蒼穹掲示板

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練習談義

2007/05/10 05:14:52 麻田佳明

火曜日に内藤さんと山元さんと三人で
練習を見ながら話していたことから。

テニスを楽しむということでは
どのような楽しみ方でも特段問題は感じない。
しかし正規練習として時間を費やして
やるからには、目的をしっかり持って
練習するべきだし、そのためには、
しっかりした計画があって、計画と比較しながら、
上達の成果を確認していくべきだろう。

後衛同士のストローク練習(乱打)
前衛同士のストローク練習(乱打)
後衛のストローク練習=振り回し
前衛の連続プレー練習
前後衛の基本練習=前衛基本練習、s&r
はどれもなじみのものである。
しかし、水準には大きな幅が存在する。
形式に流れるとほとんど目的を達することが
できないといってもよい。

実技の指導者がいて、多くの生徒が居るような
形態での練習では、形式として
球を出すのが指導者一人に限られ、
生徒は順番に練習するというものになる。

しかし指導者が居ない形態では、
互いに球を出すのだから、どのような目的を持った
練習かをしっかり心得ていなくては、
出すべき球が無い練習となる。目的に適った
球を出すことも必要だが、できるだけコートを
全部使って練習する方が、部員全員の
練習機会が増えるはずだ。
つまり、各人の練習機会を増やすことを
第一に考えれば、目的に適った球出しに
上達することも早まるのではないか。

さらに近年機会を得ては話しているように
相対の対決型の練習の効果の大きさがある。
前衛の基本練習を真剣に積み重ねることで
どれほど腕前が上達するかを今一度考えて見てはどうか。

間違った練習をいくら続けても
上達はしないと気持ちを強く持つべきではないか。

声は出さずとも、気迫のこもった、なにより
上達を目指した目的のはっきりした練習の方が
進歩が確実なのではないか。

気持ちが固くて、融通が利かない、
楽しさがなくなるという予想は的外れではないか。

監視がついた不自由さの無い「自由なテニス」の喜び
互いに励まし合う中で困難に打ち勝つ喜び
目的を達成する進歩の喜び
仲間と集う喜び
正規練習を喜びのあるものとするには
準備も工夫も努力も相当に必要になるのである。

申し訳ありません

2007/05/09 00:12:47 麻田佳明

内藤さんと山元さんにコートを覗いて
いただきました。
天気は良く、いえもう夏ですね、暑いです。
どこかひんやりする気配を瞬間的に
感じるときもあるのですが、もう夏です。
コートはすっかり若者のものです。女子の
新入生と乱打を少しやりました。疲れました。
良く打つ学生で、なかなかのコントロールです。
グリップの矯正に取り組んでいるのですが、
バックハンドストロークの要領を持っているので
上達は早いでしょう。

男子も半分は新入生です。みんな経験者のようで
要領を心得ています。京大テニスの練習に慣れようと
懸命のようです。

3回生の数が少ないので、遠慮があるのかも
知れません。2回生のテニスに力があるので、
3回生もうかうかできない気持ちが強いのでしょう。
1回生に十分な練習をしてもらいたいという
思いも強いのでしょう。

みんな少しずつ何かしら譲り合っているように
見えます。気持ちの上で、強く出ることを
ためらっているのでしょう。

なにか適切な言葉をかけてやりたいのですが、
うまく思いつきません。申し訳ないです。残念です。

そして、要らぬお節介に感じるかもしれない
言葉をかけてしまう不適切なことまでやってしまいます。
気持ちを腐らせないで、役に立つかも知れないと
平気で聞いてみて下さい。

練習の上達目標を1月、2月単位で作ります。
何ができるようになるべきか。
チェックを2週毎に行います。
週間の練習計画を立てます。
毎日の練習を、計画的に行います。
練習日誌を残します。
学年ごとのチーフと幹部(兼任は可)による
幹部会もしくはキャプテン会で練習計画を
立てます。選手各人の練習目標を
本人も含め確認しておきます。

大事なことは、練習の成果です。どこまで
計画が進んでいるかを見誤らないことです。
練習方法は、適時工夫するのです。
練習方法から技術が生まれてくるとは
考えにくいでしょう。1年生は、あるいは
慣れるまでは、練習方法から上達が始まることも
ありますが。

新体制の練習を覗きます

2007/05/08 00:23:35 麻田佳明

通常練習を覗こうと思います。
小柳にメールを送ってもらったようだが
(違ったかな)、誤って消去してしまいました。
見ておりません。どうも申し訳ありません。
「連絡ファイル」ではなかったかな?

活きの良いところを見てみたいと期待しています。
走り回ること、
おおらかに打つこと、
心から望んだプレーを上手に行うこと、
楽しむこと、
そしてむろん、勝つようにやる、強くなることだ。

変に窮屈になってやっては面白くありません。
勝たねばならないと、根拠もなく、無計画なままで
無為な時間を過ごすような練習は
苦しいだけです。
耐えるに足るだけの苦労なら
買ってでもやるべきですが、
あてもなくさまようだけの
苦しさを目的にしてはなりませんね。

勝とうとして、もがくのは、
当然としても、悪態をついたり、
焦って乱暴になったり、
根気を失って、気持ちを長続きできなくなる
ようでは、とてもテニスの精神を
持つことはできません。

颯爽として、負けないテニスに
到る努力を、研鑚を、精進を、練習を
続けてください。
自己を鍛練し、心を磨いてください。

こつこつ、こつこつ、と・・・・・

連休に疲れたか

2007/05/07 00:11:59 麻田佳明

私はこの連休、どこへ出掛けるということもなく、
ひっそりと家に居ましたが、庭木の剪定に疲れてしまいました。
手に豆をつくって痛い思いもしました。
切り取った木の枝を焼くことができないので、
ゴミとして出すために15〜20cm程度に
細かく切らねばならず、大変な労力を要します。
昼寝と交互にして幾袋かはまとめましたが、
残りは庭に積んで放置しています。やれやれ。

5日は夜大津駅の側の飲み屋で山元さんと
一時を過ごしました。テニス談義はほとんどなしでした。
あまり飲んでいないと思っていたのですが、
今日は身体がしんどくて仕事もはかどらず
寝たり起きたりしていました。

3日の朝日新聞朝刊には驚きました。
社説が21本も一挙に掲載されたからです。
意味が分からず困惑しました。
「日本の新戦略」と題して、憲法60年。
私たちはこう考えます。と特集記事に
新聞社としての提言をまとめたということのようです。
21本は21節に分けて論じたということのようです。
一面トップには、論説主幹若宮啓文さんの
「提言 日本の新戦略 憲法60年
地球貢献国家をめざそう」が掲載されていました。

日本のジャーナリズムの現状が
こういうものなのかとちょっと驚きを
感じました。
なぜそのような主張をするのだろうか?
中国や韓国の政府とジャーナリズム、そして北朝鮮の
権力の主張ならばどうだろうか。
主張の是非より、主張の狙いと根拠に関心が
集まるのではないか。
日本の民主主義に無条件の完全さを仮定しているのか。
共和主義を超えて「完全な民主主義」を仮定している
のではないかと驚くのだ。
「戦略」という言葉にも驚く。昨年1年間を通して
考えてきたというのだが、読者としての印象はない。
自国の平和と安全は、他国が定義するものではない。
外交は具体的な押し引きの折衝である。力と面子が
押さえられない。国内状況と権力のあり方が交渉力を
左右する。民主国家としてジャーナリズムと政治勢力が
政治権力を国民のものに実現させているかどうか。
深い狙いを隠して、行われたものか、お調子者の
暴走なのか。地に足をつけた地道な報道を実現して
行く方が判り易いと感じる。

政治家の発言の具体的な批判と政治経済の
実証と検証を積み重ねた上での国論への
提言が欲しいと感じる。
先ずは少数意見の尊重が、創造的建設的意見の
発見紹介が、弱者側に立った報道が、権力批判
につながってゆくのが新聞人の役割ではないのだろうか。
寄せ集めの地球貢献策を提言しても新聞ではないと
思うのだが。

提言ではなく、「なぜ?」をどこまでも追究する報道
を実現する(守る)ことが新聞ではないのか。
読売、産経と対決していると見せたいのだろうか。

春季リーグ戦二日目

2007/05/03 00:59:18 富岡陽介

男子部元主将の富岡陽介と申します。大変遅れましたが4月30日
に福知山三段池テニスコートで行われた春季リーグ戦の結果を報告
させて頂きたいと思います。

VS甲南大学  1−④

田部井・貴田 2−④ 石原・葉狩
井上・辻田  2−④   ・
千々和貴志  0−④ 小林
逢見・富岡  2−④ 中西・杉山
小柳・赤木  ④−    ・

VS大阪大学  2−③

田部井・貴田 ④−  前川・的場
逢見・富岡  ④−2 白石・山本
千々和貴志  1−④ 福間健太
井上・辻田  1−④ 上田・榎本
小柳・赤木  1−④ 福間・凪  
(抜けているところは後日HPにアップします)

一日目の結果と合わすと、二勝三敗の四位でした。敗因は自分が勝
てなかったことにあると思います。秋に三部に降格したとき、必ず
春に二部に戻ってみせると誓ったリーグでした。ですが入れ替え戦
と同様、大事な場面での一勝をもぎ取ることができませんでした。
自分の成長してなさに悔しさが込み上げる結果となりました。リー
グ戦当日応援に来てくださったOBの方々、心強い応援本当にありが
とうございました。

そして、幹部が交代しました。一年間本当に短くあっという間でし
た。部の事だけを考えた一年でした。「もっとああすれば」という
思いが後を絶ちません。ですが、上に立つものの難しさ、何か一つ
をやり遂げる大切さを学ぶことのできた非常に貴重な一年でした。

最後になりましたが、応援してくださっているOB・OGの皆様。本当
にありがとうございます。まだまだテニスは大人と呼べるものでは
ありませんが、これからも応援・指導の程よろしくお願いいたしま
す。

拙い文章失礼いたしました。

大学院の入学者に注文がつく

2007/05/02 01:28:20 麻田佳明

出身大学の大学院進学(いわゆる身内進学)
を3割にするべしとの方針が教育再生会議
から出て来たらしい。国立大学大学院の
話しであるが。

私が大学院生であったとき考えていた、
あるいは議論していたことは、大学教官を
出身大学からは禁じてはどうか、というものであった。
京大を卒業すれば、京大の教官にはなれないとするのだ。

結論を出したわけではない。
軟庭部の部長は先輩である方がふさわしい。
半分程度で良いのではないかと考えていたように思う。

一度教官になってしまうと、地位の保全という
権利が、学問の自由と結びついて、人事の
固定化をもたらし、研究の発展を阻害していると
考える院生が周囲に多く存在していた。
「大学解体」というスローガンも唱えられていたものだ。

時代は変わったと感じます。
大学進学は、大学での研究に重点を置く学生も
多いのではないかと思います。となると、大学は
近くの大学にして、大学院をより重視するでしょう。
大学院進学の蓋然性を考えて、従来は大学を決めていた
のではないでしょうか。

研究者の力とその集団がどのような意志を持つか、
この点を明確にして置かないと、単なる制度いじり
に走って、何をしているのか、目的もない
無駄な行為に時間を空費するだけと考えます。

大学とは何か、国立大学と私立大学、
官立と私立、公教育と私教育、問題は
もっと深くて大きいのではないでしょうか。
大学生が、あるいは院生が、大きな関心を持って
広く声をあげる国であって欲しいですね。

一体私立の進学校は、官立大学に目標を絞ることの
矛盾を感じないというのも不思議なことです。

一流の研究者は、官立から出るわけではないのです。

国を考える国民が、政治に求めるものが、
個人の利、それも自国民に対する優越に
しかないのではないかと哀しく感じます。

昨日、今日(いえ、もう日が変わっています)の
朝日新聞朝刊の記事に、もっと深く論じるべき
問題が数多くあるのを感じました。
一つ一つ論じれば、何冊かの本になってしまうでしょう。
新聞記事の限界とも言えますね。

昭和憲法、民主主義、立憲主義。
政治学の深まりのなさと非難することは
許されないのでしょうか。
私が経験してきた学校教育では
深さを感じませんでした。
(どういうわけか、20年〜10年
前には、憲法学者として講義をしている
自分の姿を良く夢で見たものでした。)

政治家は、統治のやりやすさにしか
目が届いていないように思って来た。
せいぜいが「みんなの求める統治の姿」
が限界であると感じる。

まわりの声を代表することが
政治家というわけだろう。
これで戦争するというのでは
イスラエルやな。
素朴でええが、村の政治でもあるな。

信じられるのか?と聞かれると・・・

2007/05/02 00:50:16 麻田佳明

信じられないと簡単に答えられる
ようなものではないが・・・・・。

信じられるかどうかより、
読み進めるにつれて、心を捉えて
離さぬように感じるようになったのは、
民族の知識の蓄積のしかた、あるいは
知識とは何か、に関する話しの数々である。
たとえば、地球とは何かと問うならば、
大地をどのようなものと「知っているか」
から積み上げてゆかねばならないという
歴史である。問いのあり方と
その問いに対する答えのあり方が
まず問題となる。学校教育であれば、
問いのあり方、答えのあり方は、
小学校から始まるのであろう。最近(といっても
この40年ほどは)もっと早くから始まっている。
小学校では、問題の形式はできたものとなっている
とも思える。
次ぎに、問題に対する答えとはどのようなものか。
知識は誰のためか。したがって知識を組織的に
蓄積する方法の開発が問われる。
どうしても同意できないと感じた者は
どのような行動をとるか。
こんなことが歴史となっている。

知識を広めること、積極的に求めること、
蓄積すること、構成員全員で共有すること、
等が古くから定着し守られている。
それでも、分かれ分裂し離れてゆく。
口承史を残している民族は、他にもいるが
かくも長く確実な意思で残されたものはないらしい。
少なくとも1万年は経過していると思われる。

時間をかけて、他民族の知恵を「盗む」
方法。一族の中に「異能」者を見つけて
育てる方法。不確実なことには
検証の機会を持とうとすること。
男女の区別をあまりつけようとはしないこと、
つまり多くのことは共同で行うこと、何か
特技を持つことに大きな評価を与えること。

人間至上主義ではなく、生物はすべて大地からの
恵みであり、兄弟であると考えていること。
貪り尽くす考えを持たないこと。
一族の役に立つことを願うこと。
リーダーがどのように生まれるかについて
できるだけ全員の話し合いによる選出と、
どのような問題解決でのリーダーか
その責任を明確にしていること。

読み進むにつれ、国家論を考えさせられる。

雑談になるかも

2007/05/02 00:25:17 麻田佳明

オーラル ヒストリー(口承史)
稗田阿礼の暗証していた「古事記」があった。

これは、ネイティヴ・アメリカンの口承史とのこと。
ポーラ・アンダーウッドさんのウオーキング・ピープル
「一万年の旅路(ネイティヴ・アメリカンの口承史)」
星川惇訳 2005年11月初版第13刷発行
翔泳社発行
を読みました。
著者は、1932生まれです。お父さんについて、
幼年期よりアメリカ東北部の先住民に伝わった
口承史を学んで、正式の継承者となった人です。
大学では、国際情勢論を専攻して、ワシントンで
30年以上、海外援助、核軍縮、女性の地位向上、
先住民の教育、文化振興などをテーマとする
議会活動とNGO活動にかかわってきたのだそうです。
42才から、口承史の英訳出版に従事している。
オンタリオ湖の周りに住むイロコイ族(イロコイ連邦
=6部族)に伝わる口承史とのことである。
著者の祖父の祖母(名前はツィリコマー=明るい春)
が、イロコイ連邦結成時に
(この時は5部族が存在していた)、口承史
(「古の学び」「古の知恵」)が身の回りから
一掃されると危惧して、民族から逃げ、後の世に
伝える決心を固めた。1810年である。
これが著者によって現実化した
というものであるらしい。1998年である。

かすかな残影としてアフリカから出発し、
アラビアから地中海に出て、イランに、
そして中央アジア、黄河から黄海を渡り
朝鮮半島そして太平洋に出た。ところが
地震火山の災害にベーリング海峡を歩いて渡り
北米にいたり、始め南下してロッキー山脈を
西に越えて太平洋岸に出たが、先住の海の民に
追い出され、再びロッキーを越え大草原を横切って
大西洋岸に出た。しかしそこでも先住の民族に
遠慮して五大湖に進出した。その間、人間の数も増え
狩猟対象も減少して、他に移住する土地も
なくなり、他民族との闘いも決意する
時代を迎えた。戦いつつも共存への努力を重ね
イロコイ連邦を結成するまでに到った。
合衆国建設にも影響を与えるほどの連邦結成の
思想を持っていたらしい。

良く闘いましたね。

2007/04/30 23:47:08 麻田佳明

見てはいませんが、中瀬古の
報告を読むだけで、大変立派な
闘いをしたと感じます。
平田・松田の全勝、桝本のシングルス3勝。
2年前の野洲の運動公園の
コートでの合宿
の様子を憶えているので、感慨が
ひとしおです。
私の方は、横から眺めるだけで無責任なものですが、
現4回生3人の真剣な気持ちに
感動を覚えていました。
新入生も幾人か見てくれたのでしょうか。

真剣にものに立ち向かうということは、
堅苦しさや面白みのないものととらえる
むきもあるやも知れませんが、時間経過を
連続して追っていると、豊かな感情が
見事にうねっているのが良く見えます。
くちはばったい物言いですが、仏性現起ですね。

平田・松田と桝本の活躍の上に
中瀬古・山口組の3勝2敗がしっかりと
存在感を持っています。そのように感じます。
甲南大学と龍谷大学を相手に
先鋒として良く戦いましたね。
2−4という結果は語るにふさわしい
内容を感じます。テニスの話しになるでしょう。
今度会う機会に話しを聞かせてください。
山口は、出発点ができました。
重心を前足に移してプレーする
本格的な技術を覚えましょう。
マッチでの心理、ゲームでのポジショニングと
身体の動かし方、その上に立った
ボールの動かし方の知識を持つのです。

4回生はこれでひとまず終了ですが、
夏の試合、秋の試合に、可能性をつくって
挑戦することを考えてみて下さい。
必勝でも、豊かな気持ち、広いテニスの
気持ちが、もっと楽で輝く必勝を理解させてくれる
かもしれないからです。

女子の新しい歴史=可能性を切り開いて
くれたように思います。ご苦労さん。
まぶしいそんざいです。

春リーグ結果について

2007/04/30 12:11:07 中瀬古有里子

女子部4回生中瀬古です。
28・29日に大阪市立大学にて行われました女子4部リーグの結
果をご報告させていただきます。


VS大阪市立大学 
中瀬古・山口④−2
桝本 ④−2
平田・松田④−0  ③−0勝ち

VS兵庫教育大学
中瀬古・山口④−0
桝本 1−④
平田・松田④−3  ②−1勝ち

VS甲南大学
中瀬古・山口2−④
桝本 ④−1
平田・松田④−0  ②−1勝ち

VS神戸女子大学
中瀬古・山口④−0
桝本 ④−1
平田・松田④−2  ③−0勝ち

VS龍谷大学
中瀬古・山口2−④
桝本 0−④
平田・松田④−1  1−②負け

結果、4勝1敗で2位でした。
優勝は龍谷大学です。

今回のリーグは、皆様お忙しい中、内藤さん、綱島先輩ご夫妻をは
じめとして、
村上さん、利藤先輩、木村(敦)先輩、森本元コーチ、伊東さん、
また、東京からわざわざ応援に来ていただいた小島先輩、と
本当にたくさんのOB・OGの方々に応援に来ていただき、
大変心強く暖かいご声援をいただくことができました。

シーズンが始まって以来、このリーグに照準をあわせ、
どうにか自分たちが幹部の時にもう一度3部へ、と
厳しい練習を積み重ねてきましたが、結果1歩及ばず、
本当に悔しい気持ちでいっぱいです。

女子部はこれで幹部交代となります。
1年半の幹部という期間を通じて、自分自身やチームについて、
テニスについて、深く考え、悩む機会を何度となく経験させていた
だきました。
これからはそこで得たことのできるだけ多くを後輩に受け継いでい
きたいと思います。

最後になりましたが、これまで応援していただいたOB・OG・関係者
の皆様、本当に有難うございました。
これからも女子部をよろしくお願いいたします。

長文失礼致しました。

さて、どのような点数をつけようか・・・・・

2007/04/30 00:29:42 麻田佳明

春季リーグの結果については、
そのうち報告があるでしょう。
その結果を見てから、評価については
ゆっくり考えてみましょうか。

とにかく優勝はできなかった。
順位は4位であった。これ男子です。
女子の方は?2位か?知りません。

大阪大学が優勝とのことらしい?

新入生を迎えて、新しい態勢で
始めなくてはならない時期になりました。

まずは新歓コンパですね。

しっかりやってもらいたい。
(というのも、おかしな話しですけれども。
新歓コンパをしっかりというOBも
あり得ないと思いますね・・・・)
いえ、新入生をあたたかく、希望を持って
迎えてほしいという気持ちです。

リーグの評価は、OB会報に書きましょう。

つぎに、部誌「蒼穹」50号の発行を
意欲を持って行ってもらいたいです。
あくまで希望ですが。
協力を心掛けているOB・OGの
皆様も多いと思います。現役部員と卒業生の
心が通うことを願っています。

真に残念のことですが、期待の中村啓三さん
が世界を変えてしまわれましたので、なんとも
心がふさがれてしまうのですが、お預かりした
記録もあります。宮越OB会長にぜひお力を
お借りして少しでも京大軟庭部=京大ソフトテニス部
の歴史を形にして表したいと願っています。
現役部員諸君の気持ちの高まりを願います。

現役諸君のテニスについては、
この1ヶ月間の疲れを癒すベく
少し学校ベースの学業生活で
調整して下さい。そして、夏のシーズンに向けて
静かに思いをめぐらせば良いでしょう。

私から言うべきは、各人自分のスタイル、
武器を持つことを考えてみようということですね。
どのようなテニスをするのか=勝つのか=存在を
知らしめるのか、しっかりした=手本となる、
テニスを、技術を持とうではないかということです。

もうずいぶんと腕を上げてきました。
リーグのゲームに随所に現れていたのではありませんか。
観戦の先輩諸氏の批評を聞いてみてください。
私は十分な腕を持っていると思いますよ。
いくら勝っても不思議ではないほど上手になっていると
思いますが。
厳しい評価を下す先輩も居られるかもしれませんね。
その助言は、尊重して下さい。私はテニスが下手で
良く分かりませんから。

私が言うのは、武器を持とうということですね。

女子の方はどうなのかな・・・・・・・・

春リーグ1日目

2007/04/28 21:15:05 宮田祐司

H.15年入学の宮田です。簡単にリーグの結果を。

本日行われた春リーグ1日目の結果ですが…

VS神戸大
井上・辻田4−3
逢見・富岡4−3
千々和  4−1
安藤・貴田1−4
小柳・赤木4−1  4勝1敗で勝利

VS大阪学院大
井上・辻田4−2
逢見・富岡4−3
千々和  4−2
安藤・貴田2−4
小柳・赤木4−1  4勝1敗で勝利

VS兵庫県立大東学舎
逢見・富岡 3−4
田部井・貴田4−2
千々和   1−4
井上・辻田 4−3
小柳・赤木 3−4 2勝3敗で負け

以上2勝1敗となっています。
明日は甲南大、大阪大との対戦です。
明日2勝すると、兵庫県立大東学舎が全勝しない限りは優勝とな
ります(多分)。
初出場の2回生が健闘しています。

明日も良い試合をしてくれることを期待しながら福知山へ向かお
うと思います。

それでは失礼します。

調整を完全に

2007/04/28 00:58:57 麻田佳明

決戦のとき到り、粛々と全軍は戦場に向かう。
ときに、元禄じゃあなかった、平成19年春4月28日。
自信といえるほどのものは残念ながら
持ち合わせていないが、決戦の覚悟はしっかり持っている。
後は、燃えるだけである。
残りかすひとつだに残さないで、燃焼し尽くす決心である。
いざ決戦!

昨秋をおぼえているだろう。
私は言いました。「人を頼るな」と。

人を信頼するなということではありません。
増してや、ペアを信頼するなということでは
ありません。

観戦しているみんなの心がどのように動いたか、
をおぼえているはずです。
神さまーーっ!なむさん!と応援する
みんなが心を揃えました。

部員が、そのような心に揃ってしまったのです。
これでは、戦っている選手は、闘いの
精神を失ってしまう、と私は感じたのです。
精神の動揺を押さえ、あるいは、隠すことに
専念してしまいます。闘いの心が消えてしまったのです。

部員は、全員事態を理解し、闘いの場で
それぞれがなすべきことを粛々となすことに
専念すべしです。このことが理解されていないことに
気がついたのです。監督の責任でした。

団体戦では、部員全員が闘っているのです。
闘うべきなのです。たった一人でも、闘いの
外に出てしまっては、弱くなるのです。
このことを伝える余裕は、今回も持てずじまいです。
したがって、「蟻の一穴」のたとえがあたるやもしれません。

テニスに関して、部員全員が同じだけ知識を
持っているべきです。
団体戦での、闘う意思を全員が共有しているべきです。
昨秋の経験を思い出してください。
何をなすべきか、各人ができることを、
すべて出し尽くすのです。
試合の勝敗の行く末に、「神さま!」と
心を奪われてしまっては闘いにならない! と
知ってください。

自分の闘いの分を心得て、闘うのです。
状況がせっぱ詰まってくれば来るほど、
自分の闘いを闘い尽くすのです。

闘っている選手に、何をアドヴァイスするか。
キャプテンを筆頭に、態勢が整っていなくては
ならないのです。選手が、誰彼となく
聞いて回るようでは、所詮は負けの道を
ひた走るだけです。
選手だけの、自己責任、観客の悲鳴。
選手と観客という二分された体勢では、
闘いは、闘いの態をなさないのです。

団体戦の戦い方、体制をしっかり作る必要性が
あるのです。
自信がたとえまるでなくとも、決戦を
覚悟した時点で、体制を作って戦う意思を
確認することができなければ敗戦を免れないのです。

自信が持てなくても、
必勝の体勢は作られていなくてはならない、
というべきなのです。

覚悟を決めたら、後は、楽しんでください。

ふれーふれー  きょうだい!

調整を完全にして(なに、足らなければ、試合の中でも)

2007/04/27 00:23:24 麻田佳明

ファースト・サーヴィス、スマッシュ、
ハイヴォレー。
身体の使い方を調整するには良いプレーです。
全員行ってみてください。

上から下へ腕を落とすのが基本の形です。
腕だけになっては、自然でなくなります。
全身でラケットを振ります。
身体のどこか1箇所でも不自然なところが
感じられたら失敗です。修正を考えるべきです。

人に合わすことは不必要です。
独特のスタイルは、人から見て
不自然なものです。
それを承知で、自分にとって自然にすればよいのです。

身体の使い方を、自然にする。

意識の空白を、埋めること。

緊張したり、恐れたり、固くなったり、
びびったりすることは、実に自然な反応です。
しなやかに対応して下さい。
つまり、知恵を持って対するのです。

男子も女子も、ずいぶんと良いところまで、
進んできているのです。もっと練習、さらに練習です。
猛練習するしか、別の道はないでしょう。
でも、理性を使うことは可能です。
カントに倣って、自然な理性を素直に使いましょう。

バイオ燃料とかで、アルコールが制限されそうです。
せめて美味しさで克服してやろうと思います。

美味しい酒が飲めることを期待しています。

身体をもっと柔らかに自然に使うこと

2007/04/27 00:11:02 麻田佳明

桝本、平田、(そして中瀬古も)のファーストサーヴィス
の練習を見ていて思ったのですが、肩が水平になったままで、
腕に力を入れることばかりに注意が集中しています。
背中や肩、それに腕、特に手首に負担がかかってはいませんか。
もう少し穏やかにラケットを振ってみてください。
小さなフォームから、ゆっくりした振りから、
少しずつ大きくし速くするのです。
ベースラインにこだわらず、1m前から、1m後ろからも
サーヴィスしてみてください。コースも
3通り区別してみてください。
思いきりサーヴィスする、少しセーヴしてサーヴィスする、
の区別も試みてください。
ストロークは、前後左右もっと大きく走ってください。
丁寧に打とうと、動きを止めては良くありません。
山口、松田は、前衛練習で、静止したプレーから
半歩ずつ動きを拡大した、段階的なプレーを
意識して練習して下さい。
プレーは、常に運動する中で行うのです。
動きながら、止まって、でも静止しないで、
大変な速さの中で、行うのです。

頭の中のプレーを、明確に意識しておくべきですね。
頭の中が空っぽでは、いくら
外を、明確に見て、判断し、適確にプレーして
やろうと考えていても、実際にボールが飛び交うと
何も見えませんよ。

辻田、富岡、貴田、梅原、山口、松田に見られる、
反応の良さと、ボールを見ないセンスのなさという
矛盾したプレーは、テニスに限らない、気の張り方
を主題にしたスポーツの上達段階の一過程での現象です。

サーヴィスでの身体の使い方の固さも共通している
のです。目的を持つと、全体を見る目が失われやすいのです。
直接関係するところだけにか目が向かないのです。
バランスを失しても気がつかないのです。
見ようとすればするほど、見えないなんてことが
起こるとは想像さえしていないのです。

内側から見ることが難しいこともあります。
外側から見ることも試みるのです。
だから他人のプレーを、身体の使い方を見るのです。
そして内側を想像してみるのです。

鏡を見て工夫するのもよいことです。
ヌードも良いものですよ。

天気も崩れずなんとかもっています

2007/04/26 23:42:57 麻田佳明

練習の方もしだいに的が絞れて来ています。
自信を持ってリーグを迎えるという
ところまでは届かないようですが、
力の限りを尽くしてテニスをする
決心は固まったと見ています。

相手の力量しだいですが、果敢に
挑戦する決心がついておれば何とか
戦って行くでしょう。思わぬ力量が
ついていることを発見して驚くことが
出て来るようになれば良いのですが・・・・・。

中瀬古がずいぶんと上手くなりました。
膝がかなり上手く使えるようになっています。
気持ちが途切れず続くようだと目標に達することが
可能でしょう。
辻田、安藤もそうですね。
気を張って、しっかりプレーしているのですが、
いつのまにか、空白の時間を作ってしまうのです。
カントは、意識の中に妄想が紛れ込んで来る
過程を分析して見せましたが、プレーヤーは
意識の中に空白を作ってしまう現実に
立ち向かわねばならぬのです。

いくらボールを睨みつけても、
見ていない瞬間があることを発見して
たいへん驚いたものです。見ようとすればするほど
見えないことも発見しました。
星を見る時もそうでした。
望遠鏡の中の星の像が、明確に見えないのです。
見れば見るほど、見えないのです。

どうやれば、隙を作らず、途切れる事なく
見続けることができるのか。

調子の良い時、すべてが「見えている」と
感じています。見えないとは、思いもしません。
必要にして十分なだけ見えている。
すべてが分かるので、プレーには間違いがありません。
それでもミスをすることはあります。
このミスは、理由が分かります。事実、修正して
すぐさまミスを犯さないで済ませることができます。

赤木はそのようなミスをたくさん犯しています。
直ぐに直せるのです。直してみてください。
リズムが少し遅いですね。50%速いリズムと
二通りのリズムを持ってみれば良いでしょう。
1秒間に2拍(タンタン)と1秒間に3拍(タタタ)の
二通りを意識してみたら良いでしょう。
小柳は、それに合わせて、もっとリズミカルに
相手を揺さぶり押したり引いたりして攻めることができる
はずです。

どんな戦い方をするのかと、楽しみにして

2007/04/25 23:49:08 麻田佳明

楽しみにして下さる卒業生先輩の
皆さんへ、どのようなご報告が届けられるか
と考えているのですが・・・・・。
先般の関西ダブルスの結果は
1、2回戦止まりと見るべき
ものはありませんでした。だから
リーグの見通しもたいへん暗く
悲惨なものです・・・・。というのでしたら、
わざわざ書くこともないのです。

テニスの試合(D、Sともに)の駆け引きに
未だ習熟していませんので、なんとも心もとない
のが現状です。勝ち方、しのぎ方、かわし方。
攻め方、守り方。楽しみ方。
2部なのか、3部なのか、4部なのか。
形がなかなか作れません。
教え方が分からない。教えていない。
教えられない。・・・ということかとも、
思わないでもありません。

今その渦中、いや途上にあるのです。
これと進むべき道を見つければ、それはもう大変な勢いで
進んで行くでしょう。
緩んだり、引き下がったり、外れたり、諦めたり、
というようなことをしたわけではないのです。
先頭を行く、引っ張るものがいないのです。
どんぐりの背比べ、というほどの低迷でもありません。

確かに、激しい競争があれば、あるいは
希望が見えやすくなっているかもしれませんが、
人数が少ないので、どうしても激しい競争には
見えません。しかし互いのライバル心、負けたくない
心理は相当なのものです。自信がいまだ形を現してい
ないのです。

それで、最後の仕掛けをしようと・・・・・。

コートを覗く新入生は男子約10名、女子約8名とか。
一ペアは3番手以内にランク付けできるほどです。
リーグの後、実際に部員となってくれることを
希望するばかりです。新歓コンパに明るい顔を
見たいものです。そのためにも、12名の部員が
勢いをつけてリーグのすべての試合に、
持てる力のすべてを出し尽くしてくれるよう
気を配っているのです。

ご厚情のほどを宜しくお願いいたします。
なお、試合には、私は一切出向かない積もりを
しております。この点も宜しくご高配いただきますよう
お願いいたします。

村上さんどうも有り難うございます

2007/04/25 23:22:09 麻田佳明

ちょっと、思ったことを書いてみるが・・・

選挙に関して、若者の投票率を
心配する声がある。
あるいは、閉塞状況にある社会にあって、
若者がわかりやすい力の政治へ無批判に
流れているのでは無いかと問う声がある。

年寄りの、若気の至りと粋がる態度、頑迷固陋、
あるいは冷水を、正面切って批判するわけにも行かず
といってなるほどと社会が納得する議論を
戦わすまでに根気を持てない言論界があるように思う。
若者に心配するより、歴史を丹念に振り返る方が
建設的ではないだろうか・・・・・・。中年言論の
力量のなさを問うべきと思う。

テニスを楽しむが、テニスしか関心を持たない
などという気持ちはない。楽しむとは、闘い問い
ぶつかるべき物をしっかりと持っているからこその
態度であると考えている。
テニスを語る言葉が分かり難いとその時々で
感じても、後になってその意味が判明したり
あるいは別にあったりしても良いものと考えている。
テニス、その場のテニスに言葉が限定されるべしとは
考えていない。君という人と私という人の、人と人の
出会いの場にあっての言葉と思うからだ。そのとき
その場、人と人という一期一会の言葉であると
考えている。

社交とはなかなか技術のいるものであろう。
技術だけでは、技術が生きない。芸はみな
技術を超えている。技術なのだけれども。

私にはできないけれども、できない理由として
理解できることがたくさんある。

ほどの良さ、引く要素、しぼる要素、自在を
感じさせる安定感・信頼感、感度の良さ、
痒いところへ手を延べる心地よさ・一体感、
このような要素を少しでも持てれば良いのだけれども、
生来の不器用もの、無芸大食しかさらすものがない、
ならば人を惹きつける知識教養があれば良いが、
これは四つ足動物にボールを投げろというに等しい。

才能豊かな人士の集まる場の隅っこに居るだけで
楽しい気分が味わえる。そんな一時もないわけではない。
先日の土曜日は、そのような1日であった。

テスト&現役の皆さんへ

2007/04/25 01:03:38 村上正行

失礼します、まさゆき@H5入学です。
掲示板の容量オーバーが発生したようですので、
テストを兼ねて投稿します。
また、どこかでバックアップをとりたいと思います。

ホームページの方は、現役が更新してくれているようですので、
これからもどんどん更新、修正していってください。

昨年末から徐々に忙しくなってきて、
すっかりご無沙汰しております。
京大にはちょくちょく行っているのですが、
なかなかコートにいけないのが残念です。

もうすぐリーグですね。
直前まで、チーム全員ができる限りのことをしてください。
試合には、挑戦者の気持ちで向かっていってほしいと思います。
期待しています。

付け焼き刃。にもなっていない。

2007/04/21 00:48:04 麻田佳明

華厳の考え方に、仏性が現実にあらゆる所から
起こってくるというものがある。「性起」である。
あらゆる物が、仏性に光り照らし出されて来る。
大佛さんの光背のごとくにである。山川草木皆すべて
仏性の現起であると考える。ずいぶんと中国の
思想も入っての上でのことだろうが。まあ、とにかく、
詮索は横へ置いて、何でもかでもが仏性の現れとなると、
すべては真であるとなる。これが「挙体全真」であるという。
真の現れ。で、そうであればこそ、挙体全妄にもなるとする。
したがって 真妄交徹 と考えてしまう。入り混じってこそ
当然という。

ちっとも理解していないのに、言葉の遊戯のような
ちょっかいだ・・・・・。

なんでもやり方しだい。尽くせばひとかどのもの。

沼田さんから教わった考えである。
読書会をやっている先達に教えられたのも、
なんでも先頭に出なくては分かりませんよ、の
考えであった。ここらあたりで十分だろうと
たかをくくるのでは、人を押しのけ、踏みつけている
のと同じであると思うのだ。どうせ責任は
他に回すに違いが無かろう。

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