ここ数年琵琶湖の東岸北方米原において
20名ほどが集うテニス合宿が行われています。
今年も18名がテニスに集い、夜の交歓会には
24名が参加しました。白川さん(昭和41年工学部入学)、
桑原さん(昭和50年教育学部入学)の初参加もあり
たいへん楽しいあつまりになりました。
昭和37年入学の浜本さん、山元さんそして昭和38年入学の
宮下さんの幹事のもと万事はとどこおりなく行われたのでした。
天候はあいにく今年の異常季節のせいか風雨がついにやまない
という結果になったのですが、ほんの30分も雨がやむと
一斉にコートへ出てブラシを使いあるいはタオルを絞り
コートにある水を取り除いたのです。18人で昔の通りに
水取を行うとコート一面の水は30分でほとんど取り除くこと
ができます。若い時の訓練は半世紀経っても使えます。もうこの
共同事業だけで集った意味は十分ではないかなどとの感想(感激?)
もでていました。
いざマッチを始めると雨が落ちてきます。せっかくだからと
構わずテニスを続けていると、天の方もそれならばといよいよ降雨の量を
徐々に増やします。意地の張合いをして1マッチを終えるのですが
次は無理です。こうして二日間は過ぎてしまったのです。でも
時間の許す14名は昼食を一緒にとって愉快な時間をより深く味わったのでした。
また来年ここでこうしてまた会おうよとかたく約束してそれぞれの
帰路についたことでした。その帰路では雲間から太陽が顔を出し
止らぬ雨が狐の嫁入で北の空に鮮やかな虹を描いてくれていました。
年と共に燦然と輝くようになるのかもしれませんね。この米原合宿
(琵琶湖合宿と呼名を変えてしまう参加者もいるようです)が
できる限り続くことを祈ります。そして各世代で10名20名と
集ってそれらをOB会の方にお伝えいただくとうれしいことだと
思います。
男子部マネージャの出塚です。
男子部の新進大会と東大戦の結果を誤って女子部のページに投稿してしまいました。男子部のページに掲載し直しましたが、サイトの都合上一度掲載すると削除することはできないので、女子部のページはそのままとなっておりますがご容赦ください。
失礼します。
先ほど行われた京都新進大会の男子の部の記録が
掲載されているページが女子の戦績ページです。
ご面倒ですが女子の戦績を見てください。
書き込みのマネージャーが女子学生ですので
どうも勘違いをしたようです。
微笑ましい間違いです。
たいへん申しわけないことをいたしました。
先に書き込みをした卒業生のコート訪問の
記事の中で、中村康彦さん卒業学部を誤りました。
ここに訂正してお詫びいたします。
訂正:経済学部 ⇒ 薬学部
意識の上では薬学部と書いていたのですが
山元OB会長からの指摘で始めて誤りに気づきました。
誤るはずがないのですが間違ってしまいました。
不思議です(これが歳をとるという現象です)。
鉄は熱いうちに打て! とは青春の鮮烈な修行の様を
描写する際によく目にする言葉ではないだろうか。
指導者層の格言になることが多いが、自律型の運動選手にも
ふさわしい格言でもある。つまり意欲ある青春時代に
とことん道を進むべきであるという意味を考える。
躊躇をするな、思い迷うな、あれこれ心配事に振りまわされるな、
いろいろ犠牲にすることがあってもよほどのことでない限り
敢えて棄ておいてもよいのではないか、物事には適時という
後になってでしか分らない機会があると考えるべきだろう、
という思いです。
単独でやってもいろいろ摩擦が起きます。だから山にこもり
滝に打たれ、森に座するのでしょう。鍛錬の組織に属せば
競争も起り衝突も起り激しくもなります。社会の中で日常生活と
両立させる鍛錬ではよほどの自制心が求められるでしょう。
コミュニティーがない以上面倒を見てもらえることはないのです。
だから、そのようなものとして独立した人格の社会のあり方として
運動選手たらんと鍛錬する青春を考えることもできるとしたいのです。
そのやる気があるうちに、打てるだけ打つ。(⇒只管打打)
午後からは雨が降るというので午前だけ練習を覗きました。
昨日は何やらのんびり風情でしたのでちょっと気になったのですね。
お互いに声をかけ刺激し合って、各人が目標を持って
この先にある青春=学生生活での運動選手のあるべき像に向い
一刻を惜しみ、半刻の余裕を持って突進む。
吉田コートが厳しさと楽しさの信じられない実際に存在する
仮象ではない美しい青春の舞台であると見ているのです。
自律はしんどいことです。まったくどうしようもないしんどさです。
それほど高くない山でも登れば本当にしんどいものです。
降りて感じるよろこびをどの人も持つことはないでしょうが、
次の登山を準備する人も多いのです。しんどさを超える
求める気持が人を動かせているのでしょうね。運動選手も
同じような気持を持つのでしょう。競争だけでない気持を
理解することもできるだろうと思います。
今日の練習は前途を感じさせるものでした。
年寄りは フレー!フレー! ですね
卒業50周年あるいは入学50周年という集りが
各学部であるそうです。私はまったくしらないのですが。
じつは、土曜日コートを覗いていただいた卒業生があったのです。
中村康彦さん(経済学部昭和42年卒)
なんと山元さんといつもの食堂で昼食を楽しんでいると
中村さんが顔を出されたのです。半時ほどおしゃべりをして
別れたのですが、後ほどコートを覗くからとの約束を
履行されたのです。学生たちに何かしゃべりますかと
問うと別にもういいと遠慮をされたので別の機会に学生には
紹介することとしました。
坂口(旧姓 森田)典子さん(理学部昭和39年卒)
ご本人ではなく、ご主人です。
私はまったくお顔を存じ上げない方だったので
都合よくコートに来ておられた中村さんに応対を
お願いしてしまいました。で、学生への助言を
終えてお会いしました。奥様の事を知っていますかと
お尋ねになりましたので、「もちろんです。
私が入学したのは、奥様とちょうど入替りでしたが、
奥様のことを知らない当時の部員はおりません。
それに私は直接ご指導をいただきました」とお答えいたしました。
坂口さんも、はじめソフトテニス(むろん軟式庭球)をされ、後には
硬式に転じられたそうです。その後膝関節を痛められてテニスから
離れらたそうですが、奥様のこともあり懐かしさをおぼえて
コートを覗いていただいたとのことでした。学生を愛する点で
コートを覗くに特に障壁はお感じはならないとはいえ、私の方は
たいへん暖かい気持になりました。
平田貞夫さん(農学部昭和38年卒)
坂口さん、中村さんがコートを去られた後平田さんがコートを
覗いてくださいました。私は小田原での合宿以来です。
伊豆合宿には参加しておりませんので何度もお会いする機会を
得たわけではないのですが、ほんとうにびっくり感激しました。
中村啓三さんが合宿に参加され(私もその時が中村さんに
お会いした始めての機会でした)ていたものですから、その後
お亡くなりになったことが平田さんには大きな落胆になりご病気
のこともあって回復に長い時間を要したことと理解しました。
部誌「蒼穹」の創刊号の編集長を務められたとのことでした。
学生たちに暖かい気持を伝えていただいて本当にうれしかったです。
ありがとうございました。
半世紀を越えて直接学生たちに会っていただくことは、私は
もちろんですが、学生たちに大きな財産をのこしていただいた
のではないかと思います。この学生たちがまた半世紀経って
コートを覗く機会を得たときどんな感慨を抱くのだろうか・・・・
4回生の余裕と3回生の自信について書きました。
このところ見たような記憶がないので新鮮に感じたのです。
4回生がもっとうまくなるといいですね。
残された時間は少ないですが、努力は可能です。
どういう実践をやるかです。
3回生は、ここからです。ぐんと進んでうまくなってしまうか、
可能性を残して余韻を楽しむか。進むと苦労は倍加するかもしれません。
途中で投げ出した場合ですが。
どこか見晴らしの良い所まで進んでしまえば、笑い話はスケールが大きいでしょうね。
ストロークを各人のものにすべきです。
どうやって球を飛ばすか。まったくばらばらに見えるのに
原理は見事に揃っている段階にまで進めることができるか(いえ、
私がこんなことを言ってはなりませんね、進める責任者ですから)。
工夫するには分析しなくてはなりません。やっていますか。
身体をばらばらにして調べていますか。いろいろ運動制限、
障害を設けて検討していますか。4回生は卒業生の影響か
左手でラケットを操作する遊びを良くやっていましたね。
意味があったように思いますよ。笑いながら乱打していましたね、
あれも反省をしっかりやれば大きな意味が見出せると思いました。
コートをどの程度カバーしていますか。
本気でカバーできますか。毎日同じように遊んでいるだけに見えますが。
前衛がもっともっと本気でポーチボレーを狙わなくては後衛は
カバーしないでしょう。私も文句ばかり言う方で、勝つためのカバーに
本気になって取組んだのはずいぶん後になりました。前衛が
本気に勝負をしないと後衛は文句屋になります。後衛が力の限り
続けないと前衛は本気になって勝負しません。責任を互いに相手に
押しつけて自分は甘えるばかりです。こんな段階があるのです。
まあいい加減な人間ばかりで嫌になります。ますます自分を尊大に
他を見下すのです。独善が支配します。そしてまたく気付かないのです。
気付くと弱くなります。自信が失せます。消えてしまいます。
こんな嫌な気持を求めて部に入ったのではない、まったく逆だ。
平田はいいリズムでプレーしている。でもミスが出る。
ミスが出るのは技術が完成していないから。
上松は足を使う配慮ができるようになった。でもラケットの使い方が
半分しかできない。知識が不足している。
橋崎は球の弾き方、叩き方、殴り方が弱い。ストローク、ボレー、スマッシュ
の技術になっていない。直前まではできているのだが、肝心の技術が
修得できていない。岩永も同じなのだ。紙一重で違っている、不連続という
事態は実はスポーツの技術でよく起ることなのだ。
長岡は身長と運動神経で有利な点を持っている。活かし切っていない。
60%の所まで進んでいる。ストロークが難しい。他と比較した時の
大きさの違いがもっとも目立つのでどうしても小さく運動してしまう。
辻のストロークが成長しない。だから走れない。走らないから打てないのではない。
打てないから走れないのだ。ストロークの研究がなかなか進んでいないのだ。
村山の故障は大きい損失だ。故障する怖れをどの程度考えていたか、
敢えて問うべしと思うのだ。
浜田は球が飛ぶようになった。狙いも正確に実現できる。でもテニスから離れる
面が出て来た。ロビングをテニスとして修得することを考えるべしと思う。
中尾は何より自由が欲しい。否定の連続という印象が抜けないのだ。
無責任を怖れるのだろうか。責任のある自由というものすごいものを
手に入れて欲しい。懐を深く、柔かく粘り強い、強いしっかりした球扱いが
存在するのだが、可能性が大きいのだが、軽くていい加減な球打ちになっている。
いろりろ注文をつけているようだが、注意したいのは
ただただ1点のみ。練習が不足しているということだけです。
時間のことをいっているのではありません。熱意のことをいっているので
はありません。努力のことをいているのではないのです。
練習とはなにかということだけです。つまりこれが
練習不足ということの現れだということなのです。
だから時間がもったいないのです。努力がもったいないのです。
2回生に練習させるには、1回生の追尾が必要です。3回生の
手本が必要です。4回生や卒業生の苦労への理解が必要なんですが・・・・
お願します。
気を害さないで下さい。無監督論が持論です。取り除けば
美しくなること汚れを取り覗くことができればそれに越したことがない
と考えている雑巾監督です。もっともっと前に進みましょうね。
各人の成長が確かなもので、大きなものであることを願っています。
いつものことですが、でもいつも「今」は違います。今は
いつも違っているのです。同じ今はないのです。でも同じです。
だから違うのです。
どんどん伸びるべし、なんです。現実はどうでしょうか。
遅遅として進まず、ではないだろうか?
常にこの疑問がつきまとうのです。でなくてはならない、のではないでしょうか。
これで良いのか、こんなものなのか、もっと他の道はないのか、
もっともっと先へ進めるのではないか、疑問は尽きないのです。
球は飛んでいるか。ラケットは自在に操れているか。
自由を感じているか。楽しめているか。
むろん肯定的に答えるべしです。始めから否定なんてあるはずがない。
初めを考えたら肯定しかないでしょう。
継続は力なり、続けていると不満が溜まって来るはずです。
ここからですよね。練習は。この不満が練習の始りを告げるのではないですか。
練習とは何だ。練習して何になるのか。練習の目的は何か。
目的があったのか。何を狙っているのだ。どうしたいのだ。
各人各様で目指すべき目的に向って各自の道を懸命に急いでいる。
急ぐことはない、確実に前進したい、後戻りだけはいやだ。
楽しみながら進みたい、がつがつしたくない。余裕でやっているのだから。
競争に負けたくないな、好敵手に遅れたくない、みんなの先頭に立ちたい。
うんと先に進んで、誰もいない原っぱを自由に走りたい、大海原で
実力を試したい、とにかく自分の実力を試したい、そのために実力をつけたい。
「もし○○○を望むなら、○○○をすべし」はわかり易い、
でも「○○○をすべし(だろう。)」の方が長持するような気がする。
わかり易いとは、条件しだいで変化することを予定している。
実に人間的、生活的、現実的。だからこそわかり易い。
絶対命令では、そもそも人間的でない。宗教的、ならば人間的か。
政治、宗教、文化(そして科学を付加える一派も)。
なし崩し的、流れ、空気。統治の側に立つといろいろべし論が沸くだろうが、
被統治の側に立つと、手にした自由は離さないが原則(マキャベリ「君主論」)
らしい。無政府主義が一掃できない。
道徳とスポーツは同じ分類に入るものやら、カントの言明は及んでいない。
スポーツを道徳的に行う存在はあっても良いように考えると
定言命法は自然ではないかと思う。まあこうなると硬い、話は硬くなる。
娯楽、気晴らし、気分転換、リクリエイションはますます必要だから、
スポーツは最適とも。これなら仮言命法であるべきか。
事情変更の原則を勝手気侭に振りまわされると付き合う気になれないのも
確かである。
結局、絶対命令がまかり通るのも簡単に否定できないことが理解できる。
だから難しい、考えるべきと思う。深刻な問題ではなく
選択の問題として、考えるだけ考えたという努力があって欲しい。
秋の日は早く暮れるとは言いますが、午後5時を時計の針が
過ぎると暮れるのが速いです。5時半になると暗いですからね。
6時になると日はすっかり落ちて夜空です。喉が乾いて
しめりけが欲しくなります。お腹も少し減ったかな・・・・・
なんて思いながら帰宅への列車に乗ってごとごとと夜の闇の中を
列車は進みます。郊外を走る通勤電車と言った方が適切なのか、
湖西線を列車が進むと言う方が適切なのか、なんてそう意味はない。
何とも薄暗い(5時までならそれほど暗くないはずだが)コートで
の練習に何かを探して見ています。特別な対象物があるわけではないのです。
気分が探す気分なのです。「あーっ。うーん。はあー。」と言うわけでは
ありません。でも「ほーっ。うわっ。」でもないのです。だから、「?」「?」
です。探す感じになっているのです。
なかなか難しい段階に来ているように思います。
部としていかに凝集するのか、を問うと答えがどのようになるか
と考えてしまうからです。各人がそれぞれ自分の目指すべき道を
明朗に進んでいる、しかも集団として有機的である、意味を持っている。
つまり相互に関係し、その関係が必要とされ望まれている、だけでなく
満足され評価されている、この関係が外から見える、魅力がある、
引き込まれる。こんな状況が実現すると嬉しいのです。
このような状況では、各人の自立、自律がしっかり実現しているのではないか、
と想像します。影響を受けるが、選択する判断が自信ある態度・
余裕ある態度・爽やかな態度から明確明瞭で影響は各人に自由である
こともまた同時に確かである、という相互の関係が、みてとれるとよ
いと思うのです。
目的1つとっても、技術的に向上したい、マッチを楽しみたい、
格好良く決めたい、すばらしいプレーをやって見たい、球を
ながくうち続けたい、団体戦に出たい、優勝したい、あの
気持の良い音を聞きたい出したい、ラケットを気持ちよく振りたい、
思い通りに球を操作したい、・・・・・各人各様。そもそも
一致させ統一できるのか疑問を感じます。ならば部の目的は
別にある、のでしょうか。
もう半世紀前にもなってしまいます。「蒼穹」をさかのぼって
見ているとそんな文章が綴られていました。いろいろな希望を持った
(だから運動部としてトップの意思を持った者もいるべき)部員から
構成される部を作ろう、維持しよう、向上発展させようという
気持が溢れています。こんな気分を何十年ぶりかで思い返しているのです。
集団をなすことはきっかけでできますが、組織はそうは行かないのではと
思います。clubは単一目的の有規則的集団で、構成員相互の融和が
最高の価値基準となるのではないかと考えます。この意味で大学の運動部は
少し違う面を持っているように思います。ゲゼルシャフトかゲマインシャフトか
と社会に直接つながる問題でもありますが、大学がまずその点で関るべきで、
その後で考えるものと思います。大学がコミュニティーであるべきと
されるのはグローバル化された世界で可能なのかどうか。私には不明です。
学生の皆さんが現代を生きて、その上で発言があれば聞きたい人もあるでしょう。
コートで見ていると何かが見えるかも知れない、と思ってしまいます。
とにかく、日はまた昇るのです。
量と質の問題と言ってしまえば、あまり難しくはない。
でも質とだけ言うと、その内容がさまざまで意見の一致が
難しいので、なんとなく敬遠をしてしまう。でもさまざまな
内容はそのままとして、量だけではなく質も見なくては
何事であれ評価を下し選別することはできないと思う。質の良さという
ときの良さは、絶対的なものとは思わない。でも思いたい。いや
思ってしまう。だから困る。だから敬遠する。・・・・これでは
出口がない。出口がない道を行くなんておもしろい! とまでは言えないやろうな。
3回生は人数が少ないから負担が大きくしんどいことが多い。
4回生は人数も多く分担も容易で余裕がある。
学年が違えば責任も違う。各学年で責任のとり方仕事の分担
部の構成として役割が異なる。これらは当然のことだ。当然のことを
当然のごとくやりおおせば部として何の問題もない。これこそ
当然の理である。
そんなものだろうか、当然とはそのように理解するものなのか、何か
もっと心に響く表現があるように感じるのだが。
この秋のリーグ直前の練習風景で4回生の和やかな交感(交歓ではない)
が目についていた。そして最近の落着きである。4回生らしさといえば
そうこんな感じのものと思う。
3回生はこの1月半ばかりずいぶん上達した。上達する経験をした。
何かしら自信を付けたように見える。そして協力する意義も実感して
てごたえを感じているように見える。個人では自信が容易でないことも
集団の中では自信を持つことと実力を付けることが両立することを
学びつつあるように見える。
2回生はいよいよ競争が激しくなって各人が目の前の山を乗り超えるのに
必死の状態なのかもしれない。思ったよりいろいろなことが難しく複雑であることに
少々腰が引けているように感じなくもない。謙虚さも必要だが
若者の一途さ、健気さもそうそう簡単に棄てるものではないだろう。
やってやれないことはない!のだから。若者の創造への挑戦意欲こそが
社会を進めるのだとは、ノーベル化学賞受賞者の下村さんだけの
応援ではない。時には疲れて眠ってしまうこともあるが、なにぐっすり眠れば
元気は回復するのだ。初志を貫くのは強い意思だ。ただ頭のないがむしゃらは
あまりに若すぎる。それでは子供じゃないか。頭は使うものだ。
1回生は、いよいよ元気が出て来た。故障をすると前進が止る。安全には
十分気を付けてどんどん進め。そのうちとんでもない壁が見えてくる。
ぶつかってしまう。早くぶつかって、大いに苦しもう。
頭を使う、どう使う。
競争世界で正々堂々、確実に進むには、いくら進んでも行き止りのない
明快で自由な考え方がすべての行動を決めるはずだ。気持を明るく持って
愉快明朗を判断基準として技術の向上が問題の解決策と心得て、
好敵手の強い意思に敬意を払いなんとしても負けない決意を継続する。
鍛錬こそ自分を育てる。肉体も精神も。頭は使わなければ使い方に
向上はない。知的な訓練は何にでも必要。何のための大学なのか。
大学を鍛えることも学生の義務であると言いたいのだが・・・・・・・・・・
10月台風が盛んです。11月台風もあるかもしれません。
北からの冷気がなかなか定着しません。湿度が高く
日中の気温が高いです。体調が整えにくいですね。ご自愛下さい。
学生たちは静かに次の目標に向って練習に励んでいます。
よろこび勇んで熱中しているという風ではありません。
何でしょうね、行く先に大きな危難が予想されているからというほどでも
無いのです。まあ、ちょっと危険地帯をぎりぎりの状態で
通過して来たのでどっと疲れが出ているという状態でしょうか。
思い返すと、振り返ると、危なかったという思いが消せないのでしょうか。
よく無事で帰って来れたなあと安堵しているのでしょうか。
せっかく練習のスタイルが定着してきているので、状況の如何にかかわらず
いつもの通りに練習を重ねるとよいのにと思っていましたが、こころに
残ったことは相当に大きな困難なことであったようです。こころの
スタミナがほとんど無くなっていたようです。心の栄養を相当に摂らないと
回復しないのかもしれません。それも量だけでなく、質においても
消化の良いものから始めるなど順番を要する摂取が必要になるのでしょう。
近年は公式戦のスケジュールが合わせ難いものになっていてたいへんなんですが、
どこが有利不利と言うこともないでしょうから、精神的に強くなるしか
克服の方法がないでしょう。とにかく11月末の6大学リーグをしっかり終えるまでは
戦闘モードを失うことがないように気を入れて練習に励んでほしいと思います。
明るい時間は急速に短くなります。気分の調整に気をつけて、少しでも
役に立つ課題の克服を(どんなに小さくてもよいのです)進めるのです。試合で
役に立たせるのです。
心にかけることが負担になり重荷になることあるいは自分への
負目になるという経験もしますが、次の一歩のための欠かせない
前進として気迫をいっそう増しこそすれおよそ緩むなどという
ことが起りようがないという状態になることも多いのです。創造的に
取組んでいるとはそのような状態だろうというのです。知的創造力
はスポーツにもあるのです。子供の無邪気なさまは、大人になっても
形こそ変るのですが、同じように人を生かす状況として見られることだと
思います。良い経験を重ねているのだと思います、今こそが。
このところよいお天気です。
秋たけなわです。ちょっと暑いかなあ。
秋のシーズンが残暑のなかでいきなり
クライマックスとして始るのでどうもたいへんなんですが、
これもスケジュールですからいかんともしがたいです。
気持の方がついて行かない。でもきっと学生たちは
違うでしょう。私が単に年寄りだからですね。
時代が違うのです。一緒にはできません。
とにかく、秋たけなわです。秋の公式戦に意欲を燃やして
向ってほしいと思います。そうそう1回生の諸君は
エンジン全開ですよ。身体も出来てきたでしょう。
慣れても来ているでしょう。いよいよ大学生バージョンで
全力を出してください。私ももうセーブはしません。
厳しく見ますよ。
女子の方は、もうセーブが外れていますが、今一度気を入れて
見ることにします。少しだけですが、きついことを言ったとしても
どうかこらえてくださいね。易しく易しく接するつもりですが、
根が粗忽に出来ているので当りが強くなる恐れがあります。
教養が無いのだからと大目に見てくださいね。問題があれば
遠慮無くとっちめてくださいね。この40年皆さんの先輩たちは
そうして来ましたから。安全です。問題はありません。
これからは本格的に3回生以下で戦います。4回生はいません。
頼れません。想像以上に不安ですよ。でも乗越えなくては
なりません。4回生3人の前衛はたいへんな戦力でした。
8人という人数もたいへんなものです。この大きな力が
ごそっと抜けてしまうのです。
でも、2回生、そして1回生が元気です。このままうまく
つなぐことができれば問題は生まれません。4回生が
コートに顔を出してくれる限り、大いに胸を借りて
乗り超えて行ってほしいと思います。頑張りましょう。
4回生諸君もできるだけ胸を貸してやってください。
そうそう大学院生諸君も同じですよ。
では、
女子部主将の佐藤です。
連絡が遅くなり申し訳ありません。
昨日行われましたリーグの結果についてご連絡します。
第1試合 対和歌山大学
高田・田中 ④-2 中出・中出
佐藤彩香 0-④ 植村瞳
服部・岩永 ④-0 岩崎・草野
2-1で京都大学の勝ち
第2試合 対滋賀大学
高田・田中 ④-3 薩摩・上田
佐藤彩香 2-④ 渡邊梓
服部・岩永 3-④ 森本・清水
1-2で滋賀大学の勝ち
第3試合 対京都女子大学
高田・田中 1-④ 室谷・関根
佐藤彩香 2-④ 寺西名子
服部・岩永 2-④ 後藤・井口
0-3で京都女子大学の勝ち
第4試合 対兵庫県立大学
高田・田中 ④-0 今井・細見
佐藤彩香 ④-2 表具里奈
服部・岩永 ④-0 丸山・中島
2-1で京都大学の勝ち
以上、2勝2敗で3位となりました。
優勝は京都女子大学です。
春に比べ、個々人の技術面は成長しましたが、まだまだ荒いところが多く、また精神面で弱いところが試合中に多々見られました。
どの大学との試合でも、勝てない試合はなかったと思います。勝ちきれないのは、勝利に対する貪欲さが足りなかったからかもしれません。先輩やコーチに頂いたアドバイス、お言葉を忘れず、春リーグは昇格出来るよう、冬季オフや春休みは部員一同精進して参りたいと思います。
最後になりましたが、当日応援に来て下さいましたOB・OGの皆様、またリーグに向けての激励の言葉を下さいましたOB・OGの皆様、本当にありがとうございました。
いつも支えて下さいます皆様に良い結果を少しでも多くお伝えできるよう、日々の練習を頑張ります。
今後もご指導・ご支援の程、よろしくお願いします。
失礼します。
こんにちは。
女子部主将の佐藤です。
掲示板に投稿できたと思っていたのですが、投稿できておらず、連絡が遅くなり申し訳ありません。
女子部のリーグの日程についてご連絡します。
《日時》
9月21日(土) 予備日9月22日(日)
08:30 コート開放
09:20 試合開始
《場所》
京都大学吉田南テニスコート
現役一同、力の限りを尽くし、良い結果がご報告できるよう頑張ります。
ご都合宜しければコートまで足をお運びください。
失礼します。
台風18号の襲来に、わがぼろやはびくびくものでしたが、
なんとかつつがなくやり過したと安堵の思いに浸ったのですが、
コートの様子はどうなのかなと不安の気持を少しだけ抱いて
山科まで出て来ました。京都市営地下鉄に乗るべく、地下にもぐると、
何やら様子が変です。自動改札口がいずれも縄張をして封鎖してあります。
その繩にそれぞれ何やら断り書きが見えます。駅員さんが複数忙しそうに
動いています。なんだろう?
利用者と思しき人が駅員さんと会話を交しています。
台風が地下鉄を止めたらしいのです。出水が原因らしい。
やっと事情が飲み込めました。再びJRにひき返し京都駅に出て
バスでコートへ。やれやれ30分余計に時間を使ったなあ。今日の練習は
どのような様子かな・・・・無音?いやポヨン ???元気がないな。
元気のない午前の練習が終って、昼休に職員用にコートを空けます。
体重調整であまり量を摂るわけにはいかないので、細々と昼飯を摂ります。
ふと見上げた空の美しいこと。青空です。秋台風一過。後の青空。
爽やかな空気。明るい陽射。少し冷たい風。
こんな青空の下、気持がよいです。テニスをおもいっきりできる。
でもこれはどこのだれでも同じ条件です。自分だけに都合がよいわけではない。
でも気持がよいことにはかわりなし。いいですね。
男子の会場はドームです。雨風は関係なしか。なんだか少し残念ですね。
1回生はやっと身体が慣れて来たようです。まだ猶予を与えた方が
よいと判断していますが、楽に動いていることは見ただけでわかります。
上級生を負かしてやろう!と意気を上げる時が来ました。
来月にはどんどん挑戦できるでしょう。
昨年は活きのよい1回生が揃っていました。
今年もそれを凌ぎそうな勢いです。
2回生よ、もう負けるのか。昨年の勢いはどうした?
じーさんになりました。若者達よ、がんばれがんばれ!
囃すだけしか、能がなくなりました。
帰り道。もう地下鉄は動いているだろう。
駄目でした。山科まで、代替輸送のバスが運行していました。
利用させてもらったのですが、時間帯が悪かった、動きません。
帰宅したのは午後7時をまわっていました。腹減ったよ。
家内が、どこで何をしていたの?と訝しげに聞く。
・・・・・・・・
年寄りは、答えるのも面倒です。
そうそう帰りの湖西線の列車の中から外を眺めると
東の空には、美しい14夜の月。
家内の詰問に、美しい月を思い浮べて、静かに食事を摂りました。
体重調整のため、わずかしか量はないのです。
美味しく食べないと、気持が荒みます。
青空、14夜、楽しい食事
明日もよい天気だそうです
宮田さんご苦労様です。蒼穹会の活動が
大きな意味を持っていること常々感謝していました。
個人的に胸に秘めていてもあまり力が発揮できないのですが、
でもとにかく密かには思っていたのです。
院生の皆さんが、1年ごとのバトンタッチで
なんとか活動を維持していってもらえることを
希望として述べさせてください。何人かで約束して
協力して行動できると可能なことではないかと期待しています。
先輩たちの温かい目を実際に見ながら学生たちは
テニスをしています。どの程度心を込めればよいのだろう
と、こんなことから先輩を見ているのだと思います。
テニスのやり方、部活動のやり方。高校や中学では
先生が教えるのでしょう。先輩や親が教えるのも
当然のはずですが、学校は見えないということにはなりませんね、
きっと。地域さえも学校組織を通してのみ力を出すのではないかと
思います。
さて、女子は相当の所まで進んできましたね。Gストロークが
いよいよ本格的になります。高田が頑張りすぎていると心配ですが、
ついつい部員数不足にかまけて注意を怠ってしまっています。
佐藤はここからだ。決める打ち方にどう取組むか。力は要らない。
必要な力は要る。ストロークを覚える秋だ。田中が教えることが
できればよいのだが、時間がとれるかな。ちょっとでもいいから
気のついたことを言葉に出せば、理解する、できるのではないかな。
そう信じるが。
男子はGストロークが不足している。打てばよい、ラケットを振ればよい、
走ればよい、ではストロークとは言えない。テニスとは評せない。
コートの自然を見ることはないだろう。ましてマッチの相手なんかは
なんにも見えないだろう。団体戦の相手チームを見ることは
できないだろう。
コートの自然をわずかでも見てきてもらいたい。報告を楽しみに
待っている・・・・・
山元様、広瀬様、中祖様
平成18年卒の宮田です。現在蒼穹クラブの登録係をさせていただいております。
この度は山元様をはじめ、広瀬様、中祖様に蒼穹クラブの登録についてご迷惑をおかけしました。
今年度の登録ですが、つい最近完了致しました。
個人的に引越しなどで住所変更の手続きをしておらず、要項が届かなかったり、仕事が忙しく書類の申請が大幅に遅れるなど私の不手際でこのようなことになりました。大変申し訳ありませんでした。
ついでというわけではありませんが、この場を借りて現院生1回生、その上の学年で京都に残っている後輩、または現4回生にお願いがあります。
個人的にも仕事が忙しくなり、なかなか私自身も大会に出られなくなり、大会の連絡などが全く出来ず、新しく蒼穹クラブへの勧誘も出来ない状況です。
できれば、来年度より院生1回生か現4回生、京都に残っている後輩に蒼穹クラブに入会していただき、登録係を引き継いでいただきたいと思います。
誠に勝手な言い分で申し訳ありませんが、どなたかご連絡いただけると助かります。
よろしくお願いします。
連絡先:aoi_younagi_ym@yahoo.co.jp(@を小文字に直してください)
準決勝は 道祖・小山田2-④宮下・溝渕、山崎・沢田④-3逢見・貴田
でした。道祖と山崎がソフトテニス本来のGストロークを見せないままでしたから
批評はできません。どんなに条件が悪くしんどくあっても、テニスのストロークの
あり方は譲れないものであるべきです。ストイックというのではないのですが、
そのように印象を与えても仕方ないと普通はパフォーマンスに走らないのが
スポーツとしてのソフトテニス(軟式のテニス)の後衛があるのです。京都大学の
ソフトテニスの後衛像が存在している。これが評価の基点を与えるのです。
辻(拓)がいまぶつかっている壁がこの後衛像です。辻(直)もその後を追っています。
まだ前を行く先輩の姿も見えないでしょうが、早く追いついて後姿が見えるまでに
近づいてもらいたい。村山、乾、浜田ももっともっと意欲を持つべきです。漠然と
練習課題を考えているようでは進歩は期待できない。道祖が2回生時どれほどの
進歩発展を成遂げたかを上級生や院生は知っている。本人にも聞けるではないか、
みんなが逃出すほど執拗に聞いてみるべきだろう。自分とどれほど違うのか、何がどこが
どのように違うのかと。
前衛3人の努力にも触れておこう。上松、橋崎、平田はまだ前衛ではない。下手な前衛
で仕方がない。いつのまにか前衛として合格する。ひとが見るとそんなものだ。自分で
は気付けない。ただなにか思い当る時期がある。あのとき何か少しだけだが分った
実感があったと。完全に内側に入ってしまって練習に打ち込む。レシーヴとその後の詰め、
スマッシュの完成、ポーチヴォレーの追い脚、守りの広さと固さの完成。これのどれか
に重点を置いて、基本練習にどこまでも真剣に向う態度を身につけることと平行して
練習する。練習にペアの後衛を引き込む。自分のテニスのために後衛を何としても
まきこんでしまう(強くお願いをする。依頼する。の意味ですが)。本当のテニス
を強く求めることが、強くなること、うまくなること、結果がともなうことと
同じであるとするのです。強い意思、思い、我が必要です。誇りとも言えるでしょう。
もう一週間は蒸暑さが続くでしょう。疲れたら休んで、いや必ず疲れを取って
次の日に備えるのです。疲れないようにするにはやることを減らすことも
やむを得ない。選択が欠かせない。意思が強くなければできません。しんどいです。
感覚を意欲に結んでは中途半端にしかできません。感覚を意思の実行に利用する。
疲労回復に、疲労軽減に感覚を利用する。何ができるかは、大きく広い感性の
作る夢の持ち方によります。時々の感覚は感性ではないと思います。
吉田の里に、吉田のコートに、もう秋風は迫っていると思います。
蒸暑くてしんどいのが今日の感覚ですが、その先を見据えて学生らしく
意欲に満ちていてもらいたい。
秋の空にはまだ時間がかかるのでしょうが、
そのようなことを言っている余裕がないほどの
湿度の高い夏の暑さが選手たちを苦しめています。
社会人は、それでも経験の中からなんとか知恵を出して
対策しているのですが、学生たちは事前の準備が
まったくないのでなすすべをもたないです。そして
課題を計画的に解決する実行がほとんどありません。
なんとなくしんどいという実感にどんどん押し切られて
流されたままです。なんか元気がないですね、と
蒼穹会に集ったOB諸氏から何度も感想を聞かされてしまいました。
弛みを指摘する、指導を糾弾するという主旨ではない、もっと
何か威勢が上がらない原因があるのですかと訝しく思う
発言ですが。こうやりたい、ああやりたい、でも意気は高く
元気はあれど、どこか無責任で短絡的、もう少し落着いた
指導者の眼の下にあればすくすく育つであろうに・・・と
見えるのが普通です。このような予想からだいぶ外れた状態に
見えたのでしょうね。
蒼穹杯一般男子選手権は9ブッロクの予選を勝ちぬいた9ペアで
決勝トーナメントを行いました。現役3ペア、若手OB3ペア、
4回生主体3ペアです。社会人は暑さに抗し切れず練習不足も
重なって実力を発揮できませんでした。ときどき心地よい風が
吹くというシーンや抜けるような青空の下とか真白の積乱雲が
見られるとかの条件がまったくなく、蒸暑さが目立つばかりという
のでは盛上りに欠けるのもやむを得ないとも思いました。
テニスの方は決勝トーナメントが、予想に違わぬペアによって
占められたのでしょう。実績にしたがった位階づけを黙々と
行ったというに過ぎないマッチが行われてしまいました。前衛の
テニス観が単純過ぎるのと後衛の力量不足、その上にペアテニスに対する
理解がまったく欠けているのでしょう。そう批評せざるを得ない
テニスパフォーマンスでした。こういうときは、現役にずいぶんと分が
あるはずですが、運動部らしい部生活が送れていないのでしょう。
なんとなく元気のないパフォーマンスを見せてしまったという結果です。
突然の書き込み申し訳ございません。
北大軟式庭球部部誌係の前田です。
6月頃に我部の部誌の原稿の依頼を主務の平野さんに行ったのですが、現在連絡が取れない状況になっております。
我部は毎年部誌を発行しており今年も七大戦でお渡ししたいと思っております。ですので8月20日までに原稿をお願いいたします。
下記のアドレスまで連絡お願いしします。
e-mail:hokudai_yukyo@hotmail.co.jp