蒼穹掲示板

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個人戦の健闘

2009/08/29 23:48:33 麻田佳明

団体戦ではドラマティックな優勝。
実力通りの準優勝。
では個人戦は?
大会二日目は準準決勝から。
八木・溝淵組と榊山・江口組が
残っています。大阪大学が3ペア、
和歌山大学が2ペア、そして
第一シード、前年度優勝ペアの
大阪教育大学の1ペアです。

生憎の蒸し暑い台風が接近中の
曇り空のもとで試合は行われました。

こういう報告は私はたいへん下手で
苦手でもあります。つまり報告が
巧くできません。

榊山・江口組は頑張りましたが、
3位でした。八木・溝淵組は
5位で終わりました。

今回は主幹校ということでしたが、
無事に大会を終了することができた
ようです。具体的に各人の仕事を確認し
ていませんが、部員全員が手分けして
上手く仕事を分担しかつ破綻すること無く
なしとげたものと感心しています。
これもテニスと言うと、年寄り一流の
言い方ととられてしまうでしょうが、
理性と熱のバランスが必要ですから、
なかなか根気のいる仕事なのです、つまり
テニスと同じだと思うのです。テニス的な
心配りがどうしても必要だったはずです。
質の高いテニスパーソンの集まりをこなしたと
高く評価したいと思うのです。
その上での結果ですから、なかなか結束力のある
よい運動クラブです。今ごろはごくろーさん会の
余韻に浸っているかもしれませんね。
また明日から楽しくテニスをして下さい。

と、私の方が急ぎすぎた。休憩休憩でしたね。
水曜日覗きに出掛けます。そのときにまた・・・

男女とも○

2009/08/27 23:30:05 麻田佳明

近畿地区国立大学対抗戦(京大吉田コート:女子、
京大薬学部コート:男子)で男子は優勝、女子は
準優勝を成し遂げました。女子の優勝は大阪教
育大学でした。男子の準優勝は大阪大学でした。

内藤さん、二宮さんが暑い中を観戦されました。
ほどよい緊張感が作られた原因でしょう。
ありがとうございました。井上君も観戦してくれました。
小山田が風邪のため欠場のやむなきとなり、
代わりと言うとごへいがありますが、4回生赤木が
出場しました。2勝を上げ京大の勝利に貢献しました
が・・・・だいぶあちこちで○○○をしてのちのちが
たいへんです、と後始末が必要です。個人戦で
何がなんでも綺麗に始末してくるべきです。
日常の生活的に評するならば、社会性に
大きな問題を残したことになるのです。家族や
親戚に迷惑をかけたらあかんがな、というやつです。

女子の試合はまったく見ていませんが、内藤さんが
覗かれたときの様子では、なかなかの成長ぶりが
確信できました。果たして、2位ということはうれしい
かぎりですね。おめでとう。もっとテニス的になれるよう
練習に励んで欲しい。

男子は、技術的には、予想通りの展開で、いわゆる
波乱万丈、泣いたり笑ったり、あきれたり驚いたりの
連続で、相当にしぼらねばならないものでした。
でも決勝戦に進んだのですから、応援する方も
一生懸命になれて応援のし甲斐があったでしょうね。
部員全員に団体戦の熱意がありました。凝集が実現
できていました。このような経験は意味のあるものです。
ちょっと乗り過ぎて、試合終了の挨拶を済ますことが
できなかったと言う無様が、失礼がありましたが、
団体戦をしっかり戦う勉強の場を経験したことは
大きく評価したいです。

熱は確保しました。技術をもっと進めます。
あしたも頑張りましょう。

陽、弘二人

2009/08/25 23:40:17 麻田佳明

二人井上が良い。
標準的な育ち方をしている。いや、標準を超えている
だろう。実に熱心だ。研究心も旺盛だ。体力も
ある。足が速くなってくれば、しだいに目立つように
なるだろう。まだ走る足ができていない。成長して
いない面もあるが、いまはまだ打つことの方に
かかりきりだから、走る方に気が行っていない。
しかし走ることはテニスだから、打つことにばかり
心が傾くのはそろそろやめにしないとだめだね。
走ることを前提にしたボールコントロールだし、
ストロークだ。打って走って、走って打って。走り
ながら打ち、打ちながら走る。止まって打っている
とも言えるし、実際そのようにも見えるのだが。
必要なことを十分にやり、くたびれることは避け
なくてはならない。強い球には力が要るが、
必要な力は見た目通りではない。
打点が適切でないとプレーがし難いし、身体の
ひねりが利用できるとコントロールが容易になる。
体重を巧く利用できれば、つまり運動量として、
角運動量として利用できればどれほど楽か。
ボールの回転は、誤解しやすいものだ。
よく解からなければ、ちょっと極端なケースを
考えて見ることもヒントを与えてくれるだろう。
ラケットの重量も巧く利用しなくてはならない。
グリップはたいへん重要な要点となる。
どの位置を握るか、どのような握り方をするか、
グリップの太さ、形態にも好みがある。手首の
使い方、前腕の動かし方、力の入れ方、上腕の
使い方、肩の使い方、胸のひねりも上手下手がある。

このように考えれば、井上の研究心に火がつくだろうか。
まだまだラケットの面の動きだけを単純に考えている。
肩から面まで一まとめにして打ち方を考えなくて
はならない。周囲の人間の打ち方を参考にして
巧い打ち方を考えるべきだ。まだまだ工夫の余地は
あるのだから。今始まったばかりと言った方が良いだろう。
まずラケットのスイングスピードをみんなと同じところまで
アップしよう。力を入れるばかりでなく、抜くことを
考えないと目的に近づけない。ここが難しいところ。
そしてバランス。順序。全身が固まってしまうと
動かない。急に動かすには、力が大きすぎて
力むばかりで動かない。急に止めるのも力が
大きすぎる。惰性の問題も大きいのだ。

ゆっくり大きく、強く速く、自在に。

巧く打てると、美しい運動となる。

楽しみながら頑張れ。

青空が美しい

2009/08/25 00:24:09 麻田佳明

高く青い空が一面に。
秋なのか、いやまだ夏だ、なのか。とにかく
昨日今日と青空の色が、やっと青色です。
陽射しは強く、しかしあたる風に涼しさを感じない
わけではない。清々しい気候です。

テニスも清々しいか。これがまだまだ。せめてもっと
暑苦しい方が救われるかもしれませんが。しかし
秋のテニスをせよといった手前、いまさら暑苦しい
方がまだましともいえません。で、ここはぐっと堪えて、
頭の働きを主にして見ています。少しでも計算した
プレーをすればよしと誉めます。独り善がりを決め
込んだときは注意します。
いろいろ考えて(でしょう)、動きが止まると、テニス
をせよと注意します。頭が要りますが、頭だけで
上半身テニスはテニスとは認めませんので。まずは
足です。考える前に動いていないとテニスではあり
ません。ボールは動いていますから。身体も動い
ていないと。しかしボールの後を追うだけでは、
動いてもほとんど何の役にもたたないでしょう。

動物なら、後を追うだけでも意味がありますね。
根気良くいつまでも後を追う事をやめなければ、
必ず反撃してくるに違いありません。反撃できな
ければ、逃げ続けるしかありませんが。でもきっと
逃げ方は必死でしょう。追いかける方の油断が
何かを引き起こすのではないでしょうか。

スポーツは違いますね。
考えすぎは、下手な策になりますが、考えないと
無策になります。無策の策は、また意味が違います。

ほんの少しずつですが、試みが始まっています。
自信を持つところまでには至っていませんが、
明らかに試みを始めています。
狩りではありません。自分の身を隠す草や樹は
コートにはありません。匂いを消す必要はありません。
自分の身を相手にさらすのですから、相手は
いろいろな情報を得ています。それを制御しましょう。
構えを作ることです。隙のない構え。どうとでも
対処の可能な構えは相手に緊張を強いるはずです。
相手のプレーに何かが起きるはずです。良いこと
もあれば弱点・欠点もありますから・・・・・。

習慣にする

2009/08/24 00:08:55 麻田佳明

習慣に負けるか、習慣を使うか。
人間はいかにも環境に適応する生物である。
自然に合わせ、人に合わせる。実に巧みである。
合わせないで一人進む方がいかにも難しい、と
思う方がよほど解かりが良い、ともいえないか。
しかしながら習慣に反発し、癖になじむ。慣習に
反発し、反乱・反抗に気持ちを取られる。つまり
気の持ちしだいを強調したがる。決心を特別視する。
条件を点検したり、状況を整理したり、為すべきを
比較検討したりしないものだ。気持ちの快を
優先する。嗜好品の快を優先するのと変わらない。
感情とはなかなか統御しづらいものなのである。

であるからして、中級に進まんとする現時点において、
感情に負けるようではどれほどのことがあろうか。
たかが知れていると、事情を知らないものでも、
容易に結果は察しが付こうというものである。
したがって、習慣にしてまでも技術の向上を目指そうと
考えることはなかなかのやり方である、のではないか
ろうか。

そういえば、近年の習慣はどうも良くないものが
多いように感じる。1回生が疑問を感じないで
済ましているのではないかと思うと余計に疑問
視するべきであると思うのだ。
①夏は帽子を被るべきだろう。強い陽射しをへとも
思わない豪傑が多すぎる。逆にみんなへばってし
まっているのに気が付かない、と疑うべきではないか。
②練習開始時の体操、練習終了後の体操を
どこまで真剣に行っているのか。
③練習途中でも、ストレッチングなど必要な体操を
とり入れるべきではないか。体操だけでなく、ラン
ニングを練習にとり入れる研究心が欲しい。
シングルスの練習方法をもっと広範囲に発想する
ことで工夫の範囲が広がるはずだ。
④瞑想も時には必要だろう。
木陰に一人身体を休めて10分間の瞑想を考慮
しても良いような気持ちを持ってはどうか。
⑤力一杯プレーする。気を抜かない。真面目に
取り組む。言葉に負けてはだめだ。言葉の通りと
はいえ、言葉の意味は不確定だ。もっともっと
スポーツらしく振る舞うことを常に考えていなくて
はならない。柔軟な発想、相手をやり込める発想
が求めるところである。これも言葉に負けてはなら
ない、のだからややこしいが、確かな身体の動かし方
から狙い道理の球扱いができるように練習を工夫する
ことが目的なのだとしっかり理解しておけば道を
踏み外すことはない。
フェイント打法やデコレーション打法と言ったのも
その意味である。猛獣や猛禽の狩りの仕方を見
習おうと言ったのもその辺りを指す。
⑥自分のプレーを考えるだけでなく、他人のプレーを
良く観察しよう。まだまだひとのプレーに持つ関心の
高さが低すぎる。下手だと見ると馬鹿にし、上手と見ると
別人と遠ざける。たった一人で練習することを思えば
観察対象が存在しているだけでどれだけ研究できるか
と思うべしである。ひとのプレーであっても、何故巧
いのか、何故下手なのか、巧くできる理由は何か、
巧くできない原因は何か、を考えることは自分の
技術の向上にとって欠かすことができない工夫の
宝庫である。宝庫にすべしなのである。

まあ、これからのことは

2009/08/23 00:30:48 麻田佳明

テニスの本格化に取り組んで、いよいよ進み始めましたが、
その前途は遥かに遠く、気を長く持って、根気良く
続けて行かねばなりません。誰かの教えで盲目的に
練習すれば良いという態度はとるところではありません。
各人がそれぞれの目標を持って、自分で考え出した
練習方法を持って一歩ずつ進むのです。互いに意見
を述べながら、気の付いたことを助言しながら進むと
効果もあるでしょうし、意欲も刺激されるでしょう。

笠島の進歩はすばらしいところがあります。もうじき
その進歩のあとが誰の目にも明確になってきます。
とともに、すばらしさと共に弱点や欠点もあらわにな
ることもまた避けられなくなります。細かなことにと
らわれるのは、もっともっと先の事にして、自信を
持てるようになることが第一と心得て明るく楽観的に
練習をつんで行こう。

井上二人がずいぶんとテニスらしくなって来ている。
もっともっとスィングスピードが上がるように工夫を
して欲しい。力を入れようとするとスピードが落ちる。
どれだけ短い時間で必要なスィングをするか。でき
るように身体をうまく使う筋肉の使い方を研究しないと
進まない。といってややこしく考えるとどんどん
答えから遠ざかるような予期せぬことに行き付く
前途が待ち構えている。そのことが予想されるだけで
恐ろしく考えることが怖くなる。誰か助けて—と
叫びたくなることもあるだろう・・・・。だが、こうい
うときのために理性があるのだから、いよいよ理性の
出番が来たと、頭に歓びを感じさせてやれば良い。
これからの人性で、どれだけ恩を売って来るかもし
れないが、自分の頭だから、そう邪険にすることもない。
自慢の腕を、じゃあなくて自慢の頭を思う存分
使ってやればよい。
腕の力は、肩の方からうまく入れてやる。二人とも
先輩同輩のうまくやっている要領を参考に、力の入
れ方を研究して欲しい。しっかりした足場をこしら
えなくては力は入らないが、速さがなければ
ボールに力は、運動量は与えられない。だから
難しい、たいへん難しい。でも経験的に進歩させ
ることはできる。経験に理論が加わるとずいぶんと
進歩は確かになる。

考えることは必要だが、しつけ、習慣にするという
発想を忘れるとスポーツではなくなる・・・・・と
考えてもらいたい。敢えて結論だけ述べておく。

続き

2009/08/20 00:52:17 麻田佳明

江口:逢見と組んだ試合で力が出せていない。遠慮し
たのなら前衛失格だ。勝ち負けでなく、自分のテニスをする
好機会とするべきやな。ポーチは近く、守りはコースへ
ラケット入れてパンと弾く。タッチネットするようでは前衛
ではない。身体の運動とシンクロしたボレーを完成させる。
器用に止める、というのでは前衛ではない。スマッシュは
なかなか正確だが、相手を見て、その隙をきちんと突く
柔軟性に欠ける。強さだけでは、決まらない。決め方まで
考えてスマッシュすること。
小山田:狙い通りに来る球はうまく処理できる。その練習は
完成した。問題はそれからどこまでずらせることができるのか、
その対応能力が問われている。いまそこが現実問題として
噴き出している。その対応策、それを工夫する練習、
克服する練習がされていないのだ。基本だけれども、
水準は非常に高い内容になる。それがない。いくら
歎いても、前進しなければ、歎きのポーズだけになってしまう。
テニスがポーズだけになってしまう。
辻:難しいことだけを言った。楽しい可能性を信じて前に立て。
試合をどうやって最後の勝負どころへまとめて行くか。それに
必要な働きだけ(スマッシュにしても、ボレーにしても)をして
おく。勝負どころでは、一転して大胆にプレーする。ポーチは
必ずしとめる。届かないか?とやめてはもっての外。届かな
いなら位置が遠い。もっと引きつけておく。この練習を基本
としてやる。これがまったくできていない。練習相手に要求
を出して必ず仕留めるポーチを練習する。
溝淵:途中で動き回るのはしんどい。でもやらなければ
勝負どころで相手を追い込めない。きちんと必要なポジ
ションをとっていることは相手後衛に見せておくことだ。
でも最後ではポーチで仕留めなくてはなんのための苦労か
すべてが無駄に終わる。逢見にポーチを賭けられなかっ
たのは、出ると抜かれると恐れたためだ。必ず仕留められ
るはずのポーチを練習していないとできないのだ。
動けば抜かれるかもと怖れるのでは、どんな練習をして
いるのかと、テニスを知らないのかと、疑問をもたれるのだ。
試合情況流れを問わないポーチは問題外です。
笠島:ずいぶんと成長が著しいと見ています。もっとも
素人くさいと見ていますが、その分自然な対応が目立つ
のです。うまくやっている人の真似をどんどんすれば良い。
貪欲さをもっともつべき。失敗は挑戦意欲の証拠です。
試合状況に正確に対応した勝にしっかり結びつくプレーを
求めることだ。そのための技術を練習して修得する。
無目的な練習は時間の無駄だ。決めるプレー、続ける
プレー。自在に使い分けることが可能になるように
練習をつむことだ。

相手が犯した一つのミスから、すべてを見ぬき、どう
プレーするかを構想して、それを実現する。ミスをさせる
ように精度良くボールをコントロールする。相手の
仕掛けに対抗するだけの精神と技術、最後に肉体まで
練習の中で獲得する。そのために練習する。練習のた
めの練習になってしまわないように、つねに目標は
高く設定し、練習はじみにじみに階段を一段1段昇る
ように根気良く行う。試合も根気良く球をつなぐのだ。

現役への言説(非OB用)

2009/08/20 00:49:41 麻田佳明

榊山:球が飛ぶようになった。今楽しいのではないか。
もっと力を抜く。構えを見せる。相手の反応を見る。
八木:ロブが半分使える。残り半分が、本物。コースを
変えない。相手の反応を利用しながら上げる。むろん
シュートを必要なタイミングで必要なコースへ打つ機会を
つかむために。自分の前衛に仕事をさせるために。
ペアの長所を活かすために。つまり勝つためのロブ。
したがってもっとしっかり構えること、もっと予想を当てること。
吉永:シングルスでウイニングショットがないと弱音
を吐いているが、ダブルスでは相手前衛にぶつけてい
るではないか。そんなに力は要らない。タイミングと
プレースする要領を覚えれば良い。膝が立つ、腕が
下がる、ラケットが横面、これらが決め球を打てない
理由です。一般論ではない。君の場合の論です。
午前練で一本うまいプレーすができたではないか。
井上(あ)、井上(こ):強く打つために力むのではない。
ラケットを振り抜くことを第一にする。適当なフットワーク、
踏み込みを大きくしても十分な余裕のある打点、
ラケット面でポンと弾く手首の返し、とともに
楽に仕舞い込むための腕の脱力と身体全体のバランス
(カッコ良くないとあかん)・・・・素振りをすること。
黒木、道祖:もっと踏み込んでからストロークする。
そのために、ラケットの構えを高く、腰をしっかり備え、
ボールに近寄る。前腕がいくら力を入れても鋭く振れる
ようにすこしひねった腰より高いところで臍の前へ来る
ように振り出しておく。後は大きく振り出し、振り切る。
身体は前に軽く一歩踏み出しても良い。次に備える。
大恵:構えを大きく。打点を前に見せる。実際、試合の
はじめの方は前で軽く打てば良い。正確でスケールの
大きいラリーを続ける。コースを変えず相手後衛と打ち
合えば良い。続ける中で精度を上げること。これがで
きない。技術がないからだ。技術を向上させること。
それと共に精神が作られる。

北谷:姿勢が低い。ネット際しかとれない。もっと
姿勢を高くする。それでもミスをしないように練習をつむ。
ネットについたときは低くして良い。スタイルとする。
矢守:小さい。動いて大きく見せる。鋭い動き、的確な動き、
でなければ小さいだけ。小さくてもプレーが大きく見える
こと。ボールの動きが読めないと自信を持って動けない。
失敗を乗り越えないと読めはしない。球際に強くなる。
フライングぎりぎりで動き、2、3歩で球に追い付く。
惰性が追いついてからの1、2歩、飾りをつければ7、8
歩をつけてしまうが、これは仕方がない。
(北谷、矢守は、球に追い付く練習をしていない。
何のための前衛練習だ?)

報告

2009/08/18 23:22:25 麻田佳明

今日18日(火曜)の㈵日練を見ました。
夏シーズンを終えようとして如何に練習をするのか。
秋シーズンを控えて何を目標とするのか。
全日本を如何に消化して力とするのか。
蒼穹大会で何か得るものを理解したのか、求めてい
るのか。このあたりを目安にして、楽しみを
温めつつ練習を見ていました。が結果は
残念ながら期待外れでした。明日もう一度
挑戦するように言って帰って来ました。

少し説明を加えておきますと、暑さが厳しく
午前練で、体調がすぐれないと感じて休憩した
者もいるくらいです。私も5時をむかえるまで、
残りの1時間がとても持たないほど疲れを感じました。
日焼けも結構進みました。ほとんど木陰で
見ていたにもかかわらずです。
この暑さに気持ちが集中せず、思う通りのプレーが
できなかった時、ペアーとしても気持ちや、
試合を乗り切る気持ちより、自棄を起こす
方に僅かですが気持ちが振れたものと
思います。暑さに負けないように気迫を込め、
気分を高めて乗って行こうとするのは夏のテニス
だろうと私は解釈していますので、
秋のテニスはもう少し冷静に計算をきちんとした上で
正確なプレーで、受けを正しく、ガードを堅くした
上での根気良く追い詰めて行くテニスでなけれ
ばならないとしています。それに必要な練習を
時間の許す限り、したがって余分な時間を作らず
水準の高い、マッチに直結した基本練習を
徹底して行うべきとしています。これがうまくできないのです。
いえ、やる気が未だ持てていないのです。
荒っぽい球扱いで自己満足をしているに過ぎ
ないのです。そういう無駄な練習に時間を取ってしまった
のです。そこを指摘して明日への期待を
改めて持ったのでした。

蒼穹杯一般男子の感想

2009/08/18 23:20:36 麻田佳明

蒼穹杯一般男子の部4本は
百々・前田組、
吉田・前山組、
粟井・佐藤組、
榊山・辻組
でした。
決勝戦は吉田・前山組対粟井・佐藤組で
粟井・佐藤組が優勝しました。
私は、セミファイナルの直前に、12時半前から
4時間以上観戦して、ずいぶんくたびれたこともあり
観戦を終了しましたので、見ておりません。
そして、もう一つは、吉田選手の反応の良さと
前山選手の正確な守り(ほとんどミスをしていない
のではないかと思います)に感心したこと、
および粟井選手のもっとも細かいビートにのった
余裕のある球捌きと佐藤選手のファイティングスピリッツ
に溢れた「これぞダブルス」的プレーに
感心したことに現れているように、決勝戦に望んだ
2ペアの勝因に納得をしていましたので、
実際の試合にはもうほとんど関心が持てなくなった
ことも観戦をやめた理由なのです。

今年は相当に選手構成が入れ替わったように思います。
綱島選手が、相変わらず元気に活躍されていましたが、
前についた現役1年生笠島選手が(彼はたいへん有望な
前衛ですが)守りと攻めの要領が未熟ななため、
流石にカヴァーしきれずスタミナ切れを起こしていました、
のをみても解かるように、新旧交代が進んだようです。

予選ブロックを抜け出たOB選手に練習不足の感は
否めません。もっと現役が食らいつけば、OB選手も
底力を出すことができたと思いますが、そこまでには
いたらなかったようでした。つまりダブルスとしては
凡戦の域を越えるというほどにはならなかった、と
私は見たのです。決して非難しているのではなく、水準は
結構高かったのですが、持てる力からいくと、
もっと攻防のある内容が期待できると思うだけに、
ミスを誘う仕掛けを駆使する水準ではなかった、
もっと内容のあるラリーと前衛の緊迫感のある位置どりが
見られる試合ができるはずと言いたいわけです。
そこまで緊張感を強いるのは現役の試合ぶりが
欠かせないと見ているのです。現役の後衛の球持ちが
それほど淡白というわけではないのです。ただ
テニスの水準が3部にあるということで、2部を目指
すからには、もっとそれらしくあらねばならないと
注文をつけているのです。

お礼

2009/08/18 23:18:19 麻田佳明


今年も盛大に蒼穹大会を開催する事ができました。
昼夜延べ150名余りが集い楽しく交換することができました。
ご参加いただいた卒業生のみなさま、現役学生諸君
本当にありがとうございました。そしてお疲れ様でした。
また来年もより盛大に大会が開催できますことを祈念致
しております。一言御礼申し上げさせていただきます。

これれも逸脱ですって

2009/08/16 01:19:43 麻田佳明

続きです)
・・・・・・・・・・・・

故沼田監督には、テニスに勝つ要領をただ一つ
教えていただきました。何か勝つ要点を見つけたなら、
臆せずそれを実行せよというものです。
私は、その教えを疑いもせず実行して来ました。
そのうえで、高貴さを求める事も試みました。
上手なテニスを求めもしました。美しさも求めたものです。

そうそう簡単に、おめおめと負ける事は考えもしませんでした。
どんなに下手だ、どんくさいと非難を受けても
先ずは勝つ事を第一に考えてきました。すべてはその
延長線上に位置するテーマを説明して来たつもりですが、
なにせ知識が不足していました。あまりに知恵が不足してお
りました。いえ、頭がわるうございました。
世間様にご披露すべき言説が提示出來ませんでした。
以後精進を致しまして、少しでも常識を超えない
まっとうな言説をご披露したいと存じます。いえ、だから
ほとんど意見は披露できないでしょう。なにか
ご報告事項だけにとどめる事と相成るものとご承知おきください。

さて今日は、現役対OB戦です。
現役全勝を私は宣言いたしておりますので、月末の
選挙の前哨戦よろしく、白熱しつつも予想通りの
結果が出る事を念願致しまして・・・・
ご報告を終わりたいと存じます。

33回忌です

2009/08/16 01:17:29 麻田佳明

ご批判はいろいろありますが(ありましたが)
ご報告はさせていただいた方がよろしいと思い
ますので、・・・・


いやまったく暑い夏の一日でした。
全日本にも主力を削ってさんかするなど
だいぶセーブしてこの夏を送っているわがソフトテニス部で
ありますが・・・・

午前練に早くも多くのOBが参加していただきました。
いずれも腕自慢腹自慢の面々で、それぞれ自分の得意の
テニス論をぶちながら練習に参加してくれました。
実に頼もしい限りです。でわたしも対抗して、明日は1勝も
OBペアにはさせるべからずと秘密指令を発しています。
今ごろは夜も寝ないで秘策を練っているに違いありません。
さて出來映えはいかが相成りましょうや。夜明けが楽しみです。

午後からはここ10年来ずいぶんとポピュラーとなった
浅水荘での前夜祭です。今年は故沼田章男氏の33回忌です。
夫人芙紀子さんとお子様佐絵さんのご参加をいただき、山元さんの
ご読経にてご冥福を祈念致しました。ご列席は、吉田さん、久間さ
ん、
成定さん、桜井さん、松本さん、二宮さん(ご夫人も)、
河原さん、佐藤さん、園田さん、高安さん、西川さん、
富山(デンソーの)さん、でした。

5時から8時までたいへんなごやかに(一説によりますと、
たいへん険悪に)いろいろな議論を消化して
お開きと相成りました。さて来年も皆様のお越しを
いただきまして盛大なる前夜祭を開催したいものだと、
主催者をさておきまして願わざるをえませんね。

(険悪の原因は、不肖私の、この黒板への書き込みで
ございまして、あまりに世間の常識をわきまえない、勝手気侭な
乗っ取りの書き込みであるとの非難ごうごうであります)
この黒板への書き込みは京都大学ソフトテニス部の
現況ニュースであって、それ以外の御託は自分のホーム頁で
述べるべきとの教育的指導につきています。

あまりの非難に、恐れを抱きましたので、今さらなが、
常識をわきまえないことの恐ろしさに身の縮む思いを
致しております。今後一切、生意気な、いえ生意気と
とられるような言説を披露しない事をここにお誓い申し
上げるものでございます。いままで不愉快な思いをされた
現役学生諸君には臥してお詫びを申し上げます。

・・・・・・・・・・・・

たふねすを。出発。どんどん

2009/08/13 23:20:55 麻田佳明

遠征軍は選り抜きだったのか、精鋭部隊だったのか。
遠征費用に工面がつかなかったのか。
近代戦は総力戦だからな。国民総生産が、総所得が
決め手になるのかな。学生諸君には申し訳ない。
いろいろ精神面で窮屈な思いをさせてしまった。
監督の責任です。
懺悔の値打ちもないのやが、申し訳ない。

相手を称えてきたか。折角戦ったのだ。
悪びれず、積極性を失わず、自分の実力を
しっかり発揮してきたか。ここが曖昧だと秋の戦いに
陰りが出る。計画を練りなおさねばならん。しっかり
点検してもらいたい。決意を新たにしてもらいたい。
1回生の気持ちはどうかな。
なんともないかも知れない。
なんともあるかもしれない。
もやもやが生じたか。
現実を直視してもらうしかない。
テニスをするということの意味を考えて欲しい。
楽しくテニスをするといっても、背後にいろいろな
事情を抱えなくてはならないのだ。知らないでは
済まされない。済ますべきではない、これが
私の考え方である。いやなことを考えないのは、
良い工夫であるが、敢えて考えるのは、もっと
意味のある良い工夫である。これが私の考え方である。

素直に考えるのが、最も良い考え方なのだが、
素直に掘り下げて考えるのは、もっと評価できる
考え方である、これが私の考え方である。

もう残り3年しかない、この現実を知ってもらいたい。
何も悲観的になり、暗く考えてはならないが、
明るく広げて考えて欲しいが、軽く考えたり、
掘り下げない決意では評価する気にもならない、
という考え方が欲しいと思う、これが私の考え方です。

近畿国立大学、国立七大学に極めて締まったテニスを
やり切ってもらいたい。その心構えを部員全員で
固めてもらいたい。そのためにも蒼穹杯争奪戦には
すべてのOBペアを1勝もさせない試合をするべく
決意してはどうか。今の実力なら可能な目標だ。
可能性がある限り、絶対の気迫を持って望むべきだろう。
ここでこのような方針を明らかにすることは、
藪を突つき、蜂の巣を叩くことになるが、敢えて
そうしていると、大監督の読みの深さを買ってもらいたい。

さあ、現役対卒業生の試験勝負が始まりますよ。
OBの皆さん、身体の故障を心配して、無理をな
さらないよう、前もって警告を、好意ある警告を
させていただきます。夜の部では愚痴をお聞
かせ下さい。楽しみにしておりますので・・・・

意味をつけねば、見つけねば・・・・・で完了

2009/08/12 23:28:23 麻田佳明

勝海舟「まあ聞け」
織田信長「是非もなし」
うまやどの皇子「和をもってとおとしとなす」

それにしても、日本武尊の武勇とは・・・・・
日本軍の得意戦法・・・・・・
信長の桶狭間の・・・・・・・

はるかに崇りの方が、長いはな・・・・・
一瞬と何百年(ユダヤは○○○○もう言うまい・・・)か。

感情のほうが先に出てしまったが(まあ、飲んだり
食ったりすると、かんじょうはさきのほうがよいがなあ・・・)
テニスの戦い方を、もっと自分のものにせんとな、
あかんわな。外人に強い戦い方、というのもテニスに
あるはずだが(むろんソフトテニスですよ)・・・・
そんな雑誌の記事はあるんかいなあ・・・・・

いや、政治の方で、外国に強い言説があるのかな。
どこか、外国に強い政治論をぶつ先生はおられるのかな。
新聞はどうだ。雑誌はどうだ。
一時、経済関係では米国べったりの論が流行っていたが、
今はどうなのか。米国のどこの派を買うのか、どこか
買いとって(いや買いかぶってか)売りまくっている
宣伝屋はいるのかな。

せめて荻生徂徠程度には論を張る人はおるだろうが。

まあとにかく、岩手への遠征隊も都に帰って来るだろう。
お疲れ様と労をねぎらいたい。
なにせこの暑さと湿気だから、政治、経済、自然災害
の三重苦が重苦しい気の晴れない条件を揃えている。
こんな時に青春時代をおくらねばならない学生諸君には
掛ける言葉とてない、としか言いようがないが。
苦しいからといって、気が晴れないからといって、
テニスを求めないという理由とはつなげる必要は無い
だろうとしか、これまた言いようがない。

何を狙ってテニスをしようか。
求めてテニスをするか。
気晴らしにテニスをするか・・・・・・な

人対人に、時代精神をかけて、求めるものを意識して、
テニスをしてもらいたい。狙いをしっかり持って、目標に
達してもらいたい。勝とうではないか。
勝つことに多くの目的を、したがってただ一つの目的を
おいて、この目的に到達して見せようではないか。
15日の午前練に元気な顔を期待している。

そろそろ・・・・・で㈾

2009/08/11 22:08:15 麻田佳明

政治家の演説、というほどのこともありませんが、いわゆる
政治家がリップサーヴィスをする演説のことですが、
無責任と人気取りに始終するように感じますね。
人気取りをしないようでは面白くないと不評を買うのが
当たり前とされるのもどうも通り相場のようです・・・・・。
民主主義なのか人気取りなのか、その区別は簡単な
はずですが、主役=政治家の意向でどうともなるところが
どこまで追求されるのか。ここに焦点が当てられた言論が
盛んだと望ましいと思いますがね、どうも現実はそうでも
ないようです。

というように見ていると、狙いはまさに問題の核心になって
いると考えられます、という思いがしているのです。で、
このような狙いの意味がテニスにおける狙いにおいて
意識されるものかどうか、と問う気になったのですね。

何を考えているのだろうか?と同じ意味ですかね??
かも知れませんね・・・・??違うかもね??
よく解かりませんね?

まあ、たいていのことは、そうそう簡単ではないと言うこと
ですね・・・・・・・。そう言ってしまうと、また実も蓋もない
のでして・・・ね・・・・。問題は、そういうややこしい問題に
積極的に関わりあって行くべきではないかと、まあ実に
なんともね・・・・面倒くさ−い話しでありまして・・・・・・・。

簡単ではないか、こうすれば良い!
こういう話しが最も良いのでして・・・・・ね。
簡単ではない! が、こうして考えて行くと・・・・・・。
で、結局、むちゃくちゃややこしいが、簡単なんだ。
いえ、問題を進めることができるのだ。どこに問題が
潜んでいるのかが明確になったのだ・・・・・・となると、
まあたいへんわかったことになるのでして。わかることは
簡単なことです、簡単ではないが、分かることになったわけで、
やはり解かるわけですよね。

相手も人間ですからね。むちゃくちゃ難しいのです。
こちらが解かった!となると、その途端(やね!トタンヤネ)
相手は逆襲してくるのです。それを押さえる。抑えること
ができる!と強弁する。実力だ!戦争だ!戦いだ!
ここらへんで、大騒ぎする。これが日常です・・・・・、と
思いませんか・・・・・ね・・・・・????
煽りますね・・・・・普通。特にTVのふりまく言説はです
ね・・・・・・。だから、大学生は、語られていない言説を
読め!と教えられるのです。いえ、教えないのかもし
れません。教えられた気になるのでしょうかね。語られた
言葉尻を捉えて、追求するのですね。これが大学生の
やり方(だったかもしれませんね・・・・今となったらネ)。

さて・・・・・で㈱

2009/08/10 23:32:17 麻田佳明

無責任と自由の区別を考えると問題はなかなか難しい
のではないでしょうか。完全な自由のもとでの発言、
完全に責任をとることのできる発言。どちらもあり得ようとは
思えないのではないですかね。思えるとするならば、
そのように思うこと、決心をすること、覚悟を固めること
という態度の問題になりませんかね。

実際デカルトの文章でもガリレオの文章でも(決して
原語で読んでいるわけではないので、実に的外れですが)
間接過ぎてよく解からないものが多いように感じます。
ヒュームもスミスもそのように感じるところがありますね、
そんなにいろいろ読むわけではないのですが・・・・・

選挙に関連してのNHKの放送での言説や
新聞での文章はほとんど論理の強さが感じられない
無意味な文章が多い事を見ても、現在の社会の
なかの勢力に対する遠慮が強く働いていることを
見て取らざるを得ません。ましてや少数意見の尊重
などという主張は学校文章の参考見本にしか見られな
いものでしょう。
ということで、多くの文章は、右を見て左を見て、
つまり右顧左眄して肩身の狭い思いをしながら
窮屈に書かれるのが普通ではないかと思うのです。
ルソーでも、いろいろ気を配って書いているように感じますね。
ともすれば、からかい気味に感じるところもありますが。

選挙を控えて、なかなか内容のある議論が高まっているように
感じます(感じなければならないと、少し強迫観念を
植え付けられているとも感じますが・・・・・)。歴史的には
いろいろな問題が、このテーマで論じられてきています。
たとえば、パレスチナ問題、アフガニスタン問題、
ナチ戦犯問題です。最近、いまさらにも驚きですが、
誤審問題(裁判批判です。特にDNA判定の無謬性への
疑問が静かに進行しています)が深刻です。これらの問題を
前にすると、自由と責任を社会的に深く掘り下げる問題は
市民社会にとって最大とも評価できる問題だと考えます。

現役の遠征中に・・・・で㈺

2009/08/07 00:09:06 麻田佳明

引用が長くなったので、話しが間延びしてしまいました。
テーマは「狙い」にあったわけですが、それもテニスにおけ
る狙いでしたが、学問の狙いや、人生の狙い、論文の
狙い、政治的狙い、競争での狙いなど、あまりにあち
こちに関心が分散してしまいました。
私の方は、分散したとは実は思っていませんでしたので、
余計に話しが余計になりました・・・・。

数学者の大森英樹さんが、直観世界ということを重要
視しておられまして、私にもその謂わんとするところは
良く理解できます。論理の世界であっても、抽象的に
論理だけを積み重ねていけば良いというわけにはい
かないのですね。生き生きとその世界が目に見えて
いなくては、その世界が理解できているというわけには
行かないからです。
それこそ、朝起きて、顔を洗い朝ご飯を食べ、やや休ん
でから、1日の仕事をしっかり行い、やがて夕方になり
1日の仕事を無事終える。夕食に一家団欒に十分な
時間をとって、さらには親しき仲間と一杯やるのもよい。
こうして充実した1日を終え、就寝となる・・・・・。
この時間の経過のなかに、一つ一つリアルな現実が
あってこそ生活が存在する。このリアルさが理解である。
というのが確実さの裏にあるべきではないのか。
すべては論理だと、抽象性に浮いていて、確実性は
確信できるのだろうか・・・・・・・。

研究上の直観世界から、実生活のリアルさにつなげる
というのでは、飛躍もはなはだしいと、非論理性を
指摘されると、返す言葉とてありませんが・・・・。

さて、いろいろと横道に迷いながら進んできましたが、
思い返してみると、ガリレオであれデカルトであれ、
そうとう気を使わなければならない時代にいました。
スミスでもヒュームでもそうでしょうね。特に宗教と
ぶつかるような言説には注意が必要です。そうそう
思った通りに気楽に書いていけるものかどうか。
現在でもそう気楽に書く人はないはずです。気楽と
言う表現には抵抗を感じるのなら、無責任に書くと
言い直せば良いでしょう。流石に無責任には反応が
高いでしょうね。なんの根拠もなくただ非難だけを投げ
つける文章は書かないはずですが、そこから無責任
には書かないという段階までどの程度の距離があるのか。

本格的練習を始める

2009/08/03 23:51:52 麻田佳明

全日本直前です。今年のテニスの最も芯の部分が
明確になって来ました。これを徹底しておきましょう。
先日の話しでは念押しが足りませんでしたから、
念押しをすることにもなります。

戦いでは攻めるばかりではだめです。守りも大切です。
守りこそが大切で、守るばかりでなく攻めることも
必要ですと論じるべきということもできます。となると
・・・・・・

どうやって「受ける」か、ですね。徹底的に受けてみる
というのもやってみる価値はあります。ある程度まで
標準的な受けを考えて、その受けをマスターしておくという
のがまずは当然の策でしょう。そのことを考えてください。
短い球、左右に振って来る球、前後に揺さぶってくる球、
同じことを繰り返す球、・・・・・自分の嫌な球を繰り返さ
れることに真っ先に対策しておくべきですね。したがって
嫌な球がないように練習をしているのが日ごろの練習
の基本的な課題ということです。打つばかりとか攻める
ばかりと言うと、まだまだ甘いだろうということが理解で
きませんか。

さて念押しのことですが、守りは「反射」です。反射で
守れるようにしておくべきですね。前衛陣はとくに
今すぐに取りかかるべきです。自分を目標にして
相手後衛は打って来ているのです。すべてを予測す
ることが、とうぜんすべて当たる予想でなければな
りませんが、それでも、反射は備わっているべきです。
その練習をして下さい。今すぐに。寝る時にもできる
でしょう。朝起きてもすぐにできるでしょう。通学の
途中でもできるはずです。仲間と協力し合えばもっと
もっと練習は増やせるはずです。
何か(前もって決めておいて)音がすれば○○をする、
風が吹けば○○をする、角から女性が出てきたら
○○、男性なら○○○、犬なら○○、猫なら○○○、
・・・・・とどうですか。

狙いと反射、読みと予測と反射、鍛錬をして自分を
改造しておく。能力を完全にしておく。守りを完ぺき
にしておく。受けを完ぺきにしておく。完全だ、
完ぺきだ、と言葉が踊りますが、言葉を躍らさない
ようにすることが要領なのです。そんな事はそれこそ
言葉の上のことだと笑っているのなら、いまだ
練習が始まっていないと諦めるのが私の気持ちです。

2009/08/02 23:45:09 麻田佳明


「ヘルムホルツ(1821年生まれ)は、1855年、
その夫人に宛てた書簡の中で、トムソンの風貌を
次のごとく書いている。『私は彼に会うまで、ヨー
ロッパ最初の理論物理学者の一人である彼は
おそらく私よりいくらか年上の人物だろう、と想像
していた。ところが私の前に現れたのは、明るい
ブロンドの髪をした、まるで少女のような顔立ちの
年若い一青年であった。これには少なからず
驚いてしまった。・・・・彼は、私が今までに知った
大科学者のなかで、怜悧,明晰,精神の易動性
などにおいて最も卓越していたから、私自身も
彼の傍らでは何だか自分が愚鈍にさえ見えてし
まった。』・・・しかし、この業績を公にしたとき
トムソンは未だ25才に達しない青年であった
のであるが、種々の独創的な仕事を成就した
学者達の年齢についてこれまで幾度も見て
来た今では、もはやそれほど読者に驚きを
与える事実でもないであろう。」
と続けています。

ちょっと脇道にそれたようですが、若者礼賛
をしたいわけではありません。年寄りへの
称賛を強制するつもりもまったくありませんが、
称賛すべきを称賛すべしと言いたいだけです。
つまり理由がどうであれ、成された事に対する
承認と評価をいかに成すべきであるか、個人
的にも成すべきですが、社会的に成されねば
ならない、でもいかなる社会が必要なのか、と
見ているのです。つまり、各人の成すべき仕事
は、どのような狙いを持っているのかと見るべき
であると考えているのです。各人の狙いを
見破るにはそのような意識と意欲が社会に
なくてはなるまいに、と考えるという事なのです。
大したことはあるまいと、他を軽く見てしまうことが
競争において起こりやすい事だが、しかし
個人がどんなに他を軽視しようが、社会が
個人を軽視してしまったら、その損失は個人に
返って来るのではないか、と考えるしかあるまいと
いうのですが・・・・・・・。

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