育てることとはならないでしょう。
皮肉なことは人生にはつきもののはずです。苦労こそが人を鍛える。
こちらの方がまだしも正しいのかもしれませんね。
無闇な精神論、根性論は、私は排斥しますが、
精神のない、心のない、気持ちが見えないスポーツは
有り得ないとも考えています。そして思いもかけない
喜びの訪れも歓迎ですが。

16日練習続き

2009/05/17 01:11:03 麻田佳明

かし2回生、3回生の意欲はずいぶんと高いです。
気分も明るく充実しています。もっと持って欲しいのは
頭の使い方ぐらいですね。良く使っていますが、テニスという
競技はいくらでも使いどころがありますから、使いすぎると云うことが
ないのです。どんどん使って自分のプレーを、独自のプレーを
編み出してもらいたいのです。足を使うプレー、タイミングを利用する
プレー、
コートを広く使うプレー、ラケットを巧みに使うプレー、・・・
いろいろあります。でももっと独自なプレーは、自分の身体を生かす
プレーです。これほど自分独自のプレーはないのです。
人のプレーを真似ながら、自分の身体を生かすまでしっかり考えぬくの
です。

1回生の可能性の高さですが、みなさんがそれぞれコートへ
覗きに来られて確かめられたら驚くと思いますよ。
うまいことはありません。あくまで可能性の高さですから。
まだまだ考えることは単純で目先のことが多いのですが、
少しでも構想力を持ち、勝つための工夫を考える要領を
覚えれば可能性の高さは現実となって現れるはずです。OBの
皆さんの一寸した助言がそれを可能にすることと思います。
どうかお時間を作って覗きに来てやってください。そして
気がついたことを小さなことで結構ですので教えてやってください。
大きな結果を引っさげてかならずお礼をいう時がやってくると
予想しています。
前衛陣はまだ守りの意味が掴めていません。何のための
「前衛」なのか。遠くの球をすたこら遠征して触るのが
役目なのか、・・・・この段階ですね。
後衛は、前衛と反対で、自分のことにかかり切りです。
ラリーをどこまでもたせられるかなんて云うことは考えてはいません。
でも闇雲に打っているわけでありません。なかなか
意味のあることは考えているのですが、ラリーには
なっていないのです。1つには、まだまだ自由に打てないという
控えめな思いがあります。狙ったところにボールが飛ばない、
という思いですね。これはボールの呼び込みとか、ラケットの引き
とか、腰の構えなどに工夫がうまく発揮できないからです。
工夫の仕方を覚えると、工夫を重ねて自信を持てるようになるのです。
いまのところこのような自信が生まれていません。
上級生からの刺激も大切な要素です。といって
上級生の助言を待っているのでは捗りません。
自分の方から助言をもらうよう働き掛けないとね。
でもテニスが素直で根気もありますからどんどんうまくなるでしょう。
関六や京都個人戦で巧いテニスパーソンに思い切りぶつかって
吸収してくると飛躍するでしょうね。とことん食らいついて
勝つ意欲に燃えてもらいたいですね。

練習できました

2009/05/17 01:08:52 麻田佳明

かろうじて天気が持ちました。昼休みに少し降ったのと
練習終了後に降り出したので練習は影響されませんでした。
1回生は全員揃って参加していました。
はじめて全員の試合ぶりを見ました。面白かったです。
前衛陣の可能性の高さ、後衛陣の有能ぶりを確認しました。
千々和が参加していたのと、林君が胸を貸してくれたので
より充実した練習になっていました。宮田さんが覗いてくれたのも
うれしいことでした。みんな1回生のポテンシャルの高さを
うれしく感じていてくれているのでしょう。

3回生はみんな元気です。特に北谷が元気で頑張っているのが
目立ちます。もともとヴォレーは評価できますから、
レシーヴとスマッシュをなんとかまとめれば相当なテニスに
なるはずです。冷静に試合で使える技術をこつこつと積み上げて行けば
かならず形なって現れてくるでしょう。ここが頑張りどころです。
矢守は少し気合いが空回りかな。冷静に試合で計算できることに
しぼって確実なプレーを1つ1つ修得して行くことです。
八木はリーグで勝ち切れなかった原因をきちんと整理して欲しい。
良いところまでできるのだから、勝ち切るところまで進まなくては
テニスにはならない。苦しいけれどしっかり進んでいるのだから、
誰しも通る道と自覚して最後まで通り切らないと勿体無いのだ。
テニスをやると決心したことをいま実現するのだ。榊山はもっともっと
大きく豊かなテニスへ突き進んで行かないとここまでの道が
勿体無い。もっと大きく深く打つ。もっと厳しくタイミングも巧く利用
して
誰が見ても見事と思えるまでに技を磨かなくてはなるまいね。
そのように目標を定めることだね。

2回生は、もっともっと激しくテニスをしないと1年先行している
力が見えない。わずか1年だが、相当な1年です。やはり追いつくには
1年以上はかかるのです。そういう1年の重みを自ら消すような
気分ではチームのメンバーとして甘い気持ちと云う外無い。
けっしていい加減でやっているというのではありません。といって
気合いだけ入れていれば良いと言っているのでもありません。
テニスには、理性面・心理面・精神面で実に根気と粘りが想像を超えて
必要とされるということをわきまえるようになっているのだから
その事を忘れては今まで何をやって来たのかと自ら他に指弾される
窮地に立つことになるのですと云っているのです。
内に秘めた闘争心を絶やすことなく、楽しいテニス愉快なテニスに
どれだけ激しくプレーできるかと見せて欲しいのです。
あの柔らかいふんわりしたボールをどこまで力強い厳しい意味を
持たせることができるのか。巧いプレーの前に、まず激しい強い
意思の現れをプレートして示す意欲に燃えて欲しいのです。
1本へのこだわりに全力を注いで欲しいのです。1つのミスを
やり直せば済むミスに済まさない激しさをもってもらいたいのです。

土曜の天気が?ですから

2009/05/14 23:23:26 麻田佳明

新幹部になっての練習を始めて見ました。主将、副主将
は授業のようでした。北谷と矢守が主導しての練習です。
2回生は全員参加していました。授業時間では第5限の
時間にあたります。第4限は授業でコートを使用していた
ようでしたから。要するに私は4時半から6時までの正規練習を
見たということです。
1回生と比べると2回生、3回生はしっかりしています。
流石に毎日の積み重ねは意味があります。1回生が
安心して思う通りのテニスに向かって練習できるのではないか
と期待できます。先輩に甘えるということも大切です。

1回生の名簿も紹介されるでしょうが、ここに
私から紹介してみましょう。先ほど覚えたばかりですから
まだ自信がありません。間違いもあると思いますので
ご容赦をお願いします。

前衛(3名です。ちょっとまとまり過ぎているように見える。もっと
大胆に自由に楽しくテニスをするので良いと考えてもらいたい)
笠島・・・FSをジャンプして行います。バレーボールをしていたのか
と想像させます。Gストロークを本格化することからじ上達します。
辻・・・・リーグに出場しました。FとBの前に正面に構えることから
前衛は発想します。
溝淵・・・・ボール扱いが高校生の水準を超えています。
ボール扱いは基本に忠実で、頭が水準を超えているのが
良いと考えて欲しい。

後衛(5名と偏りました。もう少し巧いつもりになっても構いません。
背伸びするつもりで意欲を燃やして欲しい)
井上(A)・・・幼さの残る顔。素直なテニス。鋭さを持てるか。
井上(K)・・・眼鏡を掛けて厳つさのある顔。打点を高くして強さの
ある球を。
大恵・・・・今日は授業か、見なかった。コンパのとき言ったが、
打ち離す(打ち放し)のではテニスにならないことをゆっくり考えて
欲しい。野球でホームランを打つのとは違う。
黒木・・・・左利き。柔らかいよい打ち方。鋭さがある。体力、
スタミナをつけること。走りまわるのがテニス。続けるのがテニス。
グリップをもっと自由に考えてもよい。
道祖(サイノウ)・・・・読みは正しいですか。どんどん乱打して
スタミナをつけて打ち込んで欲しい。いろいろな球を
貪欲に研究して欲しい。どんな球が役に立つか計り知れない。
自分独特の球があればどれほど強みになるか。

コンパの席上での山元さんの話しにあったように、
軟庭の奥深さに臆せず挑戦して欲しい。

無理強いでも無いと

2009/05/13 23:43:20 麻田佳明

1対1対応が可能であれば、対応づける2つの集合は
同じだけの要素を含んでいると判断できる。簡単に云えば
二つの集合には同じ個数の要素が属していると云えるのである。
これはカントールが発見した「数える」ということの意味であった。
有限個数を数えることはわかりやすいことであったが、
無限個数を数えることは、そもそも不可能なことではないか、
ならば数え切れないとして、無数と結論してこれ以上の
追求を試みることを止めてしまうのが常識である。いや、
良識かもしれない・・・・・。

しかし、無数であってもわれわれは比較することは
不可能として放置するとは限らない。たとえば悪人と
善人はどちらが多いかと考えることはあるであろう。
どちらも無数だから、比較出来ないとはしないだろう。
当然悪人の方が少ない。世の中はごくわずかな
悪人のせいで苦労していると多くの人は考えて
いるのではないだろうか。もっとも有限の人数だからと
考えるならば、そうそう簡単には結論できないかも
知れないですね・・・・・・。
はたして人々はどのように考えているのだろうか。

ガリレイは言った。
1、2、3、4、5、6、・・・・・・
平方数は
1、4、9、16、25、36、・・・・・
次第に間隔が広がって行く。
立方数なら
1、8、27、64、125、216、・・・・・
後の方には立方数がぽつーんぽつーんとしか
表れない。
大きくなればなるほど存在はまばらになる。
無数になれば無くなってしまわないか・・・・
しかし、平方数でも立方数でも、自然数と
1対1に対応が成り立っているのだから、
隙間があるか無いかという点では問題だが、
存在の多さという点では問題は無く、同じだけ存在している。
部分が全体と1対1対応が成り立つ。
部分というのは、個数が足りないから部分なのでは無いか、
という問題は、予想にはない解答を得たこととなる。

このようないささかはぐらかしにあったかのような
答えを聞く思いが政治の話しには多いように思える。
自民党対民主党、民主党代表選び、特に
小沢対非(反?)小沢がこのところの話題だが。
マスコミの議論の水準をもう少し上げてもらいたい。

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